第107話 午後三時、私服の将軍 ― アロハは重力を軽くする ―
人は、制服を脱ぐと軽くなる。
ときどき、
軽くなりすぎることもある。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉のドアが開いた。
――派手だった。
花柄。
青。
白。
どう見ても、アロハシャツ。
短パン。
サンダル。
そして、やけに姿勢のいい男。
ジロウが固まる。
「……あの」
「こんにちは」
にこやかだった。
リクは一瞬だけ顔を上げ、
すぐに視線を豆に戻した。
「いらっしゃい」
カナが首を傾げる。
「……どこかで、お会いしました?」
男は少し考え、
楽しそうに言った。
「制服の方が覚えやすかったかな」
ミナの光が、
一拍遅れて解析を完了する。
『照合完了。
前回来店者:宇宙防衛軍 将軍』
「将軍!?」
ジロウが叫び、
その勢いで椅子に足を引っかけた。
「うわっ」
将軍(元)は慌てて手を伸ばす。
「あっ、危ない!」
――二人とも転びかけて、
ギリギリで踏みとどまる。
一瞬の沈黙。
「……」
「……」
「……すみません」
「こちらこそ」
リクがぽつり。
「もう将軍じゃねぇな」
「今日は違う」
将軍は胸を張った。
「今日は“休暇中の一般人”だ」
「一般人、アロハ着ないっすよ」
「そうか?
資料では“休暇=アロハ”と」
「どんな資料ですかそれ」
将軍はカウンターに座る。
「前回のコーヒーを。
ただし今日は……」
一拍置いて。
「もっと気楽なやつで」
「同じだな」
リクは、
何も変えずにドリップを始めた。
ぽと……
ぽと……
将軍はその音を聞きながら、
妙に嬉しそうに言った。
「制服を着ていないと、
判断が遅くなる」
「いいことだ」
「部下に見せたら叱られる」
「見せなきゃいい」
「それもそうだ」
ジロウが思い切って聞く。
「……今日は、
何かあるんすか?」
将軍は首を振る。
「何もない。
だから来た」
「最強の理由っすね」
コーヒーが出される。
将軍は一口飲み――
「……あ」
「どうした」
「肩が落ちた」
「?」
「物理的じゃない。
感覚的に」
ミナが静かに記録する。
『精神負荷:大幅低下。
原因:アロハ、香り、雑音』
「雑音?」
その瞬間。
――ガチャン。
ジロウがまた何か落とした。
「すみません!!」
将軍は笑った。
声を出して。
「いい。
今日は、それを聞きに来た」
飲み終えた将軍は、
立ち上がり、深く伸びをした。
「……次は、
もっと派手なのを着てくる」
「やめとけ」
「検討する」
ドアの前で振り返り、
将軍は軽く手を振った。
「では、また。
“普通の人”として」
ドアが閉まる。
沈黙。
ジロウがぼそっと。
「……将軍って、
あんな人だったんすね」
「人だったな」
ミナの光が、やわらかく灯る。
『本日の記録——
“肩書きを脱いだら、ポンコツが出た”』
制服は、人を守る。
でも、ときどき重たい。
〈コメット〉では、
それを脱いでもいい。
アロハでも。
短パンでも。
将軍でも。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




