第106話 午後三時、将軍来店 ― 敬礼より先にコーヒー ―
肩書きが大きい人ほど、
普通の場所では居場所を失う。
〈コメット〉は、
そういう人にこそ向いている。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉のドアの前で、
空気が一瞬だけ張りつめた。
黒い制服。
肩章。
胸元に並ぶ、やたらと多いバッジ。
――将軍だった。
背後には、
一歩下がって立つ随員が二名。
ジロウが固まる。
「……あの、これ……
敬礼とか、必要なやつじゃ……」
「いらっしゃい」
リクは豆を量りながら、
いつも通り言った。
将軍は一歩、店内に入る。
「ここが〈コメット〉か」
低く落ち着いた声。
カナが端末を閉じる。
「……将軍、ですよね?」
「そう呼ばれている」
ミナの光が静かに解析する。
『来店理由:
休憩。
滞在予定時間:未定』
「理由、ちゃんとしてるな」
将軍はカウンターに立ち、
短く言った。
「コーヒーを一杯」
「どんなのにする」
「……落ち着くやつ」
「それも雑だな」
リクは気にせず、
ドリップを始めた。
随員の一人が、
小さく咳払いをする。
「将軍、時間の管理を——」
「今は不要だ」
随員、黙る。
ジロウが小声で囁く。
「……随員さん、怒られてません?」
「いつものことだろ」
ぽと……
ぽと……
湯が落ちる音。
将軍はそれを見つめながら言った。
「不思議だな。
ここでは、判断を急がなくていい」
カナが首を傾げる。
「急ぐ必要、あります?」
「普段はな」
ミナが記録する。
『精神負荷、低下。
要因:香り、温度、雑音』
「雑音?」
その瞬間。
――ガシャン。
ジロウが、
スプーンを全部落とした。
「すみません!!」
将軍は一瞬、目を丸くし……
次の瞬間、
小さく息を吐いた。
「……なるほど。
これが“雑音”か」
リクがカップを差し出す。
将軍は一口、飲む。
……黙る。
二口目。
「……ここでは、
肩書きが邪魔だな」
「置いてけ」
「そうする」
将軍は立ち上がり、
一枚のカードを置いた。
「支払いだ」
カナが見る。
「……これ、公式用のカードですね」
「使えるだろ」
「使えますけど……」
「なら問題ない」
去り際、
将軍は一度だけ振り返った。
「敬礼は不要だ」
そう言って、
ごく普通に会釈した。
ドアが閉まる。
沈黙。
ジロウがぽつり。
「……偉い人って、
普通になりたいんすね」
「人だ」
ミナの光が、やわらかく灯る。
『本日の記録——
“肩書きは、コーヒーと一緒に外れる”』
肩書きは、
便利だけれど重たい。
〈コメット〉では、
それを一度、カウンターに置いていく。
将軍でも。
偉い人でも。
ポンコツでも。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




