第105話 午後三時、英雄は入口でつまずく ― ジロウ、外では有能 ―
人は場所によって、
賢くもなれば、どうしようもなくもなる。
それは能力の差ではなく、
たぶん――空気の問題だ。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉のドアが開く。
ジロウが戻ってきた。
珍しく背筋が伸びていて、
工具箱もきれいに閉まっている。
「……おかえり」
リクが一瞬だけ眉を上げる。
「お疲れっす」
声も落ち着いている。
ミナの光が確認する。
『外部ログ照合。
ジロウ、第三動力区画にて
緊急位相崩壊を単独で収束』
カナが目を見開く。
「……単独?」
『評価:迅速・的確・無駄なし』
「……誰?」
ジロウは頭をかいた。
「いやー、向こうだと普通なんすよ。
指示も明確だし、
床も平らだし」
「環境のせいにすんな」
「ほんとっす!」
リクはコーヒーを淹れながら言う。
「で、向こうはどうだった」
「はい。
軌道ずれ0.3秒、
冷却ライン誤差0.02、
全部手順通りに戻しました」
ミナが静かに補足する。
『管制室より感謝メッセージ三件。
うち一件は“天才”表記』
カナが吹き出す。
「天才!?」
ジロウは慌てて手を振る。
「やめてください!
戻るときに忘れますから!」
「何をだ」
「全部!」
その瞬間。
――ガンッ。
鈍い音。
全員が入口を見る。
ジロウが、
ドア枠に額をぶつけていた。
「……あ」
工具箱が落ち、
中身が床に散らばる。
「痛っ……」
沈黙。
リクが一言。
「帰ってきたな」
ミナが淡々と記録する。
『環境変化による能力低下を確認』
「記録すんな!」
カナは笑いながら言った。
「外では英雄、
中では通常営業」
ジロウは床に座り込み、
豆を拾いながらぼそっと言う。
「……ここ、落ち着くんすよね。
落ち着きすぎて、
頭まで緩むっていうか」
リクはカップを差し出す。
「それでいい。
外で張り詰めて、
ここで抜けろ」
ドリップが落ちる。
ぽと……
ぽと……
ジロウは受け取ったカップを見て、
少しだけ笑った。
「……やっぱ、
オレはここでポンコツっす」
「名誉なことだ」
ミナの光がやわらかく揺れる。
『本日の判定。
ジロウ:適材適所』
英雄は特別な場所で生まれる。
ポンコツは、帰る場所で許される。
〈コメット〉は今日も、
有能を外に送り出し、
ポンコツを受け入れる。
それで全部、うまく回っている。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




