第105話 午後三時、評価会議は聞いていない
大事件の翌日ほど、
世界は何事もなかった顔をする。
評価も、会議も、記録も、
それを気にする人がいなければ
ただの背景音だ。
〈コメット〉は今日も、
その音を少し遠くに置いたまま、
午後三時を迎えている。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉は、
昨日と何一つ変わらない顔で営業していた。
豆は挽かれ、
湯は沸き、
床にはなぜか一粒だけ豆が落ちている。
リクはそれを見下ろして言った。
「……誰か拾え」
ジロウが反射的に動き、
拾おうとして、
なぜかカウンターの脚に頭をぶつけた。
「いてっ」
「余計なことするからだ」
ミナの光が淡々と補足する。
『床清掃ログ:
本日すでに三回実施されています』
「じゃあなんで豆落ちてるんだよ」
『理由不明です』
「不明で片付けるな」
そのときだった。
店内端末が、
見慣れない通知音を鳴らした。
――ピロン。
カナが顔を上げる。
「……あれ?」
「なんだ?」
「管制室から、
“評価会議議事録・閲覧可”って」
全員が固まる。
「……評価?」
「誰の?」
ミナが即答する。
『〈コメット〉です』
「聞いてねぇぞ」
ジロウが慌てる。
「え、オレ何かやりました?
昨日、宇宙直した件っすか?」
「“直した”って言うな」
カナは端末をスクロールしながら読む。
「えーと……
“偶発的安定化要因”
“非公式だが再現性あり”
“危険だが有用”……」
「褒めてんのかそれ」
『結論:
“観測対象として引き続き注視”』
ジロウが青ざめる。
「注視って……
見張られるってことっすか!?」
「落ち着け。
見張られるほど派手なことしてねぇ」
その瞬間。
――ぽと。
ドリップが、
カップの縁ギリギリで止まった。
全員が見る。
「……今の、見たか?」
『抽出量、想定より0.3ml少なめです』
「微妙すぎる」
カナは端末を閉じた。
「……まぁ、いいか」
「いいのか?」
「どうせ私たち、
評価されるようなことしてないし」
ジロウが即座にうなずく。
「はい!
オレ、毎日転んでるだけっす!」
「それは誇るな」
リクはカップを差し出した。
「会議は会議。
うちは営業だ」
ミナの光が、
ほんの少しだけやわらぐ。
『記録します。
本日の状態——
“評価されているが、気にしない”』
「それでいい」
カップから、湯気が立つ。
管制室では、
きっと難しい言葉が並んでいる。
だが〈コメット〉では、
今日もただ、
コーヒーが淹れられているだけだった。
午後三時。
特別なことは何も起きていない。
——たぶん。
今日も、
晴れ、ときどき地球だ。
どこかでは、
難しい言葉で語られているらしい。
「偶発的安定化要因」だとか、
「再現性」だとか、
「注視すべき存在」だとか。
でもここでは、
豆が落ちて、
拾おうとしてぶつかって、
それでもコーヒーは淹れられる。
評価されても、
されなくても、
〈コメット〉は変わらない。
広い心と、
楽観主義と、
尽きることのない好奇心。
そして今日も、
通常営業。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




