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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第4章:今日も通常営業

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第105話 午後三時、評価会議は聞いていない

大事件の翌日ほど、

世界は何事もなかった顔をする。


評価も、会議も、記録も、

それを気にする人がいなければ

ただの背景音だ。


〈コメット〉は今日も、

その音を少し遠くに置いたまま、

午後三時を迎えている。


〈セクター7〉、午後3時。


カフェ〈コメット〉は、

昨日と何一つ変わらない顔で営業していた。


豆は挽かれ、

湯は沸き、

床にはなぜか一粒だけ豆が落ちている。


リクはそれを見下ろして言った。


「……誰か拾え」


ジロウが反射的に動き、

拾おうとして、

なぜかカウンターの脚に頭をぶつけた。


「いてっ」


「余計なことするからだ」


ミナの光が淡々と補足する。


『床清掃ログ:

 本日すでに三回実施されています』


「じゃあなんで豆落ちてるんだよ」


『理由不明です』


「不明で片付けるな」


そのときだった。


店内端末が、

見慣れない通知音を鳴らした。


――ピロン。


カナが顔を上げる。


「……あれ?」


「なんだ?」


「管制室から、

 “評価会議議事録・閲覧可”って」


全員が固まる。


「……評価?」


「誰の?」


ミナが即答する。


『〈コメット〉です』


「聞いてねぇぞ」


ジロウが慌てる。


「え、オレ何かやりました?

 昨日、宇宙直した件っすか?」


「“直した”って言うな」


カナは端末をスクロールしながら読む。


「えーと……

 “偶発的安定化要因”

 “非公式だが再現性あり”

 “危険だが有用”……」


「褒めてんのかそれ」


『結論:

 “観測対象として引き続き注視”』


ジロウが青ざめる。


「注視って……

 見張られるってことっすか!?」


「落ち着け。

 見張られるほど派手なことしてねぇ」


その瞬間。


――ぽと。


ドリップが、

カップの縁ギリギリで止まった。


全員が見る。


「……今の、見たか?」


『抽出量、想定より0.3ml少なめです』


「微妙すぎる」


カナは端末を閉じた。


「……まぁ、いいか」


「いいのか?」


「どうせ私たち、

 評価されるようなことしてないし」


ジロウが即座にうなずく。


「はい!

 オレ、毎日転んでるだけっす!」


「それは誇るな」


リクはカップを差し出した。


「会議は会議。

 うちは営業だ」


ミナの光が、

ほんの少しだけやわらぐ。


『記録します。

 本日の状態——

 “評価されているが、気にしない”』


「それでいい」


カップから、湯気が立つ。


管制室では、

きっと難しい言葉が並んでいる。


だが〈コメット〉では、

今日もただ、

コーヒーが淹れられているだけだった。


午後三時。


特別なことは何も起きていない。


——たぶん。


今日も、

晴れ、ときどき地球だ。


どこかでは、

難しい言葉で語られているらしい。


「偶発的安定化要因」だとか、

「再現性」だとか、

「注視すべき存在」だとか。


でもここでは、

豆が落ちて、

拾おうとしてぶつかって、

それでもコーヒーは淹れられる。


評価されても、

されなくても、

〈コメット〉は変わらない。


広い心と、

楽観主義と、

尽きることのない好奇心。


そして今日も、

通常営業。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。

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