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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第4章:今日も通常営業

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第105話 午後三時、だいたい直った(※管制室は地獄) ― コメット、通常営業 ―

宇宙では、

ほんのわずかなズレが

致命的な事故につながる。


だからこそ、

すべては厳密に管理され、

正確で、迅速で、完璧でなければならない。


——本来は。


だが〈セクター7〉の片隅には、

その理屈があまり通用しない場所がある。


今日もそこでは、

コーヒーが淹れられ、

大事件が起き、

なぜか何事もなかったように

午後が続いていく。


〈セクター7〉、午後3時。


〈コメット〉では、

リクが豆を挽いていた。


ぽり……ぽり……


その頃。



〈セクター7〉管制室。


警報が、鳴り止まなかった。


赤。

赤。

赤。


「重力ブロックC、反転継続!」

「姿勢制御、補正効かない!」

「外殻応力、許容値超えます!」


主任管制官が叫ぶ。


「原因は!? 原因はどこだ!」


「……不明です!

 局所的すぎて特定できません!」


モニターに映る〈セクター7〉は、

ゆっくりと、しかし確実に傾き始めていた。


「このままだと十分以内に——」


そのとき。


別の管制員が、声を裏返した。


「……え?」

「何だ」

「異常発生源……特定しました」


「どこだ!」


「……カフェです」


「……は?」


画面が切り替わる。


〈カフェ・コメット〉

活動ログ:通常営業中


「ふざけるな!」


「いえ、本当です!

 床が……浮いてます!」



〈コメット〉。


「……浮いてんな」


リクが言った。


床は、五センチほど宙に浮いている。


ジロウは屈んで、

床の下を覗き込んだ。


「なんか……音、ズレてません?」


『重力位相が、

 空調の振動と干渉しています』


ミナは淡々と告げる。


カナは端末を見て、眉をひそめた。


「これ、管制が全力で抑えに来てる。

 でも逆に悪化してる」


「余計なことすんなよ」


「それ言っちゃダメなやつ」


床が、ぐらりと揺れた。


〈管制室〉では悲鳴が上がる。


「傾斜角、増加!」

「外殻、ミシって音してます!」



「……よし」


リクが言った。


「一回、全部ズラす」


「全部?」


「全部」


ジロウは一瞬固まり、

それから工具箱をひっくり返した。


「床、押します!」


「待て、逆だ!」


「え!?」


「カウンターをズラす!」


『抽出ユニットも移動します』


「それは要らねぇ!」


カナは端末を閉じた。


「空調、切るわ」


「切るな!」


「もう切った!」


ブン……と音が止まり、

床の浮きが一瞬、強くなる。


〈管制室〉。


「上がった!?」

「いや、下がる!?」

「どっちだ!」



リクはコーヒーを淹れ始めた。


「今だ」


「今って何!?」


「今!」


ドリップの湯が落ちる。


ぽと……

ぽと……


そのリズムに合わせて、

ジロウが床を押す。

カナが椅子を引く。

ミナが重力係数を0.01刻みで振る。


ガタッ。

ミシッ。

カチ。


床が、戻った。


『……収束しました』


〈管制室〉。


警報が、一斉に止まる。


「……止まった?」

「重力安定……?」

「何が起きた?」


モニターには、

変わらず〈コメット〉。


通常営業中。



「……直ったな」


リクが言う。


「直りましたね」


「直ったっすね」


『分類上は、

 複合干渉事象の解消です』


「雑に言うな」


ドリップが終わる。


ぽと……

……。


〈管制室〉の主任が、呆然と呟く。


「……あの店、何なんだ」



ミナが静かに記録する。


『本日の香りの記録——

 “管制室が泣いて、床が戻った午後”。』


誰も謝らない。

誰も報告しない。


〈コメット〉は、

今日も何事もなかった顔で、

コーヒーを出している。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。


管制室では

「奇跡」と呼ばれた出来事は、

〈コメット〉では

「ちょっと面倒だった午後」に過ぎない。


彼らは特別なことをしたつもりはなく、

ただいつも通りに動いただけだ。


少し雑で、

少し遠回りで、

なぜか結果だけは完璧。


広い心と、

楽観主義と、

尽きることのない好奇心。


そして、

どうしようもなくポンコツな日常。


今日も〈コメット〉は、

特別な顔などせず、

通常営業を続けている。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。


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