第104話 午後三時、戻ってきた音 ― コメット、だいたい平常 ―
戻る、というのは
劇的な出来事じゃない。
ただ、
いつもの場所に
いつもの人がいる。
それだけのことだ。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉の扉が、
いつもより少しだけゆっくり開いた。
「……ただいま」
その声に、
店内の空気が一瞬止まる。
リクは豆を挽く手を止めずに言った。
「遅ぇ」
「休んでただけよ」
ジロウは一拍遅れて反応する。
「あっ!
カナさん!」
勢いよく立ち上がり、
カウンターに肘をぶつける。
「いてっ」
「うるさい」
ミナの光が、
ほんの少しだけ明るくなる。
『在室人数、通常値に回復しました』
「そんな表示あるの?」
『今、作りました』
「やめろ」
カナはコートを脱ぎながら、
店内を一周見渡す。
「……なんか、
静かすぎなかった?」
「してた」
「変だった」
「落ち着かなかったっす」
「通知も変でした」
『照明補正が三度失敗しました』
「何してんのよ」
ジロウが慌てて言い訳する。
「いや、あの……
いないと、なんか……」
「なんか?」
「……足りなくて」
一瞬の沈黙。
カナはため息をついた。
「バカじゃないの」
そう言いながら、
自分の席に座る。
椅子が、きい、と鳴った。
その音だけで、
店が少しだけ“戻った”気がした。
ドリップが始まる。
ぽと……
ぽと……
リクがカップを差し出す。
「無理すんな」
「するほど元気じゃない」
ミナが静かに記録する。
『本日の状態:
〈コメット〉、安定』
「安定ねぇ」
ジロウが笑う。
「でも、なんか安心っす」
カナはカップを両手で包み、
小さく息を吐いた。
⸻
そのあと。
カナは心の中で思う。
(……ほんと、面倒な人たち)
自分が一日いなかっただけで、
余計な通知を作って、
照明を暗くして、
無駄に騒いで。
でも。
(……まあ)
コーヒーの香りは、
ちゃんとここにあった。
(悪くないか)
カナは小さく目を閉じる。
誰かが戻ると、
世界は少しだけ騒がしくなる。
それはきっと、
いいことだ。
〈コメット〉は今日も、
ポンコツで、
余計な心配をして、
それでもちゃんと営業している。
全員そろって。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




