第103話 午後三時、静かすぎる ― コメット、小さな事件 ―
いつも誰かがいる場所に、
ひとりいないだけで、
世界は少しだけ落ち着かなくなる。
それは事故でも異変でもなく、
たぶん――
〈コメット〉にとっての「小さな事件」。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉は、
妙に静かだった。
静かすぎて、
逆に落ち着かない。
リクは豆を挽きながら、
何度目か分からない視線を
空いている席に向けた。
「……やっぱ静かだな」
ジロウは工具を置いて、
カウンターの下を覗き込む。
「静かっすね。
なんか……音が足りないっす」
「音?」
「はい。端末叩く音とか、
溜息とか」
「それ、必要か?」
ミナの光が、少しだけ揺れた。
『環境音解析:
通常より“雑音”が不足しています』
「雑音扱いするな」
それでも、
コーヒーはいつも通り淹れられる。
ぽと……
ぽと……
そのときだった。
――ピコン。
店内端末が、
いつもと違う音を立てた。
ジロウが飛び上がる。
「え、何!?」
「警報じゃねぇな」
ミナが確認する。
『通知です。
内容……〈コメット〉在室人数、
通常値より1名不足』
「そんな通知あったか?」
『今、生成されました』
「生成するな!」
ジロウは慌てて店内を見回す。
「え、誰か迷い込んでます?
オレ数えます?」
「数えなくていい」
だが次の瞬間。
照明が、
ほんの少しだけ暗くなった。
「……暗くね?」
『在室人数減少により、
空間“活気補正”が低下しています』
「そんな機能いらねぇ!」
ジロウは思わず言った。
「これ……
カナさんがいないからじゃないっすか」
一瞬、
全員が黙った。
リクはカップを拭きながら、
静かに言う。
「……そうかもな」
ミナの光が、
いつもより柔らかく灯る。
『推定:
〈コメット〉の安定係数に、
彼女の存在が含まれていました』
「重すぎるだろ」
「でも、なんかわかるっす」
ジロウは照明を元に戻そうとして、
間違えてBGMを最大にした。
♪♪♪
「うるさい!」
「す、すみません!」
慌てて止める。
一瞬の沈黙のあと、
リクが小さく息を吐いた。
「……よし」
「何すか?」
「今日は、これでいい」
ミナが首を傾げる。
『何を“これで”と判断しましたか』
「静かで、
ちょっと調子狂ってて、
でも壊れてない」
ジロウは笑った。
「それ、いつものコメットっすね」
ドリップが落ちる。
ぽと……
ぽと……
いつもより、
少しだけ丁寧に。
⸻
その頃。
カナは自室のベッドで、
天井を見ていた。
頭はぼんやりしているが、
端末越しに届く
“騒がしさの欠片”を感じ取る。
(……なんか、やってるな)
想像がつく。
きっと照明をいじって、
余計な通知を増やして、
無駄に慌てている。
それでも――
少し、胸があたたかい。
(……バカね)
カナは小さく笑って、
目を閉じた。
大きな事件は起きなかった。
でも、
ひとりいないだけで起きる
「小さなズレ」は、確かにあった。
〈コメット〉は今日もポンコツで、
少し不安定で、
それでもちゃんと回っている。
欠けた席を気にしながら。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




