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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第4章:今日も通常営業

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第102話 午後三時、欠けた席 ― コメット、少しだけ静か ―

いつも当たり前にそこにある席が、

今日は少しだけ空いている。


大事件は起きない。

宇宙も壊れない。

ただ、いつもいる人が来ないだけ。


それでも午後三時はやってきて、

コーヒーは淹れられ、

〈コメット〉は静かに営業を続ける。


そんな「欠けた日常」の話です。


〈セクター7〉、午後3時。


カフェ〈コメット〉は、

いつもより一脚ぶんだけ静かだった。


カウンターの端。

いつもカナが端末を置いている席が、

今日は空いている。


リクは豆を量りながら、ちらっとその場所を見る。


「……今日は来ない、か」


ミナの光が、いつもより少し控えめに揺れた。


『本日は休養日です。

 医療区画から連絡が入っています』


「風邪だよな」


『はい。

 軽度ですが、念のため安静推奨です』


ジロウがエプロンを直しながら首をかしげる。


「昨日の閉店までは普通だったのに……」


「人間はな、

 “なんでもない顔で限界に近づく”生き物なんだよ」


「それ、便利なのか不便なのかわからないっすね」


コーヒーを淹れる音が、

今日は少しだけ広く響く。


ぽと……

ぽと……


ピポが床を転がり、

空いている席の前で止まった。


「ぴ……」


「そこ、今日は空席だ」


ピポは一度だけ回転し、

その場で動かなくなった。


『行動ログ:

 “いつもの配置に要素が存在しない場合、

 待機挙動に移行”』


「ロボも察するんすね」


『“察する”というより、

 “変化を検出している”状態です』


「それを察してるって言うんだよ」


リクはコーヒーを二杯分淹れ、

一杯をその席にそっと置いた。


「……香りくらいは、置いとくか」


『揮発成分は個室まで届きません』


「知ってる」


ミナは一瞬黙り、

それから小さく続けた。


『ですが、

 “ここにある”という状態は維持されます』


ジロウがうなずく。


「なんか……静かっすね」


「一人いないだけでな」


「早く治るといいっす」


ミナの光が、少しだけ揺れた。


『わたしは、

 “誰かが欠けている状態”を

 まだうまく処理できません』


「それでいい」


「むしろ正常っすよ」


午後三時。

席は一つ空いたまま。


それでも〈コメット〉は、

いつも通りに営業している。


ミナが静かに記録を確定する。


『今日の香りの記録——

 “一脚ぶん静かな午後”。』



一方、医療区画。


毛布にくるまったカナは、

端末をぼんやり眺めていた。


〈コメット〉の定時ログ。

短く、簡潔で、

いつも通りの記録。


「……ほんと、あの店」


ため息ひとつ。


でも胸の奥は、

さっきより少しだけ軽い。


「うるさいし、雑だし、

 放っといてくれればいいのに」


そう言いながら、

口元がわずかに緩む。


「……でも、ありがとう」


端末を閉じて、

もう一度目を閉じる。


午後三時。

同じ時間が、

同じステーションで流れている。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。


人がひとり休むだけで、

空気は驚くほど変わる。


何もできないからこそ、

何もしないことを選ぶ。

それもまた、優しさの形なのかもしれません。


〈コメット〉は今日も少し雑で、

少し不器用で、

それでも誰かのことを気にかけながら回っています。


欠けた席が、

また戻ってくるまで。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。


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