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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第4章:今日も通常営業

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第101話 午後三時の来客 ― コメット、はじめましてを出す ―

章が変わっても、

この店は特に何も変わらない。


警報も鳴らない。

宇宙も壊れていない。

午後三時は、だいたい午後三時のままだ。


ただ、

「何も起きていない時間」を

わざわざ訪ねてくる人が、

たまに現れるようになっただけ。


今日も〈コメット〉は、

いつも通り、扉を開けている。


〈セクター7〉、午後3時。


カフェ〈コメット〉は、いつも通りだった。

特別な警報も鳴っていないし、重力も普通、宇宙も壊れていない。


リクは豆を挽き、

ミナは抽出温度を確認し、

カナは端末を閉じ、

ジロウは――椅子を一脚、なぜか逆向きに並べ直していた。


「……それ、なんで逆なんだ」


「なんとなく、落ち着かないんすよ」


「落ち着かなくなる配置にするな」


そんなやりとりの途中で、

ドアが開いた。


「……失礼します」


声は落ち着いていて、少しだけ慎重だった。


振り向くと、そこに立っていたのは

見慣れない人物――

白い作業着に、肩から小さな測定バッグを下げた女性だった。


「ここが……〈コメット〉?」


「そうだが」


「コーヒー、飲めます?」


「それは飲める」


リクはそう言って、カウンターを指した。


女性はほっとしたように息をつき、

カウンターの前に立つ。


「助かります。

 今日、ずっと測定続きで……」


「何の測定だ?」


「音です」


ジロウが即座に反応する。


「音っすか?」


「はい。

 〈セクター7〉全体の“生活音”の記録を」


カナが目を瞬かせた。


「生活音?」


「人が歩く音、機械の低い振動、

 遠くで誰かがカップを置く音。

 そういう……“壊れてない音”です」


ミナが静かに解析する。


『環境音データは多く存在しますが、

 “壊れていない音”という分類は

 定義が曖昧です』


女性は少し笑った。


「ですよね。

 だから、ずっと分からなくて」


「で、なんでここに?」


リクが尋ねる。


「噂で聞いたんです。

 ここは……何も起きてない時が、

 一番それらしいって」


一瞬の沈黙。


ジロウが口を開く。


「いや、割と起きてますけどね?」


「でも、今は起きてない」


女性はそう言って、店内を見回した。


豆の匂い。

ポットの湯気。

椅子を直すジロウの足音。


「……これです」


「これ?」


「はい。

 これを記録したかった」


リクは少し考えてから、

ドリップを始めた。


ぽと……

ぽと……


その音に、女性は目を閉じた。


「ありがとうございます。

 これ、データにします」


「そんな大したもんじゃねぇぞ」


「いえ。

 “大したことが起きていない”のが、

 一番貴重なんです」


抽出が終わり、

カップが差し出される。


女性は一口飲んで、うなずいた。


「……ちゃんと、午後ですね」


「そうだな」


ミナが記録を残す。


『本日の来客:

 音響観測員・氏名未登録。

 目的:通常の記録』


女性は立ち上がり、軽く頭を下げた。


「ありがとうございました。

 また、何も起きてない日に来ます」


「それ、いつだ」


「……たぶん、いつでも」


ドアが閉じる。


店内に、いつもの静けさが戻った。


ジロウがぽつりと言う。


「なんか……普通でしたね」


「普通だったな」


リクはカップを片づける。


ミナが静かに付け足す。


『通常営業が、

 誰かの観測対象になることを

 確認しました』


「ややこしいな」


「でも悪くない」


午後三時。

何も起きていない。


それでも、

ちゃんと一日は進んでいる。


今日も〈コメット〉は――

通常営業中。

何も起きなかった日を、

誰かが「記録したい」と言ってくれた。


それだけで、

今日という一日は、

ちゃんと意味を持った気がする。


救っていない。

壊していない。

でも、確かにそこにあった時間。


そんな日も、

この店では通常営業。


次もきっと、

何も起きない――

かもしれない。


今日も、

晴れ、ときどき地球だ。

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