第二話「自慢の従者」
かねてよりバルジ・ラルガスの横柄さは目に余る。これでは評議会に対する
不平不満が増え、解散させられるという事もあり得る。ここで評議会は
バルジには秘密で緊急会議を開いた。満場一致でバルジの永久追放を
決定し、法による裁きを行う事とした。そこで一人の男が挙手する。
「珍しいですな。貴殿が傍観しないとは」
「私の知人より情報を入手している。バルジの悪事ならば、わざわざ軍を
動かして探さなくてもいずれ出て来るであろう」
評議会の副議長、第二席ミリアム・アストリア。壮年の女性は男ばかりの
職場であろうと怯むことなく己の使命を全うする。それは司法、法の番人の
一族に生まれたのだから、権力に彼女が屈することは無い。権力では彼女を
屈服させることは不可能である。彼女は家柄や金で人を判断しない。
「他では信用ならない。金や権力、富と栄誉を手にする為に濡れ衣を着せる
ような体たらくの軍人共は恥ずかしくて世間へ出せやしない」
「ほう、ならばハブとして誰を送るつもりで?」
「誰よりも国に愛される人間」
「まさか、こんな些事に剣聖を動かすと言うのか!?」
一斉に反対意見が飛び込み、静かだった会議室の大気が震えている。だが
ミリアムはぴしゃりと黙らせる。
「それだけの事をしていると言っているのだ!国の重鎮ともあろう人間が
何を腑抜けたことを言っている!?評議会の人間が、悪事に手を染めている。
そう聞けば、国民は評議会全体を批評する。貴殿らはそれを良しとする、
良いんだな?権力の上で傲慢になるのは構わんが、国民を甘く見るのは
よろしく無い。忘れたとは言わせないぞ、オルレアンという反逆者との
一件を」
その言葉で全員が口を閉じる。反逆者オルレアンは新たに出来た政治組織
共和国評議会が自分たちが得をする為に邪魔となる国主アローゼに自分たちが
被るはずの罪を押し付け、投獄させたと言う真実を広めようとしていた。
この一件、あの手この手で火消しをして、オルレアンにも濡れ衣を着せ
処刑することでようやく収まった大事件だ。次に何かあれば抑えられない
かもしれない。
「我々、評議会は危うい針の上にいることを忘れるな。議題である
バルジ・ラルガスについては証拠が揃った時点で逮捕、そして評議会から
追放。以上だ」
「何ッ!?使用人の中に犯人がいるのか!?」
バルジ・ラルガスの豪邸にて、動揺する彼に対して至って冷静な態度で
探偵であるリラ・ブライトは説明する。
「その可能性が高いと思います。ですので、バルジ様。かつて雇っていた
人も含めた名簿等は残っていますか?」
「あぁ、確かあったな。オイ、持って来い」
控えていた使用人はメイドばかりの中で一人だけ男だった。リラも何か
違和感を覚えたようだ。彼女の違和感を性的な好意と勘違いしたのか
バルジは下心あるような表情を浮かべ、彼について話し出した。
「何、私も危機感が無いわけでは無いのだよ。是非とも自慢したい。
お前の相棒、戦えるのか?」
「俺、ですか。まぁ、護身程度ですが…」
キースは戦闘行為を控えるために大した戦力では無いと断言する。やんわり
答えるとバルジは落胆した。
「それは残念だ。お、来たか。こいつがミラ、女みてえな名前だが中々に
腕の立つ武人でな。腕前を見せてやりたかったんだが、仕方ない」
キースはミラと呼ばれた男を見た。相手はキースとは違い、人の好い笑みを
浮かべ手を差し出して来た。
「初めまして。ミラ・エリックと申します」
何故キースに握手を求めたのか真意は分からないが、善意があるのは確かだ。
だからキースは彼の手を握った。リラの眼にはハッキリと見えた。ミラは
力んでいる。手を握るのだから力むモノではあるが、それ以上に何かある。
彼女以上に気付いたのはキースだ。掴まれた手を振り解こうとすれば依頼人が
怪しむ。不審な事は出来ない。ミラが小声で言う。
「試してみるか?」
握手をした右手を見つめ、考えてからキースはリラを見た。リラもミラについて
少し探った方が良いかもしれないと考えた。
「あ、でもキースだって戦えるよね。もう、謙遜しないでよ」
「別に謙遜のつもりは無いが…使用人の面子を潰すわけにも行かなくてね」
キースが分かりやすく挑発をすると当人では無く、バルジが引っかかった。
どちらにせよチャンスだ。リラは名簿に手を付ける。彼女以上に興味を
示すのはバルジ。自分の自慢に泥を塗られることを嫌がる。
「喧嘩を売られた、って考えて良いのか」
「どっちでも」
「成立だな」
堅苦しい上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になった。
バルジの豪邸にはこのような決闘を行うに相応しい場所も用意されている。
共和国軍本部の訓練場と同レベル。向かい合うキースとミラ。ここでミラが
ある提案をした。
「こんな場所で命のやり取りをするわけにも行かない。俺は武器を使わないが
アンタは使っても良いぜ。どんな戦い方でも俺は構わないからさ」
ミラは獰猛な笑みを浮かべ提案する。それだけの自信があるらしい。彼が
実力者であることは分かった。武器を使わないと言っていたし、彼の生まれに
ついて思い当たる節がある。
「良いですよね?」
「あ、あぁ…だ、だが、大丈夫…なんだよな?」
「さぁ?それは相手の実力次第。俺も気を引き締めないと」