第一話「オディール・オデット」
アガスティア大陸、レムリア共和国。首都マリサレーヌ。エーテルと言う新たに
発見されたエネルギーを利用して大陸の文明は高度なものとなった。地球が
破滅する前、旧文明以上の文明である。新たな文明に新たな思想、宗教、何も
かもがかつての地球とは違うのだ。
秩序が敷かれているにも関わらず違法な行為に手を出す悪党は一定以上いる。
そんな彼らを取り締まるべき組織も仕事を選んでいる。彼らにも生活がある、
欲望がある。口では高尚な精神は幾らでも語れるが、蓋を開ければ自分の地位を
盾にしてグレーゾーンな行為に足を踏み入れてばかり。国民も表では国を信頼
している風を装っているが疑心暗鬼。相応しい国主の謎の投獄、罪状は伝えられて
いるが信じるに値するような理屈が無く、反感を買うようなものだった。だが
国はそんな彼らを力尽くで抑え込んだのだ。全ての始まりは敬愛すべき共和国の
国主アローゼという男の投獄とそれに異議を唱え、処刑された反逆者オルレアン、
両者が表舞台から姿を消したことだ。
マリサレーヌ西区、大豪邸に招かれたリラ・ブライトとキース・プリムローズ。
探偵とその相棒。金のある権力者が民間のちっぽけな探偵を頼る理由が
分からないが、失せ物探しの依頼。共和国評議会バルジ・ラルガス。
突き出た腹に指にはこれでもかというほどの量の指輪、如何にも貴族という
風体で、果たして本当に政治を行うことが出来るのか疑問である。文字通り
金に物を言わせているのだろう。
「何故頼ったか、だったか。是非とも見てみたいものだと思ったからだ。
光栄に思うが良い」
大抵の事は笑って済ませられるリラも愛想笑いを浮かべながら、裏ではゴミを
見るような眼で依頼人を見ている。キースも彼に対して良い感情を抱いていない
らしく、普段通りのポーカーフェイスを維持しつつも嫌悪感が隠せていない。
空気の読めない依頼人は一方的に探し出して欲しい品について長々と説明する。
投獄と処刑を経て、色んな事が変わり果てた。権力者が何かと横柄な行為に
及ぶようになったのだ。そしてそれを権力で隠す、もはや彼らの十八番である。
このバルジと言う男も中々に自己中心的な性格であるのは確かだ。大量の
前払い金を貰っている以上、失せ物探しは行う。あくまでも、失せ物探しだけ。
「契約書について、何もあの男は目を通していないようだな。あれで評議会に
参加できるとは…。何時か国が傾いてしまうかもな」
「キース、恐ろしい」
彼の用意した契約書にはしっかりと目を通すべきだ。そして明らかにデメリットが
多ければ指摘するべき。指摘されればキースはよほど大きな値引きでなければ
値段交渉に応じるつもりでいた。金を貰って仕事をするのだ。直筆のサインと
印鑑が捺されている契約書と言うのは非常に重要な書類。失せ物探しの依頼に
関して、細かな内容が記載されている。
『尚、消失した物品に関して盗品または依頼人が本来の持ち主でないことが
分かった場合、見つけ次第正しい持ち主のもとへ返す』
「お前が言い出した事だろ。俺は付け足して、ちゃんと目を通すように依頼主には
伝えている。わざわざ赤い文字にもしてんだぞ。これが詐欺になるかよ」
「まぁ…あの人、前々からマークされてるみたいだからね。今までは証拠不十分
だから見逃されてたみたいだし」
権力もあるから逆らえない。何か犯罪に手を出していても決定的な証拠が
必要だったという事だろう。バルジ・ラルガスと折り合いが悪く、何かと
小競り合いをしがちなところへ伝手を頼って情報を流すと良いかもしれない。
「ゼノンに、剣聖殿に動いて貰うとするか」
「私たちの頼れる後ろ盾、だね!」
ゼノン・アゼリア、共和国軍中尉、共和国に属する業火の剣聖の異名を持つ
実力者だ。不敗神話は有名、だが彼にもたった一度だけ敗北した経験がある。
それは多くに語られること無くゼノンと彼を打ち負かした者の胸中にだけ
秘められているとか。兎にも角にも、彼を経由してバルジと犬猿の仲である
評議会第二席へこちらからの直接の連絡は不要だろう。
「それで、見えたか?」
「キースだって見ようと思えば見えるのに…」
キースは魔眼と呼ばれる能力を持っている。リラの直感とは比べ物にならない
正確性がある。だがキースは自分が持つ魔力を可能な限り消費することを
避けたがる。
「バルジって人、理不尽に雇った使用人を一方的に解雇してるみたい。
指輪だっけ。それを持ち出したと思われる人、いるよ」
リラはキースの手を取った。
「会いに行こう。その人がきっと、真相を知っているから!」
探偵事務所オディール・オデット。探偵はリラ・ブライト、青と緑のオッドアイを
持つことから宝石探偵という二つ名で知られている。そして彼女の相方は
キース・プリムローズ、見た目に見合わない深い知識を持つ男だ。