《ブイチューバーにされる展覧会》その8
奈々子、充希は外にブイチューバーがいない事を確認し、トイレからそーっと飛び出す。
そのまま小走りで中央エントランスを目指す。奈々子が先頭を行き、後ろの充希はノートパソコンを抱えて後を追う。
「おっと」
曲がり角に差し掛かる。二人のブイチューバーが右折方向にウロウロしていた。
「えーうわッ。ホントにブイっぽいのがいるし…………ど、どうするのアレ? 奈々子ちゃんの能力効かないんでしょ?」
「待ってて、考えがあるから……」
奈々子はトートバックから財布を、財布からレシートを取り出し、ぐしゃぐしゃに丸める。
「ほりゃ」
それを反対側、左折方向へ遠く放り投げた。簡易的レシートボールは放物線を描き地面に落ちた。
『やーーーーい、ブイチューバーども! この声が聞こえるか!』
高めの男の声でレシートが叫ぶ。瞬時にブイチューバー達が振り向く。
『捕まえてみろノロマども! いつもゲームばっかしてるから走れないんだろ! ひきこもり!』
ブイチューバー達はそのままレシートに向かって歩きはじめ、奈々子たちの目前を通り過ぎていった。奈々子は遠くにいった彼らを眺め安堵する。
「ふぅ、アイツ等が『ノロマで目が悪い』ってのは本当ね」
「風牙クンの言った通りだったね」
「見た感じマジでノロいし、最悪見つかっても逃げ切れるな。なんかビビッて損したけど、まぁ慎重に行こう」
「流石に囲まれたらヤバいしね……よし、この調子出口に向かおう!」
「だな」
小声で話す二人。
それから見つからないよう慎重に、物陰や曲がり角を駆使しつつ、時には奈々子の能力でブイチューバー達を誘導して、着々と目的地まで向かっていった。
「お、あったあった」
途中、二人は人気のない売店に隠れた。目的の物を調達する為である。奈々子はそれを手に取ってポケットに閉まった。
「本当にこれでいいのかな。風牙クン…………」
「さあ。でも他に方法もないし、彼も多分覚悟はしてるんじゃない? 提案したぐらいだし」
「そっか、そうだよね……」
充希が複雑そうに俯く。
「………目的の物も回収できたし、早く行こう」
充希の肩を優しく叩き、奈々子は立ち上がる。充希もコクリ頷いた。
そのまま、何とか目的地まで進んで…………。
「あー、やっと来ましてね奈々子さん。あ、従妹さんが人間に戻ってますねぇ」
辿り着くと、中央エントランスで独り、佐々木が待ち構えていた。
「やっぱいたか、ブイチューバー狂い」
奈々子が吐き捨てる。佐々木は自分への蔑称を、相変わらず呆気らかんな態度でスルーする。
「勿論、貴女が出口に来る事は予想しますよ。というか、随分遅かったですね? 扉に鍵が掛かっていたから何処かに隠れていたんですか?」
「…………」
「あはは、そんなに睨まないで下さいよ」
佐々木は軽く笑い、そのまま奈々子と充希の後方を指さした。
「…………来ましたね。挟み撃ちですよ」
二人が振り返ると、大人数のブイチューバ―達の軍勢が、ゆっくり、ゆっくり。ゾンビのようにこちらに向かってきている。
「な、奈々子ちゃん……!」
「大丈夫落ち着いて。私から離れないで」
「う、うん……」
二人は背中合わせになる。奈々子が佐々木に、充希はブイチューバー達と対面する形を取る。
ブイチューバー達は、ゆっくりと、こちらとの距離を狭めている。
「残念ですよ。貴女がブイチューバーにならなかったという事は、貴女にブイチューバーへの熱意が無い事を意味する。本当に残念です、自分が不甲斐ないばかりに」
佐々木が低いトーンで呟いた。
「奈々子さん、一応貴女の口から聞かせてください。今回のブイチューバー展覧会でブイチューバーは好きになりましたか?」
「なに急に。来場者アンケート?」
「そんなところです。素直な意見を下さい」
質問に、奈々子も抑揚のない声で返す。
「――――正直好きにはならなかった。私にはノリが合わなかった。ただブイチューバーも悪いモノではないかなと思ってる」
後ろの充希を見る。目が合う。
そして奈々子は、1日目と2日目の景色を、来ていた大勢の来場客を思い返す。
「充希が…………いや、大勢のファン達が毎日心躍らせながら配信を観て、幸せそうに熱中してる。そしてその幸せはブイチューバー本人と、それを支える業界人の〝熱意〟が届けていると今回で分かった。から、まぁ……それだけでも個人的には好印象って感じ」
「奈々子ちゃん……っ!」
「後先考えず赤スパ送ろうとするのは馬鹿らしいけど」
「あ、すみません」
瞬時に謝る充希を背に、再び前を向きなおす。
ブイチューバー達がどんどん迫ってきている。もう30メートルも無い。
「それでは、奈々子さんはブイチューバーに興味が無いのですか?」
「興味はない。嫌いではないけど」
――――ざ、ざ、ざっ。どんどんブイチューバー達が迫ってきている。
「ブイチューバーに成りたいとは思いませんか? 人気者になれますよ?」
「興味ない」
ブイチューバー達が迫ってきている。20メートルは切った。
「ブイチューバーの業界で働きたいとは?」
「尚更興味ない」
――――ざ、ざ、ざっ。どんどんブイチューバー達が迫ってきている。
「な、奈々子ちゃん……」
「私が合図したらやって。大丈夫だから。焦んないで」
「う、うん……」
恐怖に耐えるように、充希がギュっとパソコンを抱きしめる。
ブイチューバー達が迫ってきている。あと10メートルの距離で、ぴたりと止まった。
「―――最後に聞きます。奈々子さん、ブイチューバーを好きになる気はありますか? 充実した日々を送れますよ?」
「…………私は、平穏で充実した人生を歩みたいの。化物になりたいわけじゃない」
奈々子は、無言で否定した。佐々木の瞳が冷徹で憤慨的なものへと変わった。
――――ざっ。ブイチューバー達が、もう目と鼻の先まで来ている。
「残念ですよ。ブイチューバーを好きになれないなんて、ハッキリ言って人生の大半は損してますよ?」
「別に。他で補うし」
「そうですか。本当に残念です」
ポツリと佐々木が呟いた。奈々子はトートバックに手を突っ込んだ。
「…………一応言っとくけど、捕まる気はないから」
「そうですか。何か凝った作戦でもあるんですか?」
「まぁ、別に凝ってるって程でもないけど」
奈々子が腰を低くして身構える。背後の充希も重心を低くし、パソコンの画面を開いた。
「…………………何か言い残すことは?」
佐々木が言う。
「色々と案内してくれてありがとう。成仏しろ」
奈々子が答える。
―――――一間、静寂があって、
「その二人を捕まろーーーーーーッ‼‼‼」
佐々木の怒号が辺り一面に響いた。
一斉に飛びかかるブイチューバー達。すぐさま奈々子が叫んだ。
「充希! 投げろ!」
瞬間、充希はパソコンをブイチューバー達に、奈々子はトートバックのスマホを佐々木に放り投げた。
二つの電子機器は宙に舞う。すぐに二つの画面は明るくなって。
パソコンの画面から無数のブイチューバー達が出て来て、襲ってくる方のブイチューバー達を捕まえた。
スマホの画面から霜月風牙が出て来て、佐々木をホールドした。
「はぁ?」
捕らえられた佐々木が唖然とする。
⭐︎
「元に戻すって……もしかしてホール会場に行って、さっき充希を戻したみたいにパソコンに暴言を打てって事ですか? いやいや、流石に無理ですよそんなの?」
場面は遡って女子トイレの個室。奈々子は風牙の作戦に疑問を投げかける。
「ええもちろん。先程説明した通り、佐々木の能力は完全ではないです。元人間だったブイチューバー達はそのおかげで視力が悪くノロい。それでも確かにホールにある筈の、無数にあるパソコン全部にアンチコメントを打ち込むのは現実的じゃないでしょう。だからもっと確実な方法を取ります」
風牙は人差し指を立て、二人に説明する。
「本丸である佐々木を倒しましょう。そうすれば能力が解けて、ブイチューバー達になった人達を元に戻せます」
「た、倒すって……どうやって? 一応言いますけど、佐々木とブイチューバー達に私の能力は聞きませんでしたよ?」
「え、奈々子ちゃんの能力って効かない事あるの⁉」
「まあ、そうみたい。今までこんな事なかったけど」
「えぇマジか……」
充希は、驚愕した。
佐々木が頷く。
「奈々子さんの能力も、能力が通じなかった事も存じています。原理は分かりませんが、でも大丈夫です。僕たち『佐々木の支配を受けていないブイチューバー』が佐々木とブイチューバー達の動きを封じます」
「えーと、というと?」
「恐らく佐々木は中央エントランスに居るでしょう。どうにか二人はそこに行ってください。奈々子さんの能力とブイチューバー達のポンコツ性能なら難なく行けるでしょう。問題はここからです」
風牙の説明に、二人はうんうん頷く。
「中央エントランスに着いて、恐らく背後からブイチューバー達が来て挟み撃ちの状況になる筈です。そうしたらこのパソコンと、どちらか二人のスマホを双方に投げてください。どちらのでも構いません。すぐ、電脳世界で生きる僕達が一斉に画面から飛び出して、佐々木とブイチューバー達の動きを止めます」
「そ、そんな事が出来るんですか?」
奈々子の疑問に、風牙は自信に満ちた表情で答えた。
「可能です。僕達は動画視聴出来る電子端末であれば全世界、ありとあらゆる全ての画面から数分間だけ飛び出せます。――――佐々木がブイチューバーにした約3500人中、その支配から逃れた52名の………まだ人の心がある僕らなら可能です」
そして、風牙は「最後に」と口を開く。
「そしてもし、僕達が佐々木を捕まえる事が出来たら…………一緒に燃やして下さい」
すみません。もう2話ほど続きます。本当に申し訳ないです。