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《ブイチューバーにされる展覧会》その6

 だだっ広いホールの中央に、大きな鳥居と、長い参道と、小さい手水屋と、デカい本殿と、普通の賽銭箱と…………その他諸々、神社に必ずある建造物が設置されていた。正真正銘神社があった。凄く見覚えのある神社だった。


「これって、夢の……」


 そして少人数の来場者は、ぐるりと神社を取り囲むように行列を成していた。そして、賽銭箱の前で両手を合わせ、真剣な面持ちで拝んでいた。

 つまり、参拝をしていた。


(可笑しい……絶対に何か可笑しい……)


 ――――三日目限定のイベント? いやそれにしったって神社? ブイチューバー要素は?

『何故、どうして』。この二言が脳内に充満していく。常識外れの違和感が加速していく……。


「あ、奈々子さ~ん!」


 声の方に振り向く。佐々木だ。旧来の友でも発見した様に、心底嬉しそうに駆けてくる。


「今日も来たんですね~。貴方たちが最後ですよ! あ、そちら従妹さんですか? 可愛い方ですね!」


「……あの、えっと。すみませんこれは一体…………」


「ささっ! 二人共並んでください! 参拝しましょう!」


「え、あ! ちょっと………っ!」


 二人は半ば強引に手を引かれて、参拝行列の最後尾に並ばされる。


「あ、あの! これどういう事ですか、なんで神社が……というか参拝って……!」


 奈々子が慌てて聞いた。

 周りはシンと静寂なので、ホール全体に声が響いて、大きく木霊する。


「何でって。勿論お参りですよ? 神社に」


「は? お参り?」


「そうです! 〝ブイチューバーの神様〟にです! それ以外何があるっていうんですか?ここはブイチューバー展覧会ですよ?」


 佐々木が無邪気に笑った。眼が本気だった。

 充希は、来場者は未だに無表情で下を向いている。

 やがてすぐに、奈々子と充希の番が来てしまう。段差を上り、賽銭箱の前に立つ。

 後ろに振り返る。参拝を終えた来場者が、参道以外を埋め尽くすように並び立っている。この光景も夢で見た。怒鳴ってきたブイチューバーが脳裏に過る。


「さあ! 祈ってください! お賽銭は要りませんから!」


「いや、祈れって言われても……えぇ……」


 意味不明な現状に困惑しながら、佐々木に目をやる。当の本人は「さあさあ」と両手を差し出し催促。やはり笑顔である。


「…………………はぁ」


 奈々子は一応、渋々手を合わせた。目を瞑るが、願い事など考えてはいない。

 隣の充希が少し気になる。チラリ横目で確認する。一体彼女は何を祈っていて…………、


「ブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたいブイチューバーになりたい」


 血眼で唱えていた。必死になって手を擦り合わせ、自身の願望を絶えず唱えていた。


「…………っ⁉」


 ――――それはまるで『祈っている』というより、『呪っている』ように感じた。


 ――――嗚呼、なんかヤバい。流石にこの状況はヤバい。瞬時にそう奈々子は確信した。


 ――――確信したが、当然もう手遅れである。


「………………………」


 充希が祈るのを止め、それと同時に佐々木が叫び出した。


「嗚呼! ブイチューバーを心から愛し、自身もそれに成りたいと心の底より願う者達よ!神は……――――ブイチューバーの神様が今、その願望を叶えて下さります‼」


 両腕を広げ、声高らかに天を仰ぐ。彼女のその神々しさはまるで、民を先導する教祖にでもなったかと錯覚するほどだった。


「さあ! 輪廻転生の時間です!」


 佐々木の声がホールに響く。


「お前、本当に何言って……」


 奈々子が口を開いた。その場にいた奈々子と佐々木以外の人間がノートパソコンになった。


「………………………は?」


 奈々子は隣にいる充希や、並んでいた来場者達がいた場所に目をやった。ノートパソコンになっていた。


「………えっ、は…………は?」


 ―――――奈々子と佐々木以外は全員、どこにでもありそうなノートパソコンになっていた。


「……は、はっ⁉ えっ、はああああああああ⁉」


 周りを見渡す。先程いた人々は消え、代わりにノートパソコンが地面に置かれている。横にいた充希も例外ではない。電源の入ってない、黒い新品同様のノートパソコンが落ちている。

 充希の姿は、無い。


(どういう事どういう事⁉ 何が起きているの⁉ このパソコンは…………充希や他の人達は⁉ 何処に⁉)


「あ~……やっぱり」


「ッ⁉」


 佐々木の言葉に反応して、瞬時にそちらに振り向く。佐々木がゆっくりとこちらに歩みを進めて来ていた。


「やっぱり奈々子さんは成らないんですね。ブイチューバーに」


 カッ、カッ、カッ、カッ……。彼女が履いているローファ―が、秒針のように規則正しく音を鳴らす。ゆっくりと、こちらに向かってくる。


「アナタが、これを、やったの……?」


「奈々子さん。やっぱりまだブイチューバーに対しての熱意がありませんね。ブイチューバーへの〝愛と信仰〟が足りない。だからブイチューバーに成りたいとは願わなかった………」


「………………………………」


「でも、大丈夫です」


 参道を歩きながら、佐々木は、奈々子に微笑んだ。

 まるで無邪気な子供が、愛する親に向けるような。

 慈愛に溢れた親が、愛しの我が子に対し見せるような。

 優しさの塊みたいな笑顔を見せながら、


「すぐに貴女も愛と信仰を得ます(ブイチューバーにします)………」


 と、呟いた。



「【足、止まれ】」



 ―――判断が決まってからの奈々子は速かった。

 佐々木が呟いたと同時に。奈々子は即座に〝能力〟を使用した。

『はい』と佐々木の足は一言呟いて、ピタリ、その歩みを止めた。


「……ッな⁉」


「【足、跪け】。【上半身、倒れろ】」


『はい』

『分かりました』


 佐々木の足と上半身は奈々子の命令に従い、膝をつき、上半身を倒した。つまり佐々木は地面に突っ伏した。


「がッ⁉ えっ、なん……で⁉ 身体が勝手に……というか声が聞、」


 動揺している佐々木に奈々子が歩み寄り、その顔面をサッカーボールの如く思いっきり蹴り上げた。鈍く痛々しい音が周囲に響く。


「グアァッ‼」


「【脳、コイツの経歴や出生、そしてイベントの事やこの状況の事。洗い浚い全て吐け】」


 佐々木のポニーテールを掴み上げ、顔面を近づけ問う。

 佐々木の頭は命令に従い、ハスキーな女声で語り出す。


『本名・佐々(ささき)希美(のぞみ)。女。身長159cm。体重50kg。誕生日7月19日。静岡県静岡市生まれ。両親が13歳の時に離婚し母の元で暮らす。離婚のショックと同級生からのイジメで中学時代は不登校。卒業後は通信制の高校に入学。しかし元々人見知りなのもあり家からは一歩も出ない生活を続ける』


「な、何⁉ 何なの⁉ わ、私の頭から……こ、声が聞こえてくる⁉」


 淡々と頭が語っていくが、佐々木本人は激しく動揺。


『ブイチューバーを知ったのは高校2年の夏。当時人気だった〝うchu子〟の生配信を偶然視聴しファンになり、そこから様々なブイチューバーを好きになっていく』


「なんで、なんで⁉ 奈々子さん何をしたんです⁉ 一体何をして……⁉」


 ドゴッ! 奈々子が、佐々木の顔面を勢いよく地面に叩きつけた。


「……うるさい……うるさい! お前に〝話せ〟なんて言ってないだろッ! 私はお前の! 脳味噌に! 〝詳細を話せ〟って言ったんだよぉッ‼」


「グフッ、ァ……」


 佐々木が痛みに悶える。奈々子はそれを見て一旦冷静になってから、ハァと一息ついて、


「………脳味噌、話を続けろ。事実を話せ。じゃないとお前ごと主人を絶対殺す」


 と、再び命令する。


『はい、承知しています。………それからはブイチューバーへのスパチャやグッズ代を稼ぐ為、コンビニバイトを経験。そこで人見知りを直し、着々と自信を付けていく』


 頭が語り出す。奈々子は話を聞きながら、この不可思議な状況を自身の脳内で整理する。

 奈々子は、内心動揺していた。


(クソッ、マジでどうなってる。充希が、来場者が一瞬でPCに?)


 この異様な空間。異様な人間。そしてパソコンに替えられた充希…………当然、こんな状況下で焦らない人間はおらず、奈々子も例外ではなかった。


『将来は自分を変えるきっかけになり、且つ好きなブイチューバーをサポート出来る仕事をしたいと、有名ブイチューバー事務所ワンダーネクストに入社』


 奈々子は佐々木をジッと見つめる。


(コイツが……やったの? 私の名前も知ってたし、何か変だとは感じてたけど……コイツも私と同じような〝能力〟を使える?)


『入社後もその熱意で誠心誠意業務に取り組み、順風満帆な生活を送る。そんな時、あるイベントの責任者を任せられる。初めての大きな仕事だったので、近所の神社に参拝することにした。そこでイベントの成功と「ブイチューバー好きが増えますように。ブイチューバーがもっと増えますように」と祈った』


 奈々子は顔を歪ませ、手で顎を触る。


(私以外で異能を持つ奴なんて見た事ないけど、それ以外考えられない。とにかくコイツは絶対ヤバい。この夢に出てきた神社があるのも気になるけど、取り敢えずどうにかして充希達を元に戻さないと…………)


『その後、交通事故で死亡』


 ピタリ、一瞬奈々子の動きが止まる。


「今なんて」


『享年25歳。即死だったが、数時間前に神社で祈っていたことにより〝神様と同等の存在〟になった。つまり、神の力を得た』


「……は?」


 話が理解できない。何を急に言っているのか。


『なのでブイチューバー業界の為に力を使おうと考え始めた。まず事務所の社長を洗脳し、担当していたイベントに力を入れさせる。そしてブイチューバー愛が強い人間を、神様の力でブイチューバーにした。ブイチューバーになった人間は電脳世界で永遠を生き続ける』


「ブイチューバーに、〝した〟?」


 頭は淡々と、抑揚のない声で話し続ける。


『それから同じ様なイベントを沢山開いては、ドンドンとブイチューバーにしていった。途中この神聖なる活動を怪しむ人間も出てきたが、そんな人間もブイチューバーにした。イベント参加者や事務所の同僚、友人、家族、同棲していた彼氏もブイチューバーにした。ワンダーネクスト所属のブイチューバーもブイチューバーにした。今ではワンダーランドのブイチューバーは全員電脳世界で活動しているし、他事務所や個人勢にも彼ら彼女らは多数存在している』


「電脳世界……? おい説明しろ! ブイチューバーにするって!? PCになった人達がそれなのか?」


『この調子で、どんどんブイチューバーを増やし、業界を盛り上げ、世界中の人々の心を豊かにする。私のような不幸な人間を救う。あの時、初めて生配信を観た時、私がブイチューバーに心を救われた様に。全世界の人がブイチューバ―を愛する。ブイチューバーに成りたがる。それは私の幸福である』


「お、おい! 聞いてるのか! 問いかけに応えろ!」


『嗚呼、神様ありがとうございます。神の力をお与え下さりありがとうございます。必ずや大義を果たします……果たします……果たします……』


 奈々子の叫びも、頭には馬に耳に念仏。同じ言葉を復唱し始める。


「果たします。果たします。果たします。果たします……」


(な、なんだ、急に様子が……)


 ……何か変だ。奈々子が異変に気付いた瞬間だった。ガッ、佐々木が奈々子の腕を掴んだ。


「果たしますよ。私の夢」


「―――――ッ⁉」


 瞬間、悪寒が全身を迸る。反射的に手を振り払い、一歩後退る。


「神様、ありがとうございます……必ず目の前の者をブイチューバーにします……ふへへ……痛いなァ……奈々子さ~ん……その能力なんですか~……普通の人じゃないですねぇ……」


「どう、なってる……」


 奈々子が一歩一歩、後退っていく。何故ならば、目の前にいる佐々木が。恐怖の対象が起き上がり始めたからである。


「へへへっ、大丈夫ですよぉ……あなたもすぐにブイチューバーに夢中になりますよ………」


「何で動ける…………【おい身体! そこに止まれ! 動くな!】」


 佐々木の身体へ能力を使うが、しかし、反応がない。


(嘘だろ……能力が効かない⁉)


 だんだん奈々子の後退速度が上がっていく。動悸や呼吸も早くなっていく。

 そして、完全に佐々木が立ち上がった。

 笑顔で両手を広げて、壮大に、嬉しそうに、



「貴女を、ブイチューバーにしまーーーーーーーーーーーーーすッッッ‼‼‼‼」



 高らかに言った。

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