《ブイチューバーにされる展覧会》その5
「決めたよ奈々子ちゃん! ブイチューバーになるよ!」
帰宅後、夕食のカルボナーラを食べながら充希が叫んだ。とても活き活きしている。
「いや~今日ブイチューバー体験して気づいちゃったんだよね~。『あれ、アタシ才能あるくね?』って! やっぱ声良いから向いてると思うんでよね~。スタッフの人も『ゲーム実況するの上手ですね~』って褒めてくれたし~。どうしようかな~、パソコン新調しちゃおっかな~。あ、でもでも~ブイチューバーって炎上が付き物だしな~。アンチコメとか来たらどうしよ~! な~んて」
そう言ってフォークで麺を掬い、歪に巻いてからパクリと一口。
褒められたことが心底嬉しかったのであろう。チョロい性格の充希であるが、そんな彼女の自慢話に奈々子は上の空。霜月風牙の謎発言を振り返っていた。
(来るな、ねぇ。何いきなり?)
それまで楽しく会話をしていた筈が、途端に血相を変えての説教。そしてスタッフの佐々木がドアを開けた直後には笑顔に戻っていた。正直あの対応の変化は凄い気味悪く感じた。
それだけではない。『僕の様になるぞ』というフレーズも意味不明である。
〝ブイチューバーの様になる〟という事だろうか。トーク力でも向上してくれたら感激だが、当然そんなニュアンスでもないだろう。
(いやそれでも、特に気になるのは…………)
奈々子は脳裏で、今日充希と別れてからバッタリ会った時と、個室のドアを開けた時の佐々木を思い返した。
(なんで私の名前を知っていたんだろう。別に喋ってはいないのに……)
う~んと唸って、大盛コンソメスープを少し啜る。
すると気持ちよく語っていた充希は、今迄の自慢話が聞かれていない事にやっと気づいた。ムッと頬を膨らまして怒り出す。
「もうちょっと聞いてるの⁉」
「ほえ~何が~?」
「いやだから! 私の初投稿でどのようなぐらい登録者が出来るかなって話! どう思うよ奈々子ちゃん!」
「あー三人ぐらい」
「煽りすぎじゃあん???」
充希が笑う。目は笑っていない。
それから一間あって、充希は何か思いついたのか、ハッと口を開いた。
「あ、じゃあさ! 奈々子ちゃんがキャラデザしてよ! それだったら人気出るよ!」
奈々子は少し食べる手を止めてから、
「あー……それはまぁ、気が向いたら?」
とだけ言って、フォークに馬鹿デカく巻いた麺を一口。もぐもぐ。ごっくん飲み込む。
食事後。今日の一件が気になっていた奈々子は、試しにパソコンでブイチューバ―展覧会のホームページを開いていた。少しスクロールしていくと、ある衝撃の文字が目に入った。
「『――――博覧会は二日開催です』。って、はい? 二日?」
概要欄にハッキリ書いてあった。見間違えかと目を擦るが、やはり文字は〝二日間〟。
それからホームページを隅々に探したが、遂に三日という言葉は発見できなかった。
――――――どう見ても、ページは二日間のラインナップを記していた。
「明日が無いって事? ちょっと待って? ねぇ充希ぃ!」
仕事部屋からリビングの充希を呼んだ。充希はすぐに来る。
「なに~? 叫んでどうしたの~?」
「いやどうしたもこうしたも。これ見てよ、博覧会は二日開催って書いてあるけど?」
「ん~?あ、ホントだ。え、アレ? 私が検索した時は三日開催って書いてあったよ? チケットも三日間分の買ったし」
「え~、ちょっと~。もしかして詐欺られたんじゃないのアンタ?」
「い、いやいやいや! そんな事は……」
充希はスマホを取り出して、奈々子に博覧会ホームページの画面を見せた。
「あ、ほら! コッチだと三日間開催ってあるよ!」
「え、あ……ホントだ」
確かにスマホの画面には三日間の文字が。奈々子は更に困惑する。
「え? 同じページなのに、えーなんで?」
「きっとパソコン版の方は誤字っちゃってんじゃない? スマホ版とパソコン版のwebページって、造りが違う時あるし。運営のミスだよ~」
軽い口ぶりで充希はリビングに戻っていった。
「そう……なのかな。いやそうかぁ?」
奈々子はパソコンに向き直る。そしてホームページの更新ボタンを押してから、もう少し調べようとした。すると、
「え……………ウソ」
先程まで書かれていた二日間の文字が、三日間に変わっていた。
「ほ、本当に運営のミス、だった?」
取り敢えず、疲れているんだと思い、奈々子は寝た。
☆
夢を見た。昨日の神社に居た。鳥居の真下に立っていた。
「今度の展覧会でブイチューバー好きがもっと増えますように。展覧会に来た人がブイチューバーに成りますように」
またしても、佐々木が賽銭箱の前で祈っている。拝んでいる。
周囲にはブイチューバー達が、参道以外の敷地を埋め尽くすように立っている。俯いている。
(昨日と……同じ光景)
奈々子はボーっと境内を見渡す。
「今度の展覧会でブイチューバー好きがもっと増えますように。展覧会に来た人がブイチューバーに成りますように」
やっぱり佐々木は祈っている。拝んでいる。
「――――本当ですか! 嗚呼、神様ありがとうございます!」
そう、確か昨日も独りで叫び出して、
「そうですよね! ブイチューバーがもっと増えて、二次元と三次元を無くすようなブームを起こすべきですよね! 神様もそう思いますよね! やっぱりそうですよね!」
と嬉しそうにしてから、こちらに振り向く。
「貴女もそう思いますよね」
やはり視線を送ってきた。尋ねてきた。謎の問いかけ。
――――だが、昨日とは違う部分がある。
「「「「「「「「「「……………………………………」」」」」」」」」」
ブイチューバー達がずっと俯いたままだ。昨日なら佐々木の言葉を叫びながら復唱していた。
(なん、だ…………なんで黙っている。というか何だこの夢は)
ずっと、俯いている。ブイチューバー達は無表情で下を向いている。
佐々木は、ジッとこちらに向いている。無表情で見ている。
(なんで、何も喋らない。何も動かない。何もしないんだ……)
段々と、脳裏に恐怖感が忍び寄る。血液が巡って動悸が早くなっていく気がする。
焦燥感にも似た何かゾワッとした感覚が身体を強張らせ、嗚呼、危険だなと、全細胞が理解していく。
―――――嗚呼、これは何か、まずい。
奈々子が一歩、右足を引いて………………………………。
「綺麗でしょ。僕の彼女」
―――――するり。死角から腕が伸びて、首に巻き付いた。
「―――来るな」
後ろに振り返る。背後から抱き着いた霜月風牙が、凄まじい形相でそう言った。
「「「「「「「「「「―――――――来るなあああああああああああああっっっ‼‼‼‼‼」」」」」」」」」」
そしてブイチューバー達が一斉にこちらを見て、怒声を上げた。
「ッ……⁉」
そして、突然の出来事に奈々子はベットから飛び起きた。
「………………」
悪夢のせいだろうか。滝のように寝汗を搔いていた。手で額の汗を拭う。
「マジで、何なんだよ。……嫌な夢だった」
☆
翌日。つまりブイチューバー展覧会三日目。
「ちょっと充希大丈夫なの? 元気なくない?」
「……………………………うん」
展示場にて。入場のために行列に並ぶ。だが隣にいる充希にいつもの元気がない。
「調子でも悪いんじゃないの? 本当に平気なの?」
「……………………………大丈夫。平気」
「そ、そう……ならいいんだけど」
俯き気味で小さな声を発する充希に、心配しながらも奈々子は納得した。
明らかに元気がない。無表情で、昨日のテンションが嘘みたいに暗い。心なしか眼も虚ろ気味な印象を与える。
充希だけではない。並んでいる来場者達までも暗く物静かである。一日目や二日目の時は、真夏のセミのように喧騒が五月蠅かったのに。
…………それだけじゃない、奈々子は目を細める。そもそも今日は来場者が明らかに少ない。行列も短い。短すぎる。頑張ったら数えられそうな人数しかいない。
そして更に、結構前に並んだ筈なのに一向に後ろが埋まらない。ずっと奈々子と充希が最後尾だ。もうこれ以上人は来ないのか。
この異様な状況の理由、流石に三日もしているからか、それとも別の理由が…………。
間もなくして入場が開始される。無表情なスタッフにチケットを渡し、手荷物検査等をされ、ステッカーを貰った。奈々子が渡されたものには霜月風牙イラストが。
「あ、あ! 充希みて! これアンタの推しでしょ! 良かったじゃん当たった当たった!」
奈々子がステッカーを差し出す。充希はそれをジッと見つめて、手に取って、またジッと見つめて、けだるそうにカバンにしまった。
「え、あ、アレ? 嬉しくないの? 欲しかったんでしょ?」
「………………………………………」
不思議そうに奈々子が聞いても返答はなかった。奈々子は困惑する。
(もしかして機嫌、悪い……感じ?)
気まずく感じながら、奈々子は持ってきたトートバッグにステッカーを入れた。
それから二人はホールへと入場する。したのだが、景色は一昨日、昨日とはまるで違うものだった。
あんなにあったブースや展示が一切ないのだ。物販ブースだとか、何かのブイチューバーの展示物だとか、そういうものが本当に一切合切存在しないのだ。運営スタッフに、着ぐるみのブイチューバーまでも居ないではないか。
じゃあ何があるのか。奈々子はそれを視界に入れて、驚愕する。
「マジかよ」
神社があった。
だだっ広いホールの中央に、大きな鳥居と、長い参道と、小さい手水屋と、デカい本殿と、普通の賽銭箱と…………その他諸々、神社に必ずある建造物が設置されていた。
正真正銘神社があった。凄く見覚えのある、あの神社だった。
続きは明日投稿します。
ブイチューバー博覧会編は明日で多分終わります。
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