《ブイチューバーにされる展覧会》その4
翌日。つまりブイチューバー展覧会二日目。
二人は昨日と同じ時間帯に来場した。推しのステッカーは当たらず、充希は落ち込んだ。
昨日同様、大勢の人々が来場しており賑わっている。そして昨日同様二人でブラブラ、取り敢えず歩き回っていた。
充希があるブースを見つけて立ち止まる。凄く長い行列が出来ていた。
「あ! ブイチューバー体験ブースだ! 昨日行きそびれちゃったけど滅茶苦茶行きたかったんだよね! ちょっと並んでくるけど奈々子ちゃんも行くでしょ⁉」
「いやいかん」
「そういうと思った行ってきますヤッフゥ~‼」
テンションⅯAⅩの充希は飛びつく様に目標へ並びに行った。
(相変わらず元気だな。どんだけ好きなんだブイチューバー)
心中呆れながら、昨日同様、一人ぽつんと周囲を散歩し始める。
さてさてどうしたものか。何か暇を潰せそうなものは…………思考を巡らせていると、背後から声を掛けられる。
「あ、奈々子さんじゃないですか」
振り向くと、昨日会った運営スタッフの佐々木が手を振っていた。
「え、あ、どう……」
―――瞬間、挨拶を返そうとした奈々子の脳裏には、神社の夢がチラついた。
「…………………………」
ぴたりと動きが止まる。
夢だとは分かっている。が、境内でコッチを向いた佐々木の顔が。不気味な表情で意味不明な問いかけをしてくる姿が。フラッシュバックして目前の佐々木と重なった。
「あー……どうしました?」
「…………えっ、あぁいえ。こんにちは」
佐々木に呼ばれて我に返り、軽く会釈した。
「えーと、偶然……ですね。また会うなんて……」
「本当ですね。今日も従妹さんと?」
「ええまぁ。今はブイチューバーを体験? 出来るみたいなブースに行ってますけど」
「あぁ、ブイチューバー体験ブース。あそこは人気ですし結構混んでいたでしょ?」
にっこりと微笑みながら聞いてきたので、こちらも愛想笑いして頷く。
「アハハ、そうですねぇ。結構時間かかりそうで、どう暇潰そうか悩んでたトコで……」
すると、佐々木は「そうなんですか」と少し驚いてから、また微笑んで「じゃあ」と提案する。
「それでしたら、対談ブースに行きませんか? 人気ブイチューバー達と一対一でお話出来るブースで、昨日よりかは混んでないので、暇つぶしにはなると思いますよ」
「対談ブース………」
「無理にとは言いませんけど、どうでしょうか?」
確か昨日、充希が最初に並びに行ったブースだ。右腕だけナンチャラ太郎だか、将棋だったかオセロだったかで優勝したブイチューバーと話せると息巻いていた筈。
そしてブイチューバー体験ブースと同等ぐらいトンデモない行列だった筈だが…………。
(まぁでも、暇だしなぁ)
特にやることもないので承諾する。
「あまり並んでないのなら………まぁ、行ってもいいかもです」
「良かった! でしたら案内しますね」
佐々木が両手を合わせて、無邪気な子供みたく笑った。
☆
ブースに案内された。行列は出来ていたが、本当に昨日程混んでいなかった。
すぐに順番が回ってくる。簡易的に造られた個室が五つあって、佐々木が言うには「五つの個室に順々に案内されて、各部屋に一人ブイチューバーがいる。話せるブイチューバーの数は二十人。どんなブイチューバーに当たるかは時間ごとに違う。
そのため推しと話せるかは運次第だそう。正直どうでも良かった。
それから、個室の一つに案内された。個室にはパイプ椅子が一つと、木製の長いテーブルが一つ。そしてテーブルの上にはマイクと、パソコンが設置されていた。
マイクを持って椅子に座るようスタッフに指示されて扉が閉まる。それから数秒一人で待っていると、
「お待たせ~! 世界の平和はあーしが救う! ヒーローギャル系ブイチューバーのHERO美です☆」
と、パソコンの画面にブイチューバーが映し出された。HERO美と名乗った彼女は、首に巻いたチョーカーと、カールしてふわっふわな長い金髪が印象的だった。
「え、つーかお姉さんめっちゃ美人じゃね? うぇ~羨ましい~。え、つか肌綺麗過ぎて、え、保湿何使ってんの?」
「え、あ~……アハハ……」
そして凄くフレンドリーだった。言葉を換えれば、馴れ馴れしかった。
と、こんな感じでブイチューバー達と雑談していく。会話時間は5分で、内容は世間話がほとんどで、奈々子は適当に駄弁っていた。
因みに、他にどんなブイチューバ―と話してたかというと、
「丸眼鏡大好き! 丸眼鏡系ブイチューバーの長谷川メガ男です! お姉さん丸眼鏡似合いそうですね!」
全身に無数の丸眼鏡を身に付けた変人男。
「レモン系ブイチューバ―の、ミカンです! 好きなモノは柿です!」
と叫ぶ梨の見た目のキャラクター。
「め、面食い猫耳ブイチューバーの秋野ですぅ……ぐへへ。お姉さん顔良いですねぇ……れ、連絡先交換しませんかグヘへ……」
変態猫耳女。
こんな感じで、どのブイチューバ―も、とっても個性的だった。
(ちょっとちょっと、なんか想像以上にヤバいのしかいないけどブイチューバー⁉ なんで変人しかいないの⁉)
最後の個室でそう思いながら待っていと、パソコンの画面にキャラクターが映し出された。
(うげっ! 来た! 早く帰りてぇ!)
一瞬身構えるが、すぐに緊張は解かれる。
「どうも、皆様の執事系ブイチューバーこと、霜月風牙です!」
「え、風牙って……」
その蒼くサラサラ揺れる髪に、特徴的なタキシードと白手袋。充希が推しているブイチューバー・霜月風牙その人だ。
「こんにちはお姉さん。今日はよろしくお願いします」
爽やかな声で青年は丁重に挨拶。奈々子もそれに応じる。
「あ、ど、どうもご丁寧に」
「アハハ、緊張してますか?」
「き、緊張っていうか……前の四人、いや三人と梨? が結構個性的だったので……面食らっちゃって」
充希の推しだというのもあるが。
「あーなるほど。そうですよね、奇抜な方が多いですよねぇ~」
風牙がこくこく頷きながら笑った。奈々子も釣られて苦笑い。
「お姉さんお名前は? お一人で要らしたんですか?」
「従妹と来ていて、私は付き添いで。名前は奈々子です」
「そうですか。じゃあ、お二人共ブイチューバーが好きなんですね」
「あー、従妹は確かに好きなんですけど、私はあんまり知らなくて……」
「おーなるほどなるほど。じゃあこの博覧会で好きになってくれると嬉しいですね」
風牙はそう言って、もう一度笑った。
その後、奈々子と風牙は楽しく雑談した。世間話は勿論、普段ブイチューバーの私生活や、生配信で気を付けている事など、ちょっとした豆知識まで教えてくれた。
風牙は執事モチーフだからなのか物腰柔らかな対応だった。奈々子も前までの4人が強烈だった事もあり、風牙とは肩肘張らず自然に会話をすることが出来た。
それから、5分があっという間に過ぎた。
「もうすぐで終わりですね。いや~奈々子さんとお話出来て楽しかったです」
「私もゆっくり話せて良かったです。昨日も来たんですけど、色々とブイチューバーの事が知れて満足です」
「あ、昨日も来てくれたんですか。大丈夫ですか? 疲れてないですか?」
心配そうに聞いてくる風牙に、奈々子が指で視力検査のマークを作った。
「ハハハ、まぁちょっとだけ」
「あー、じゃあ今日は早く寝ないとですね~」
「そうします。一応明日も従妹に付き添う事になってるんで」
奈々子が溜息交じりに呟く。すると、
「〝明日〟ですか?」
スッ。と表情が消え、低いトーンで聞いてきた。
「そうなんですよ。なんか従妹が三日間のチケット買っちゃったみたいで、仕方な………」
「――――来るな」
話している途中、まるで子供を叱るように、風牙が静かな怒声を放った。
「えっ」
「絶対に来るな」
「……え?」
風牙は、物凄い形相で睨んできている。その意味が分からず状況の理解が遅れる。
「なに……を、」
言っているのか。そう聞こうとしたところで、
「はーい奈々子さん、五分経ちましたので終わりでーす」
――――ガチャリ、スタッフの佐々木がドアを開けた。外のムワッとした熱気が個室に入り込み、すぐに充満した。
奈々子は反射的にドアを見やって、すぐにパソコンの画面に向き直った。
「今度は僕の生配信も見てくださいね。それじゃあまた」
…………今まで何事もなかったかの様に、風牙は笑っていた。
それからは充希と合流して「遅い」と言われ、昨日同様、色んなブースを二人で回った。そして展示場を後にした。
今日はあともう一個だけ投稿します。
ブイチューバー博覧会編は次々回には佳境に入り、多分明日完結します。