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《あほあほ神社へ》その6

「クッソ、しまったな。どうしようマジで」


 大盛のオムライス(デミグラスソース)を頬張りながら奈々子がぼやく。

 夜。奈々子達はオムライスを食べながら、明日について会議していた。

 取り合えず充希には事情を全て説明し、三人でナズナにどう対処するか。そして今日の反省を述べていく。


「本当に申し訳ありません。僕が甘かった。姉を説得出来ると勘違いしていた」


「ヨモギ君……」


「でも、もう姉の瘴気は話し合いどうこうで晴らせるものではなくなっていた。……いや、僕は最初から分かっていたんだ。でも認めたくなかった。認めたら、もう手荒い手段を取るしか無くなるから……………」


 ヨモギは、二人を危険に巻き込んでしまった事に責任を感じている様であった。相当落ち込んでおり、先程から何度も自分をこうして責めている。


「どう考えても二人を巻き込んでしまったのは僕の責任です。本当に、どうお詫びをすればいいか………」


「いやいや、そもそもヨモギ君の頼みを承諾したのは私。君が責任を感じる必要はないよ。それに自分でも危機感が乏しかったと思うよ。今考えれば、かなり軽率だったよ」


 展覧会や斎藤の件の主防犯を突き止めようとするあまり、自らが危険に際悩まれている事を、いつの間にか意識が向かなくなっていた。今回の結果は奈々子自身が招いたものでもある。


「……まぁ私以上に危機感持ってなかった奴もいるけどな! やいこのアホンダラぁ! やっぱり付いてくるべきじゃなかったじゃんか! 多分充希は、来なけりゃ標的にされてなかったんだぞアレ! 分かってんでしょうね⁉」


 そう怒鳴って、奈々子は充希の両頬を最大限抓った。充希は相当反省してるようで、


「ひべ~! すびばせんでじた~! ゆるしでぐださい~!」


 と大泣きしながら謝っていた。


「い、いや、別にそうとは限らないんじゃ……」とヨモギは諭す。

 奈々子は一通り充希を叱ってから、頬っぺたを離し、どかりと椅子に腰かけた。


「ともかくさ! 明日どうする? 彼女の言う通り、おちおち神社に行く? ホントに大丈夫な訳?」


 ヨモギ、首を横に振る。


「いいえ、確実に無事では済まないでしょう。今の姉さんなら必ず奈々子さんと充希さんを甚振って殺します。いや、この街の人間もただでは済まないかもしれません」


「……はぁ。じゃあいよいよどうするべき? 確か君の予想じゃ逃げたって追跡して来るんでしょ? なんか打つ手はあるの?」


 奈々子が聞くと、ヨモギは俯いて、こう返した。


「本当は、使うに越したことはなかったけど。もうそうは言っていられません」


「………何かある感じ?」


「ええ、アレを使います」


「アレ?」


「これを使うには、お二人の力が必要です。どうか、お願いします」


 ―――ヨモギはそう呟いて、ある物を手渡した。


 ☆


 奈々子は夢を見た。恐らくヨモギとナズナが人間だった夢だ。

 そこは古い、時代劇に出てきそうな村だった。曇り空だった。


 村の広場のような場所で、ヨモギとナズナは吊るし上げられていた。処刑が始まるようだ。

 広場には大勢の村人たちが、これから殺される二人に罵声を浴びていた。「消えろ」だの「醜い」だの「祟りの子」だの。おおよそ人に発してはならない言葉の刃たちが二人を貫いていく。


 二人は、恐怖と絶望と涙で顔をぐちゃぐちゃに汚している。殺されるという、幼い子供が感じてはいけない感情に圧し潰された表情である。

 だが、ナズナはそれに怒りの要素も混ざっていた。


 そして間もなく、二人は燃やされた。


 火が二人を燃料に、大きく熱く、苛烈を極めていく。

 燃え上がっていく。


「熱い! 熱い!」と二人が叫ぶ。「痛い!」とも「死にたくない!」とも叫ぶ。

 断末魔を叫ぶ。苦しみを叫ぶ。

 それからどんどん、二人の原形が無くなっていく。


 服が燃え、髪が燃え、手足が燃え、顔が燃え。二人の体が灰になり、ぼとぼと落ちていく。

 やがて、二人の叫び声も小さくなっていき、最終的には無くなった。


 と同時に、姉の体が元に戻った。

 ナズナに纏わりついていた火は一瞬で消え、ナズナは立ち上がる。恰好は袴を着ている。

 ナズナが浮遊する。それから言葉にならない怒号をあげる。そして村人を力ずくで殺したり、妖術か何かで殺したりしていく。


 それから村人たちが死に絶えていく。頭と首が吹っ飛ぶ者。腹が裂ける者。吐血をして倒れる者。発狂しながら自分の首を絞める者。その他大勢の死に方で、村人は息絶えていく。


「妖怪や神なんかは、夢を通して自分の意志や過去を、霊感のある人間に伝えたりするの。まぁ今回みたいに勝手に伝わっちゃうこともあるけど」


 一部始終を眺めていた奈々子に、いつの間にか隣に立っていたナズナが話しかける。


 今暴れているナズナとは別人の、白ワンピースを着たもう一人が横にいた。


「……つまりこの夢は、貴女の過去の記憶なの?」


 ナズナの虐殺ショーを眺めながら、淡々と奈々子が聞く。


「そうよ。これが私とヨモギが人間だった時の記憶。そして邪神になった瞬間」


「じゃあ私が今まで見てきた夢は?」


「佐々木や斎藤の夢の事? あれは二人が、貴女に意思を伝えるために見せたものじゃない? いや、佐々木の方はその彼氏が見せた夢かな? 二人は夢を通して『危ないから関わるな』警告していなんじゃいかしら?」


「……ごめん、言ってる意味がまるで理解できないんだけど」


「ははは、ごめんね説明下手で。覚えなくていいよ、重要じゃないし」


 二人が会話を続ける合間にも、過去のナズナは村人たちを虐殺していく。表情は実に晴れやかだ。


「確認だけど、佐々木と斎藤を操ったのは貴女ってことでいいんだよね?」


「そうよ。事故に見せかけて殺したのも私。貴女を……厳密には貴女の能力を知りたくて、二人を殺して、神の力を与えた。おかげで十分奈々子ちゃんに詳しくなっちゃった。時間は掛かったけどね?」


「どこで私の能力を知ったの? あまり人前では使わないようにしてるんだけど?」


「散歩のとき電柱に使って雑談してたでしょ? あれ見てた」


(あれか~~~~~)


 奈々子は自分のリテラシーのなさを実感し、反省し、後悔する。

 過去のナズナは尚も、村人を殺し続ける。老若男女問わず。


「ヨモギ君とは、暮らそうとは思わないの? あの子寂しそうにしてたけど」


 奈々子が悲惨な光景を目に焼き付けながら、ぽつりと呟く。


「暮らさないよ。だって私は人を恨んでいて、虐殺をしたいと思っているもの。愉快にね。だから奈々子ちゃんと、奈々子ちゃんの能力に目を付けたんだから」


「意思は固い感じ?」


「まぁね。それにさ、ダメだよ。ヨモギは私と違って人間を恨んでない。強くて清い子だから、私なんかと一緒に居たら駄目だよ」


 ナズナは、静かにそう語った。

 ピクリと奈々子の視線が隣に向く。


「貴女もしかして、罪の意識があるの?」


「………まぁ、実はあるよ。罪悪感。胸を締め付けるような感覚」


「じゃあ!」


「―――でも人間は殺す。私の中の邪気が、無残に殺された母の記憶が、私とヨモギを人扱いしてこなかった村人たちへの憎悪が、『弄んで殺せ』って今も私を突き動かしているから」


「っ」


 奈々子は何か言おうとしたが、怨念に囚われているナズナの発言に、かける言葉がみつからなかった。

 そしていつしか、過去のナズナは村人全員を殺していた。

 広場には大量の死体と、池の様に溜まった血と、灰となって燃え尽きた処刑の跡が、もの悲しく残っている。


「ねえ、聞いていいかしら?」


 黙り込んでいた奈々子にナズナが聞く。


「奈々子ちゃんって、仕事は何をしているの?」


「はい?」


「いやちょっと気になって。あまり出勤してる光景を見なかったから。ねぇ教えてよ~」


「……絵本作家。あとはイラストレーターの仕事もしてる。これで満足?」


「え、すごいじゃん! あ、だから駄菓子屋の時あんなに絵が上手かったのか! なるほどね~」


「どうも」


 二人は会話を交わしながら、目の前の惨状を、ただただ眺めている。


「ねぇ、私も貴方に言いたい事あるんだけど」


 奈々子が呟く。ナズナが覗き込むように振り向く。


「ん? 何かな?」


「私、平穏な暮らしをするのが人生の目標っていうか。波風を立てずに、充実した人生を生きたいんだけど」


「うふふ、絵本作家なのに、波風を立てずにぃ~?」


「いやまぁ、そこはいいんだよ。学生時代からの夢だったから」


「ふぅ~ん。性格に見合わずメルヘンねぇ~?」


「まぁ、ともかくさ」


 そう言ってから、奈々子はふぅっと一息ついて、


「――――明日、私達の平穏な生活をぶち壊そうとしてるアンタを捕まえて、安寧の日々を取り戻す」


「…………………ふーん、出来るといいわね」


 二人は切り詰めるような鋭い眼光を、互いに向けていた。

 そんな会話を最後に交わしたところで、過去のナズナは甲高い笑い声を上げ、空高く飛び立っていく。同時に、灰の山となった処刑場の中から、浴衣を着たヨモギが姿を見せて。


 そして、奈々子は夢から覚めた。

次回、物語が佳境に入ります。


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