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《あほあほ神社へ》その4

「と、いうわけで連れてきちゃったんだけど……見える? この子?」


「………み、見えない」


 自宅にヨモギを連れて帰った奈々子。

 リビングにて充希にヨモギの事を説明したのだが、部活帰りの充希はどうも怖がっている。


「や……やっぱり、やっぱりなんかオカルト現象起きてるぅぅぅぅぅ……ッ‼」


 無茶苦茶怖がっている。

 同居人が心霊体験した上に神様を連れてきたのだがら当然の反応である。


「あ、あははは~。あ~、ごめんマジで」


「う、うぅああああ、出掛ける前やっぱり止めとけば良かったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ 神社なんか行くの止めとけばよかったあぁぁぁ! 絶対なんかヤバい事になりそうだったもんんんんんんん! うああああああああああああああああ‼」


 膝から崩れ落ち、自らの過ちを吐露する。

 そんなオタク娘を苦笑いしながら見下ろしつつ、奈々子は頷きながら呟く。


「君が言った通り、他の人にはヨモギが見えてないんだね」


「ええまぁ。霊感があったり特殊な体験や力を持ってたりする人間は、妖や神を目視できるんですけど。一般人には流石に………」


「なるほどねぇ、それで私には見えるわけか………」


「うわああああ奈々子ちゃんがなんか一人で会話してて怖ぇぇぇぇぇえええええーーーー‼」


 充希は叫んだ。恐怖を叫んだ。


 と、流石にこの調子じゃ話が進まないので。

 取り合えず奈々子は、充希がヨモギを目視できるように試行錯誤する。


「……よし、これなら違和感なく見れるんじゃないの?」


 ヨモギに服を着せ終えた奈々子は、ふぅーっと一息。


 キャップを被せ、大きなグラサンとマスク、ヨモギにはちょっとブカブカで丈の長いコート、足に靴下と、首元にマフラーを巻かせた。THE・不審者の風貌だが、これなら一応充希も物質として目視できるようで……………。


「うわスゴ、空中に服が浮いてる。てか、うわぁホントにここに子供いるんだ、スゴォ」


「…………………」


 ヨモギを舐めまわすように眺める充希は、先程と打って変わって、凄く関心していた。


(さっきまで怖がってた癖に……)


 草臥れた奈々子はソファに腰を掛ける。午後は何かと忙しく相当疲れた。すぐに眠気が奈々子を襲う。だが寝るわけにはいかない。


「それで? お姉ちゃんを探すためにはどうすればいいんだっけ?」


「先程も言いましたが、姉の妖気は街周辺の、人々が栄えている場所にいくつか感じ取れます。そこいらを重点的に、奈々子さんの能力を使いながら探しましょう」


「〝いくつか〟って、君のお姉ちゃん一人なんでしょ? 神様の事とかよく分かんないけど、なんで数か所に感じ取っちゃってるのさ? 分身でもしてるの?」


 奈々子がそう聞くと、ヨモギは申し訳なさそうに答える。


「妖気を感じ取るのは、簡単にいえば匂いを嗅いでいるようなものです。人ならざる者が色んな場所を訪れれば、そこに必ず〝残り香〟を置いていきます。僕はあくまで姉が残した妖気を感じ取る事しか出来ず…………」


「なるほど。つまりこの街をウロチョロしてるって訳か。だる~~~」


 奈々子がソファに寝転ぶ。ふわふわと低反発し、身体が上下した。

 その無防備な姿を眺めながら、ヨモギは聞く。


「あの……何故僕の願いに乗ってくれたのですか? 僕が言うのもなんですが………疑わないのですか?」


「ん? あーそうねぇ。そりゃ、ぶっちゃけ半信半疑ではあるけど? でも仮に、私に危害を加える奴を捕まえられるんなら最高だし、つうかヨモギ君が敵だったら私とっくに殺されてるでしょ?」


「そ、そんな事はしませんよ…………!」


「分かってるって。まぁなんか能力も効かないなら抵抗の仕様が無いし。手伝うよ」


 そう言うと奈々子はニッコリとヨモギに微笑む。大人が子供を安心させる為の笑顔である。


「奈々子さん…………本当にありがとうございます。このご恩は必ず」


「あ~~、子供がそんな畏まらなくてもいいよ。なんか申し訳なくなるし」


 深く頭を下げたヨモギに、奈々子は頭を掻いた。


 そして、「一人で喋ってるのやっぱ怖いって奈々子ちゃん……」と充希は又しても恐怖した。



 ☆

 奈々子は夢を見た。それは恐らく、ヨモギから流れ込んだ記憶。


「「お母さま、お母さま!」」


 神社の、貧相な物置小屋。窓から申し訳程度に日の光が照らす室内は、やはり薄暗い。

 母を呼ぶボロ着の双子。片方はヨモギで、もう片方は、何故かぼんやりとしていて目視出来ない。モザイクというか、どうにもその姿がぼやけていて、ハッキリと分からない。


 だが、なんとなく、穏やかな女の子なのではあるのだろう。何故なのか奈々子はそう思った。


「お母さま! あそぼ! あそぼ!」


「お母さま、私はおままごとがしたいわ! お母さま!」


 双子は満面の笑みで鎮座する母親に抱き着く。

 大変顔の整った髪の長いその母親は、二人の頭を優しく、優しくなで下ろして。


「嗚呼、私は幸せ者ね。こんなに可愛い子供達に愛されているのだから」


 微笑えんで、幸福を嚙みしめる。

 その呟きに子供達は不思議そうに母の顔を見るのだが、そんな母は子供達にこう囁くのだ。


「ヨモギ、ナズナ。儀式が始まる前に、この村を抜け出しましょうね。抜け出して、遠くへ逃げて、そしたら面白可笑しく暮らしましょうね。目新しい物を沢山見て、遊んで笑って、仲良く、平穏に暮らしましょうね。大変な事もあるでしょうけど、それでも、笑って、面白可笑しく暮らしましょうね。笑顔でいましょうね」


 そうやって、ぎゅっと我が子を抱き寄せ、笑顔で囁くのだ。

 双子はうんと元気よく言って、笑顔で抱き返すのだ。

 三人で仲良く、幸せを味わうのだった。



 そして次の瞬間には、母親が死んでいる光景になった。

 本殿の裏。大木の下には、辛うじて原形を保っている母の亡骸があった。

 真夜中の豪雨が、血だらけの母を流していく。

 双子が、さっきまで生きていた母親を見下ろす。


 二人共、ただただ絶望し、涙を流している。


「許さない」


 ナズナが呟く。


「絶対に許さない」


 ナズナの歪んだ顔が、ぼやけていても分かった。


「みなごろしにしてやる」


 ナズナが呟く。


 ☆


「……………………」


 と、ここで奈々子が目覚める。

 ゆっくり上半身を起こすと、ぽたぽた、目から何かが落ちた。


「……………………」


 目元を指でなぞる。どうやら涙を流していたらしいと理解する。

 袖で涙を拭きとると、奈々子はベットから飛び降りリビングへ向かう。

 のどが渇いた。水を飲みたい。

 キッチンで水道を流し、コップに注ぎ、一気に飲み干す。


(そういえば、毎回見る神社の夢は何なんだろうなぁ)


 博覧会の時も、斎藤の時も、そして今回も。何故こうも神社の夢を見るのだろうか。

 リビングのソファにはヨモギが寝ている。彼もまた、先程奈々子の見た夢を見ていたのだろうか。


(流れ込んでいるのかな。佐々木や斎藤、ヨモギ君の記憶…………なんて)


 泣きそうな顔で寝ているヨモギを、キッチンから眺めながら、ふとそう思い、


(あの女の子の声、何処かで………………)


 夢に出た少女を振り返りながら寝室に向かう。


(平穏に暮しましょう、ねぇ。ホントそう生きたいよ)


 双子の母の言葉を心の中で反芻する。

 平穏に暮したい奈々子にとっては、とても甘美なフレーズであった。

 不可思議な今のこの状況なら、尚更共感できた。

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