《あほあほ神社へ》その2
安穂神社。平安時代から存在している神社であり、元々は災害から街を守るために建てられた。御祭神は牛頭天王? だとか武御雷? だとか経津主? だとか、日本神話に疎い奈々子にはよく分からない神様が何柱か祭られている。
境内には本殿と社務所、拝殿、手水舎、大きな御神木に………よく神社にあるのものが。
一応厄払いや結婚式などの祈祷や祭事もやっており、お守りや絵馬やおみくじも売っている。
…………とかなんとかホームページに書かれていた。要は普通の神社のようだ。
「マジかよ……」
長~い階段を昇り切った奈々子は、手水舎の横に建てられた看板を見つめていた。
木製看板には達筆な字で『社務所にはいつ何時でもご自由に出入りできます。是非』と一文。
「えぇ、いやいやありえない。絶対有り得ないでしょコレ」
まさか子供たちの話が間違っていなかったとは。当然奈々子は困惑する。
(え、いいのか本当に? どうしよ)
泥棒入り放題であるが、関係者は何を考えているのか。ちょっと不気味に感じさえする。
取り敢えず、奈々子は社務所以外の境内を調べることにした。
拝殿にお参りしてみたり、御神木を調べたり、何か落ちてないか探したり。
神社の案内板を確認し、おみくじを引いてみたり。色々試してみた。
が、特に何もなかった。何も落ちてないし、書かれて無いし、中吉だった。争事は吉らしい。
「後は社務所だけか…………怪しいっていうか、そもそもいいのかな入って?」
わ
ポツリと呟いて、境内の端にこじんまりと建つ社務所に目をやる。
「……マジか、開いてるよ」
社務所に鍵は掛かってない。というか、扉に『ご自由にお入りください』のチラシが。いよいよ不用心どころではないと奈々子は感じる。
(これだけ念押ししてる訳だし入っていいんだよね………いや、いいのかマジで???)
う~ん。奈々子が唸る。良心が脳内でフル活動し、行動を遅らせる。
いやその前に怪しい。何故社務所が自由に入れる。これがRPGなら罠でもありそうだ。
「(でも凄い中が気になるぅ)お、お邪魔しますよー? 良いんですよねー?」
が、奈々子は好奇心に負けて、よそよそしく入ることにした。
「誰かいますかー」と呼びかけるが、返事はない。誰もいないようである。というかこの神社に来て人に会ってない。神主や巫女さんはいないのだろうか。本当に不気味である。
「ホントに良いんだよな入って…………は、入っちゃいますからね~?」
言いながら靴を脱ぎ、目の前の廊下を歩き始める。
それから、胸中に後ろめたさを感じながらも社務所内を調べて回った。
のだが。中は社務所というより民家のようだった。
別に社務所に詳しい訳ではない。だが神社関連の部屋は無く、代わりにあるのは台所に、風呂場に、リビングに。まるで家である。社務所とはこういうものなのだろうか?
掃除の行き届き、電気や水道も通っている。生活用品もあり、台所には食器やフライパンなどがあり、風呂場にはシャンプーとリンス―が満タンに入れられている。
リビングはテーブルに椅子が二つ。テレビもちゃんと映った。トイレも綺麗にしてある。
だが、言ってしまえばそれだけである。どの部屋にも目立った物はない。冷蔵庫やタンス、引き出しの中を粗方調べてみても、何も入っていなかった。
生活感があるような、ないような…………微妙に判断しづらい。住むまではいかずとも神社の関係者が使っているのだろうか。
「となると、最後は二階か」
廊下に出て、階段を駆け上がる。すると扉が一つある。
ドアノブをひねり、押す。ぎぃーっと金具が音を立てた。
「ここは………………子供部屋?」
その部屋を表現するならば、この言葉が適切であった。
勉強机に座高の低い椅子。ベット。漫画や図鑑が入った本棚と、その上に飾られた恐竜のぬいぐるみ。壁にはアニメキャラクターかなにかがプリントされたポスターが貼ってある。フローリングに敷かれたカーペットも同様にアニメキャラが。
(流石に入って、いいのか……?)
と思いつつも好奇心から足を踏み入れる。
(関係者の子供の部屋とか? なら尚更無料開放してるのは可笑しい………いや社務所無料開放してる時点で怪しいか)
自身にツッコみを入れつつ部屋を見渡す。本棚に、タンスに、押し入れに。この部屋も地味に調べる箇所が多い。
(取り合えず、さっきみたいに調べてみるか…………ん? 何だアレ?)
奈々子は勉強机に目線を送る。机の上に何か置いてある。
「ノート。いや日記帳か」
パラパラと捲る。最初の方の数ページに、文字がびっしり書かれている。小学生が書いたような拙い字だ。
結構分量があり読むのが手間そうなので、
「【日記帳、全文読み上げて】」
『はーい』
能力を使う。日記帳は明るい女児のように、元気よく返答する。
日記帳が内容を読み上げてる間に、奈々子は一通り部屋を調べることにした。
『ぼくは、じんじゃでうまれました。ぼくはふたごで、あねといっしょに、おかあさんのおなかからうまれました。でも、そのむらではふたごはわるいそんざいで、むらじゅうのひとからこわがられていました。なので、ころさないといけませんでした』
奈々子はタンスの中を調べる。特に物は入ってない。
でも、すぐにはころしませんでした。じんじゃでうまれたあかんぼうは、うまれてすぐしぬとようかいになっちゃうので、10さいになるまえのひに、ぎしきでころさなければなりませんでした』
奈々子が押し入れを開く。埃が辺りに舞った。
『なのでぼくとあねは、ものおきごやのようなばしょでくらしました。あまりそとにもでられず、ほかのひとともあえません。たのしいことがありません。つまらなくて、まずしいひびでした』
奈々子が押し入れを調べる。特に物は入ってない。
『それでも、おかあさんはぼくとあねをだいじにそだてました。ごはんもつくってくれたし、そとのたのしいはなしをきかせてくれたし、ねるときはこもりうたもきかせてくれました。
おかあさんはあるときいいました。「ぎしきがはじまるすうじつまえに、どこかとおくへにげましょう。どこかとおくへにげたら、そこでおもしろおかしくくらそう」といいました』
奈々子が本棚を調べる。適当な本を手にとってページを捲るが、特におかしな点はない。
他の本も同様に普通。変わったタイトルは無い。
『ぼくとあねは、おおよろこびでさんせいしました。さんにんで、おもしろいものをみて、きいて、しっていきたいな。なによりへいおんにくらしたいな。ぼくはこころからそうおもいました。そして、そのひはさんにんでいっしょに、うたをうたってねました』
奈々子は部屋を見渡す。次はどこを調べるか。
『――――それから儀式の一週間前に、お母さんは殺されました』
「……………っ」
ぴたり、奈々子は動きを止める。
『何故なら、僕らが村から逃げようとしているのがバレてしまったのです。なので村の大人達は、本殿の裏庭でお母さんを袋叩きにして、原形が無くなるまで痛めつけて殺したのです』
奈々子がゆっくり勉強机の方に視線を向ける。机の上の日記帳に視線を向ける。
『僕はお母さんが死んだことを凄く悲しみました。ですが姉は、悲しむと同時に村人を怨みました。大変怨みました』
奈々子はじーと見つめる。勉強机の上の日記帳を見つめる。
『そして、儀式当日になりました。僕達はころされるために、村の広場で吊るし上げられました。その場にいた大勢の村人は僕達に罵詈雑言を吐き捨てました。普段なら言葉にしてはいけないような文言を大声で僕達に浴びせました』
奈々子が勉強机に向かって歩き出す。
『それから、僕達は火で焼かれました。とても熱くて、痛くて、苦しくて、辛くて、泣いて、でも涙はすぐに蒸発して消えて。熱い、熱い、熱い、熱いと繰り返し叫んでいると。暫くして僕達は燃え尽きて死にました』
奈々子は日記帳を開いて覗き込む。その目は動揺を秘めている。
『そして、姉が祟り神になりました。恨めしい親族と村の人々を全員いたぶり、殺しました』
奈々子は、文章を指でなぞる。その字は丁寧ながらも、どこか力強く書かれている。何か怒りめいたものすら感じ取れた。
『そして、祟り神になった姉は僕の身体を治すと、狂気じみた笑い声をあげて、何処かへ去っていきました。そして、ひとりぼっちになってしまった僕も、悲しい気持ちのせいからか、神格になりました。おわり』




