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《草生える公園の芸人》その9

 血だらけでうつ伏せに倒れた彼女に奈々子は側へ駆け寄る。走っている際中、奈々子に生えた草が肌の至る所に切り傷を作ったが、充希が心配で痛みどころではなかった。


「【充希の身体! 充希の容態は⁉ 無事なの⁉】」


『落ち着いて。大丈夫、痛みのショックで気絶しているだけ。出血も見た目程酷くない』


「そ、そうか……………」


 能力で充希の身体に聞き、ひとまず胸を撫で下ろす。


「気絶、してしまいましたね充希さん。痛みに耐えられず」


 ぽつり、感情のない声で呟く。膝を着いていた奈々子はギロリと斎藤を睨んだ。


「お前……」


「う~~む、〝お笑いへの熱意〟が無いから、痛みに耐えられなかったんでしょうね、充希さんは。お笑いに対する真剣さがある芸人は、例え戦車の砲撃にあっても倒れないのは幼稚園児でも知っているこの世の心理ですが、充希さんはまだまだ熱意が足りなかったという事ですね。ネタも大草原ジャッジマンのツボに入らなかったみたいですしね。俺個人としては割と悪くなかったのですが」


「……………」


「さて、奈々子さん一人になりましたね。お二人の草の生え具合からして、これ以上伸びたら身体の内側から草が生えてくるでしょう。そうすれば間違いなく死にますよ。もし充希さんを死なせたくないなら、俺に草を生やすしかないですよ奈々子さん。―――――それもトビキリの『草に草を生やすくらいのネタ』でね?」


 斎藤は、冷徹な目でコチラを見た。


「さあ、早く次のネタを披露してください」


 ごくり、奈々子はまたしても唾を飲んだ。

 そしてゆっくり立ち上がる。


「……………クソ」


 奈々子の心情は、当然穏やかでは無かった。


(ヤバいな……いよいよ状況が不味くなってきた………)


 充希に対する不安。斎藤に対する怒り。自身に対する無力さ。現状に対する焦り。様々な感情がグルグル渦巻いていた。


 ―――――その中で、奈々子が一番感じている感情は〝疑問〟であった。


(斎藤のネタ。あんなにつまらないんのに、なんでジャッジマンは高得点を出す?)


 それは、審査員である大草原ジャッジマンへの疑問であった。


(ぶっちゃけ私達のネタだって文化祭レベルのお粗末っぷりだけど、アイツのだって正直同レベルだろあんなの。絶対可笑しい。なにか引っかかる)


 奈々子が思考回路を働かせる。


(ジャッジマンが斎藤に贔屓している…………いや、それじゃあ私が最初にやったネタが80点だった理由はなんだ?)


 奈々子達が披露したネタは、最初が80草点に対し二回目は15草点であった。

 一方斎藤は二回とも高得点であり、完全に波に乗ってる。


 ……………奈々子の最初のネタと、斎藤の二回のネタ。計三つのネタに恐らく。


(――――斎藤が言っていた『ジャッジマンが笑う要素』、つまり笑いのツボになる共通点があるのか? それを斎藤は知っている?)


 あくまで推論であり証拠などは無い。確証はやはり無かった。

 奈々子は数歩前に出る。疲労困憊で表情は険しく、息も荒い。満身創痍である。


「早くしてくださいよ奈々子さん。それともパスですか~?」


(クソッ、取り合えず何か披露をするしかない。草が邪魔だから、身体を動かさないヤツは……………)


 状況は最悪。だが奈々子はまだ諦めてはいない。必死に勝つ方法を考える。

 そして、ネタを閃く。奈々子は披露する。

 彼女制作であり最高傑作。飲みの場では割と好評の鉄板ジョークを。


「あ、ある仲の悪い夫婦が、些細な事で大喧嘩したんだけど。夫が妻に『お前は有名な高校、大学と出た筈だろ? 何故そんなに馬鹿なんだ』と叫んだんだって」


 奈々子は極力楽し気にジョークを話す。緊張でぎこちない笑顔ではあるが。


「そうすると、妻はこう返した。『あなたこそ、大手の会社に勤めているのに、どうしてそんなに間抜けなの?』って。そして二人は近くにいた息子に『貴方はお父さんの様にならないでね』『お前は母さんの様にはなるなよ』ってお互い忠告したんだ」


 着々とトークを進める奈々子。そして、


「すると、素直で真面目だった息子君は二人の言いつけをしっっっかり守って……………」


 ――――パチンッ、と軽快に指を鳴らして、こう言った。


「『中卒のニート』になっちゃったんだと、さ☆」


「あははは、55草生える点」


 すると途端、奈々子と充希の草が幾分か抜け落ちた。


(ッ! よし、意外にウケてる! この調子でなんとか…………)


「『なんとかジャッジマンズの笑いのツボを探ろう』、なんて考えているんですよね?」


 奈々子の中に一瞬芽生えた希望は、


「――――残念、そんな貧相なジョークじゃ除草出来ませんよ(かてませんよ)? 俺が生やす大草原は(さらにわらかすから)ね!」


 呆気なく枯れる。


 ブスリ、斎藤が左目に親指を突き刺す。


「血涙版、ナイアガラの滝ぃぃぃッッ‼」


 汚い赤色の液体が、絶え間なく流れ出た。


「草草草ああああああああああああああああああああああ‼ 100草生える点ッッ‼‼」


 奈々子の背後にいた大草原ジャッジマンが大笑いしたのとほぼ同時に。


「――――――ゴフ、がはぁッ‼」


 奈々子の腹を突き破って、無数の草が生えた。


(あ、………これ、ダメだ……内臓、やられたやつだ………)


 ごぼり。大量の血を吐き両膝を着いた。

(み、充希は………)そう思い、充希が倒れている方に目をやった。


 喉を貫通するように草が生え、死人の様に瞳孔が開いている充希が確認できた。


「――――ッ」

 悲惨な姿に、奈々子は声も上げられず固まる。


「勝った」


 一方、ぽつりと斎藤は呟いて、


「…………ふははははははは! 俺の勝ちですよ奈々子さん! これでお笑いトーナメントだって優勝できる! いま俺は、その自信が付いた! 『自信がついてしまった』んですよねぇぇ‼」


 大きく大きく、純度百パーセントの満足感で構成された、シンプルな高笑いを披露した。


「…………………」


 だが上の空である奈々子にそれは聞こえない。ただただ、これから死ぬことへの虚無感と充希が死んだのだろうことへの絶望が、頭の中をぐちゃぐちゃかき混ぜる。

 そんな中、今更、本当に今更理解する。


 嗚呼、分かった。過激なネタか。大草原ジャッジマンの笑いのツボは、と。

 斎藤のネタ、奈々子の一発目のネタ、そして奈々子の最後のジョーク。これらすべてに共通する点はいたってシンプル。


 ただただ過激で、不快で、エグくて、ブラックな要素があるかどうか。それだけだった。


(あぁ、これマジで死ぬな…………)


 腹から流れる血が止まらない。まるで命そのものが零れていくように感じられる。


 もう、直に終わる。人生の終着点がそこまで来ている。

 奈々子は確実に自分という生命の〝死〟を実感した。


(ごめん充希。助けられなくて……………)


 死ぬまでの残された猶予。奈々子は守れなかった大切な存在に涙を溢し…………。


(――――だから)


 ―――――だから、奈々子は最後の力で立ち上がった。


「……諦めたほうがいいですよ、奈々子さん。貴女は俺に草を生やされた(まけた)。お笑いという名の真剣勝負でね」


「………ッ!」


 奈々子は力を振り絞って投げる。ひょいっと斎藤は避けた。


「その辺に落ちてる石でも投げたんですか? 見苦しいですよ奈々子さん。俺はこれから最強に面白い芸人になる。そしてファンである奈々子さんと充希さんは死ぬ。そのことを受け入れ、潔く諦めてください」


「………………」


「貴方達には感謝しているんです。これ以上ガッカリさせないでください」


「いや……諦めるのはお前だ………」


 奈々子はか細く、―――――だが反逆の意思を持って言う。


「お笑いセンスねえから………諦めさせてやるよ。芸人も、生きていくこともさえも…」


「………は?」


 斎藤の目つきが鋭く変わる。

そろそろ終盤です。あと2、3話でお笑い編は終わります。


多分。

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