《ブイチューバーにされる展覧会》その1
奈々子、20半ばの女。身長は高めで細身。肩まで伸びたウルフカットの髪、長い下まつげ、泣きボクロが特徴。顔は良い。従妹で高校生の充希と共に郊外のマンションで暮らしている。
彼女は人生を歩んでいくにつれ、いつしか、『平穏で充実した生活を送りたい』と考えていた。
別に学生時代に虐められていたとか、事件や事故に巻き込まれていたわけではない。ただ単純に、「人生を幸せに送りたい。
人に迷惑を掛けず、波風を立てずに楽しみたい」という、ごく一般的な願望なだけであった。
どんな人間にも備わっている欲求であり、奈々子も例に漏れず日々を生きていた。
そんな彼女だが、一般人には到底マネできないオカルト的な〝能力〟があった。
『物質に発話機能を付ける』能力。物に自我を宿らせ、会話出来るようにするというものだ。奈々子が能力を使用した対象はまるで人間の様に言葉を発し、会話が可能となる。
この能力を説明する上で特筆すべきは、奈々子が命令した内容を、物質は忠実に従うという点だ。奈々子が一声掛ければ、電球が部屋の明かりを点けてくれるし、テレビは好きな番組を映してくれた。
魔法のような力を持つ奈々子だが、ちゃんと本人は善悪の判断が出来た。なので利益のために悪用などはせず、むやみにひけらかし自慢する事はせず、信頼できる人間にだけ能力の存在を明かして、特に不思議な体験も無い一般的な人生を日本社会で送っていた。
それは少なからず、『平穏で充実した生活を送りたい』というモットーが彼女に備わっていたのも影響しているだろう。
―――そんなある日、一通のアホみたいな手紙が自室の郵便受けに入っていた。
「『これから貴女は、不可思議な体験をいくつもするでしょう』」
奈々子は自分宛てに届いたのであろう手紙を読み上げた。左手には食材の入ったエコバックをぶら下げている。
現在は16時半。夕飯の買い出しから帰宅し、マンションの玄関ホールに設置された、自室の郵便受けに何か入っていないかを確認。するとこの怪文が書かれた謎手紙が入っていた。
「…………子供の、悪戯? こっわ勘弁してよ」
文面とにらめっこしながら棒立ちする奈々子。やれやれといった感じに呆れている。
一旦気にせずズボンのポッケにそれを仕舞い、エレベーターに乗って自室の階へ。扉の前に立ち、胸ポケットから鍵を取り出しドアを開けた。
「ただいまー」
「あ、おかえりー。今日のご飯なにー」
リビングにはソファーに寝そべる充希がおり、ダラダラとTVでニュース番組を眺めていた。
「カレー。今から支度するー」
「りょー。手伝うー?」
「いやいいよ。今日の料理当番は私だしー」
軽く返事を返した奈々子に、充希も軽く「ほいよー」と応えた。
充希、15歳の女子高生。身長は奈々子より少し低く細身。ショートヘアで小顔。明るい性格だが少し能天気でアホ。所謂オタクであり、趣味はアニメや漫画などオタクっぽいもの。
彼女は高校進学と共に春から地元を離れ、従妹で仲の良い奈々子と二人で暮らしており、奈々子が能力を知る数少ない人間の一人である。
そんな彼女は、最近あるものにハマっていた。
「あ、そうだ奈々子ちゃん!」
ハッと何か思い出した充希は、スマホをポチポチ触りながらドタバタと台所に駆け、印籠を突き付ける様に奈々子にスマホの画面を見せた。
「うお、なんだなんだ」
「ねえ奈々子ちゃん! 明日からの三連休、ブイチューバ―展覧会に行こ! 幕張でやるやつ!」
「え、ブイチューバー展覧会?」
充希がハマっているもの……………〝ブイチューバー〟をご存知の方は多いだろう。動画投稿者の一種であり、キャラクターイラストを自由に動かし、ゲーム実況や雑談などの動画をサイトに投稿する人々を指すブイチューバー。
今や世間では知らない人も少ないコンテンツであり、個性豊かな見た目のものが多く、アニメ調のイラストに若者のオタクは勿論、様々な人々がブイチューバーに虜である。
充希も以前からブイチューバーに熱中。頻繫に推しの生配信は欠かさず見入っている。
「行こ奈々子ちゃん! ブイチューバーのイベントで、色んなブースがあって、もう超凄いんだって! ブイと会話できるブースあるんだって! しかも箱のブイだけじゃなくって、個人とかで超人気なのとも会えるんだよ!」
「は、はぁ……そうなんだ」
人参を切りながら引き気味に困惑する奈々子。奈々子はブイチューバーに詳しくないので、充希の熱弁の内容もよく理解できない。
しかし充希の勢いは止まらない。スマホに映る博覧会のホームページを指さしながら続ける。
「それにさ! 来場者には限定ステッカーが貰えるんだけど、その中に推しの『霜月風牙』クンのステッカーもあるの! アタシこれ絶対欲しいの!だから行こ! 三日間のチケット二人分買ったからさ! 行こ! ねぇ!」
「え、三日間も⁉ 嫌だよ~面倒くさい。私ブイチューバーとか知らないし、友達と行きなよ」
「え~行こうよ~。友達全員ブイチューバ―興味ないの~奈々子ちゃんしかいないの~」
嫌がる奈々子に対し、充希は子供のように駄々をこねる。
「ダイジョブだって! ブイチューバー知らない人でも楽しめるブースあるみたいだしさ!行こ~よ~ブイチューバー展覧会ぃ~ステッカーがランダムでしか貰えないの~二人で行って風牙クンのステッカー当たる確率増やしたいの~!」
「おま、それが目的か……」
「行こ行こ! ねぇ~? 一人分チケット無駄になっちゃうよ~」
上目遣いで必死に懇願する充希。どうやらそのステッカーが本当に欲しいらしい。
奈々子は水を張った鍋に具剤を入れながら少し悩み、充希の拝む姿に目をやり、そして諦め混じりの溜息を吐く。
「分かった分かった。じゃあ行こっか。丁度三連休暇だし」
「えっ良いの⁉ やったやった言質取ったぁ! 『やっぱ行くのやめる』とか後から言うの無しだよ!」
「言わないってばそんなん」
ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ充希を呆れ笑いで眺めながら、奈々子は手をすすぐ。
「【コンロ、火ぃ点けて。中火】」
『はは、明日は楽しみなよ~。充希ちゃんの為にもさ』
コンロはそう笑って、ボッと火を灯した。奈々子は手を拭きながら小さく呟いた。
「楽しめったってねぇ~…………マジでブイチューバー知らないしなぁ」
充希はまだ飛び跳ねていた。「ドンドン飛び跳ねないでよ」奈々子が注意した。
感想等、お願い致します。