《草生える公園の芸人》その8
「っ⁉」
「痛っ……あああァ⁉」
電流が走ったかのような激痛が全身に走る。胴から、腕から、脚から、顔や後頭部から、至るところから…………短く細き葉がいつの間にか、あちこちに生え散らかっているではないか。
「痛ったぁぁ……んだよこれ……⁉」
「どうですか奈々子さん充希さん? こうやって高得点を出せば出すほど自分の草は抜け落ち、相手に草を生やせられるんですよ!」
「なんで……心臓刺されてんのに死なねぇんだよ……オマエぇ……⁉」
奈々子が睨みつける。その視線を嘲笑うように斎藤は応える。
「ん? ああこれですか。簡単ですよ! いま俺は『神様の力』を得ているんです! お笑いのね‼」
「神様……力⁉ なんだって⁉」
「だからほら、どんな重症でも忽ちな・お・って・る‼ これが『お笑い』なんですよお二人共‼ 苦痛を耐え、辛酸を舐め、しかしその先で観客の心を掴み笑わせる! そうすると今迄の傷はあっさり消えちゃうんですよ! あぁ神様ありがとうございます! これですよこれ! 俺が高校時代から求めていた芸人像は!」
声高らかに叫ぶ斎藤。表情は歓喜に満ちている。
そしてよく観ると、いつの間にか胸の穴は完全に塞がっていた。
(…………ま、マジかよ⁉ どうなってる⁉ イカれてるどころじゃないぞアイツ⁉)
奈々子は、斎藤の言っている内容がまるで理解できなかった。いや理解できる方が異常である。
一言でいえば『不気味』だ。狂人オーラで、この草のドームが狂気の沙汰に満ち足りていくように錯覚してしまう。
身体を張っている様は芸人のそれだが、但し芸人としては人間味に欠けていた。
「あぁ。一応補足しておきますが、その全身の草は皮膚から生えています。体内から生えているわけではありません。――――――なんですが」
斎藤は、思い出したかのように説明し出す。そしてトーンダウンして、
「――――もし身体中の皮膚に生やしすぎてしまうと、臓器をズタボロにしながら体内から生えてくるので、死ぬ覚悟しておいてくださいね」
ニヒルに、不気味に笑った。
「「…………………っ」」
ごくり、二人は唾をのんだ。
「さあ次はお二人の番です! ネタを披露してください!」
斎藤の掛け声に、激痛を耐えながら二人は、お互いを見る。
「あの野郎、何から何までふざけやがって。なんで死なねえんだよクソッ…………み、充希痛みは? 動けそう?」
「すごい痛いけど………まあ、なんとか慣れてきた。うん……大丈夫。奈々子ちゃんは?」
「こっちもなんとか動けそうだけど……でも全身の草が邪魔だし、あんま激しい動きは出来ないぞコレ。ネタをどうするかだけど」
奈々子は腕に生えた草に指で触れる。すると触れただけで切れて血が出てくる。斎藤の言った通り切れ味は抜群のようだ。
試しに身体中の草に能力を使う。
「【おい草、どうにか枯れるか抜け落ちて、】」
『草ァwwwwww』
すると大声で草は草を生やした。笑うという意味の。
「うお、何だ急に⁉ おい命令を聞、」
『草ァwwwwwwww』
「あぁぁうるせぇよ! クソ、【解除】」
奈々子がそう呟くと草は笑うのを止めた。この様子では命令するのは無理そうである。それは大草原ジャッジマンズにも恐らく同様だろう。
奈々子の脳裏にブイチューバー展覧会の佐々木が浮かぶ。確か彼女も、神様がどうのと口にしていたが、能力が効かないのもそれが関係しているのだろうか。
何にせよ、やはりお笑いネタで勝負するしかなさそうだ。
「う~~ん…………あっ! 待ってあるよ! あんま動かないで出来るの、一つある!」
そうこうしていると。充希がピコンと閃いたようで、元気に叫んだ。
「おぉマジか?」
「奈々子ちゃんちょっと耳貸して」
ごにょごにょごにょ。充希はネタの内容を耳元で説明。
「……………え~イケるかそれぇ? なんか微妙だけど」
「イケるって! クラスでやったら馬鹿ウケだったんだって!」
「そうなの? あ~でも確かに面白いかぁ………………いやイケるかぁ?」
「じゃあ他にネタある?」
「ない」
「やろう」
「………や、やるかぁ?」
二人は決断に至った様である。
「ネタは決まりましたか。それじゃあお二人共、お願いします!」
「奈々子ちゃん!」
「よし行くぞ充希!」
二人は各々配置についた。どちらも準備万端である。
―――――そして、二人のネタが炸裂する。
「【ショートコント・準備体操ウーメンと掛け声】は~、最近運動不足だしランニングでもするか~。じゃあまずは準備体操でもするかな~」
若干棒読みの奈々子が言うと、アキレス腱を伸ばし出す。
「おいっちに~さんし~」
左右交互に伸ばしていると…………。
「――――おい君! その掛け声はなんだ! 全く成っていないじゃないか!」
「そ、その声は………準備体操ウーメン!」
奈々子が名を叫ぶと、準備体操ウーメン(役)の充希が駆け寄ってきた。
「そう、私が準備体操ウーメンだ!しかし君、一体なんだそのだらしのない掛け声は? アキレスのケンが泣くぞォ‼」
「ご、ごめん準備体操ウーメン!」
「まあいい! せっかくだからワタシと一緒にアキレス腱を伸ばそう! 掛け声は『ウーメン、二―メン、サンメン』だ! 分かったか?」
「うん! 分かった!」
二人は再びアキレス腱を伸ばす姿勢を取った。
「よし、じゃあ声を合わせて一緒に叫ぼう! 行くよ? せーの―――――――」
二人は大きく息を吸い、それを吐き出すように叫んだ。
「ウーメ……」
「おいっちに~さんし~!」
「いや合わせないんかーーい‼」
準備体操ウーメンの裏切りに、奈々子は頭を叩いてツッコんだ。
それから数秒、凪のような静寂が訪れ、
「「「「「………………………………………15草点」」」」」
一言、大草原ジャッジマンズが呟いた。
それから、2~3枚の草が二人の身体から抜け落ちて、また静寂が訪れた。
………………つまり思いっ切りスベッたのである。失敗したのである。
「「……………ぁゎゎ」」
二人の表情が絶望の色一色に変わったと同時。斎藤は自分のネタを披露し始めていた。
「ぐりゃああああああ!」
大きな雄たけびと共に、自分の指の爪を剝いでいく。
「うおおおおおおおおおお!」
両指の爪を全て指で剥ぎを割ると、こう叫んだ。
「吐け! 秘密を吐けオレえええあああああああああああああああああ‼‼‼」
更に血の吹き出す指をそのままに、決めポーズを取り、こう呟いた。
「自主的拷問」
「ぎゃははははははははははははははははははあ‼ 95草生える点っっっ‼」
―――ジャシュッ。
忽ち奈々子達の身体から、無数の鋭い草がさらに生えた。
「「ッ‼」」
更なる激痛が二人を襲う。今度のは元から生えていた草と草の、その間に生えてきた。
そして元から生えていた草は、前より少し伸びていた。
(や、べぇ……意識が……)
一瞬、余りの痛みに、気を失いそうになった奈々子だったが、
「ッたああああああああああ」
あえて叫び、全身に力を入れ、持ち前の胆力で何とか倒れずに粘る。
そしてすぐさま充希の安否を確認する。
「……クソが‼ 充希だいじょ、」
ばたり。と隣で音がした。
「…………みつき? 充希⁉ おい充希⁉」
そこには、地面に横たわる草まみれの充希がいた。
佳境に入ってきました。
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