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《草生える公園の芸人》その7

「「⁉」」


 身体の至るところに出現した緑色は、二人が反射的に動きを止めた合間に、そこに居た観客達全員、例外なく埋め尽くす。

 草で完全に身体が目視出来なくなり、そしてその草は上へ上へと伸びて。

 ――――そして観客達を土台にしたドーム状の草が、奈々子と充希、斎藤を完全に覆うのに左程時間は掛からなかった。


「ま、じかよ……」


「な、ナニコレ⁉」


 空が、太陽が、景色が、草のドームで完全に遮断されてしまった。


「奈々子さん充希さん。お笑い対決をしましょうッ‼」


「………マジかよ」


 突然。仁王立ちで腕御組んだ斎藤が二人の背中に叫ぶ。


「お笑い対決ですよ‼ 俺は一昨日、お二人のお陰でお笑いへの熱意を奮い立たせられたんです! そして決めたんですよ、『今度お笑いトーナメントに出場しよう』って‼ だからお二人とお笑い対決がしたい‼ 俺のファンであり…………俺を超絶本気(ガチマジ)にさせたお二人にッ‼」


 眼が血走っている。斎藤は完全に『ハイになっている状態』であった。


「………いや、お前。自分が何言ってるのか分かって?」


「承知してますよ‼ していますとも奈々子さん‼ でも出場したいトーナメントは超難関なんです! それこそ数多の芸人が命掛けてネタを披露するんです‼ 生半可な覚悟じゃ優勝できない‼ だからこそ‼ 俺達も命を削って勝負しましょう‼ この神様から貰ったチカラを使って‼ この草のドームの中で……ッ‼‼」


「命を………」


 奈々子が恐る恐る反芻するが、斎藤は構わずコチラを指差した。


「―――――ルールを説明しようッ‼

 奈々子さん&充希さんVS俺で、交互にネタを披露します‼ お互いの後に1体ずついる審査員『大草原ジャッジマン』を笑わせることで、対戦相手の身体に〝草〟を生やせます‼」


「大草原ジャッジマン……うわッ⁉ 奈々子ちゃん後ろ⁉ いつの間になんか要るよ⁉」


 振り返る。するとそこには1体の人型を模した草の人形が。よく観るとタキシードみたいなものを着ているソレは、斎藤の背後にも1体キッチリ居た。


「そしてターン性で順々に芸を披露していき、先に相手を草まみれにして行動不能にした方が勝ちです‼ ルール説明終わりぃ‼ さあやりましょう‼  すぐやりましょう‼ い・ま・す・ぐ・に‼」


 鼻息を荒くして、最高潮のテンションで斎藤は言い切った。

 恐らく誰が見ても『ヤバい奴』と認定するだろう。

 ――――斎藤は今、〝危険〟そのものであった。


「さあ! お二人共‼」


(クッソ、私が馬鹿だった。確証が無くても公園(ココ)に来るべきじゃなかった筈なのに……)


「な、奈々子ちゃんこの状況って」


 今更な後悔を感じながら、奈々子は冷静を装い充希の耳元に小声で囁く。


「落ち着いて聞け充希。多分このヘンテコ現象は博覧会のと同じだ」


 充希も習って小声で話す。


「へ? ブイチューバー展覧会の時と?」


「そりゃそうでしょ、どう考えたってその方が自然でしょ? こんなオカルト現象」


「そ、それは確かにそうかもだけど……っていやいや! じゃあどうするのさこの状況⁉」


「…………お笑い対決、受けよう」


「はあ⁉ じょ、冗談でしょ⁉」


「仕方ないでしょ⁉ アイツに能力が効かない以上、もうそれしかないでしょ⁉」


「で、でもお笑いって………えぇ? 本気で言いて、」


「話は済みましたかお二人共‼ やるんですか⁉ やらないんですか⁉ やらないなら一生ここから出られませんよぉ‼」


 シビレを切らしたのか、斎藤が怒鳴った。


「ハァ。充希、やらなきゃ駄目っぽい」


「うぅああもう! 分かったよ! よく分かんないけど分かったよ! ネタ披露すればいいんでしょ⁉ ホントに謎だけども‼」


 意を決した(というよりはヤケクソになった)充希も感情任せに怒鳴った。


「そう言ってくれると思いましたよぉ‼ それじゃあ、早速お笑い対決を始めましょう‼」


 ドンドンパフパフ。そう斎藤がセルフSEを言う。



 ――――こうして散歩道付近にある芝生の公園で、お笑い対決の火蓋が今、切って落とされた。

 ――――命を懸けた、謎すぎる状況の漫才が、始まる………………。



「先行はお二人に譲りましょう! どちらか片方がネタを披露してもいいですし、二人でやっても構いません。とにかく大草原ジャッジマンを笑かすよ、頑張ってください‼」


 背後にいる草人形を指差す斎藤は余裕の表情であった。勝負に余程自信があるようだ。


「ど、どうするの奈々子ちゃん?」


「……私が行く」


「え? 大丈夫なの? 何かネタあるの?」


「ま、任せとけ。とっておきがある」


「おおぉ。あるんだぁ」


 奈々子が数歩前に出る。

 緊張からか額に汗が滴る一方、覚悟の決まった表情を浮かべている。やる気満々のようだ。


「ほう、奈々子さんお一人ですか」


「まあね。まずは小手調べって事で」


 奈々子が腰を低く構える。ネタを披露する態勢に入った。


(斎藤は、能力で眠らせた直後に起きていた。原理は分からないけど恐らく………いや、確実に今の斎藤には能力が効かない。これも佐々木の時と同じだ)


「さあ奈々子さん! お願いします!」


 斎藤の合図がドームに響いた。


(正直謎すぎるこの状況。どうにか充希だけでも逃がせればいいんだけど………それが無理な以上、癪だけど漫才で斎藤を負かすしかないか!)


 それを皮切りに奈々子が行動に移す。カッと目を見開いたかと思えば、両手で首を掴み、そこから肩の可動域限界まで肘を上げた。


(ならやってやる、私の唯一のとっておきを‼)


 約0.87秒(奈々子の時間感覚)の刹那、奈々子渾身のネタが火花を散らす―――――――。


「セルフ首吊り自殺―――――――ッッッ‼」


 奈々子の咆哮が辺りに轟いて、そして静寂が数秒訪れ……………。


「「「「「ぎゃははははははははははははははは‼ 80草生える点‼」」」」」


 数秒後。斎藤の背後で、草人形こと大草原ジャッジマンが腹を抱えて笑い出した。


「うおおおウケてる‼ 奈々子ちゃんウケてるよ‼」


「っぶねぇビビったぁぁぁ‼ スベッたかと思ったああああああしゃあああああああ‼‼」


 最大級の超安堵。魂の叫び。奈々子は全身全霊で安堵した。


「お見事ですね奈々子さん。100草生える点中、80草生える点ですか。流石、俺が見込んだ人ですよ」


 拍手をして褒め称える斎藤。どこか上から目線だ。


「(草生える点……?)て、てゆうか今あの人型の草、地味に笑ってたよね?」


「(草生える点……?)言っとくけど私は能力使ってないからね?」


「で、ですよね~………うぅ、おうちに帰りたいよぉ………」


 と、二人は独特な点数に困惑しながらも、こしょこしょ話していた、


「ウッ」


 その瞬間、斎藤の身体から草が生えた。


「「え」」


 ちょうど二日前の散歩中、充希が手に持っていた〝葦〟を、ちょっとばかり短くしたような雑草だった。それが身体の至るところに生えていた。

 そして草の生え際から、少量ではあるが、〝血〟が流れ出していた。


「あはは。驚きましたか? 言っていませんでしたが、自身の背後にいる大草原ジャッジマンズが笑えば笑うほど、自分に草が生えるんですよ」


「「は?」」


「そしてこの草、切れ味抜群ですよ。当然生えた部分から血は流れますし、触れると大惨事になります。『キレッキレのネタで相手を切れっ切れにする』……う~~~~ん、65草生える点‼ まずまずといったところか?」


「「はぁ⁉」」


 衝撃の新事実。動揺する二人。


「因みに消す方法は相手の大草原ジャッジマンを笑わせることです! こんな風にね‼」


 斎藤は四つん這いになるや否や、「にゃ~ん♡」と可愛く鳴き、


「じ、自分が自分で、可愛すぎるぅぅぅぅ」


 と叫んでから右手に生えた草で、胸部を一思いに突き刺した。

 刺した部分から血が滴った瞬間、斎藤のネタが炸裂――――――――。


「――――ハートに可愛さ突き刺さりキャットキット○ット………っっっ‼‼」


 いつの間にか左手に持っていたキット○ットを、奈々子達に見せびらかした。


「「???????????????」」


 目前の膨大な情報量に数秒、彫刻の如くフリーズしていた二人だったが、背後の大草原ジャッジマンが二人を振り向かせた。


「ぎゃははははははははははははははははははあ‼ 90草生える点っ‼」


「うえへ⁉ 今ので⁉」


 充希が叫ぶ。あのネタで90草生える点…………奈々子の点数を10上回ってしまった。その事実に二人が開いた目と口は可動域限界に達して、斎藤の身体から草が抜け落ち。


 ――――グシュっ。奈々子と充希に草が生えた。


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