《草生える公園の芸人》その4
その日の夜。奈々子は夢を見た。
またあの神社に居た。
「………………………」
辺りを見渡す。前と同じで、何の変哲もない神社。鳥居があって、本殿があって、賽銭箱や参道などがある普通の神社。どこにでもありそうな場所だ。
奈々子は鳥居の真下にボケッと立っていた。
「……………………っ」
また賽銭箱の前で誰か祈っている。だが今回はよく観なくても誰なのか分かった。
「芸人として大成できますように。芸人として大成できますように」
あの全身黒タイツと猫耳カチューシャの姿はそうそう忘れない。リーズナブル斎藤が必死に拝んでいる。
「芸人として大成できますように。芸人として大成できますように」
こちらに背を向けブツブツブツブツ、入念に拝む。拝む。拝む…………………。
「―――――あ、あはは」
次に瞬間笑った。斎藤の乾いた笑い声が神社に轟く。
「あははは、ははっははははは」
何が面白いのか。天を仰いで笑っている。
「あははははははははははははははははははははは‼」
……………………笑い声はどんどん大きくなっていく。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ‼‼‼」
「っ!」
と、ここで奈々子は目を覚ます。額の冷や汗がびっしり前髪を張り憑かせていた。
「はぁ……はぁ……またあの夢―――――――」
上半身を起こし、右手で顔を覆う。ハアハアと荒い息を整えた。
例の神社の悪夢。だが今回は違う人物。祈っていたのは昼間に会った斎藤だった。
「…………………何なんだマジで」
一体全体何なのか、何故見てしまうのか、そして斎藤がいたのは何故なのか。
(あの神社は一体…………)
☆
次の日。昼。奈々子と充希は昨日と同様、散歩がてら芝生の公園に来たのだが―――――――。
「ハァ……斎藤さん、来ないなぁ」
待てど暮らせど、猫耳タイツ芸人の姿は現れない。
ベンチに腰掛け、充希は不服そうに天を仰ぐ。天気は昨日に比べ少し群雲がチラホラあるが、それでも青空がその隙間から覗いていた。
「ほら、お茶」
自販機から戻ってきた奈々子がペットボトルを差し出し、礼を言って充希は受け取る。
「もう来ないんじゃないの?」
「そうなのかなぁ。ハァ、結構楽しみにしてたんだけど…………」
確かに充希は朝からずっと漫才を心待ちにしている様だった。公園に来るまでの道も子供みたくスキップを踏んでいたぐらいだ。
そんな割と凹んでいる姿に(案外、心底楽しみにしていたんだな)と奈々子は感情を汲み取る。
(………とは言っても個人的に、正直会うのは微妙だったりして)
同時に、夜中に観た夢を脳裏に浮かべ、それから溜息を吐いた。
「まぁ、もう40分ぐらい待ってるし。流石にそろそろ行こ?」
「うん……そだね。お腹も空いちゃったし」
「んじゃ、昨日の担々麺食いに行くかぁ」
「え、またあれ食べるの?」
充希がドン引きしながら立ち上がる。ふさりと芝生が踏みつぶされた。
「……………?」
と、そこで違和感を覚える。
「ねえ、奈々子ちゃん」
下を向いて、辺りを見渡し、それから充希が呟く。
「なんかこの公園の芝生、昨日より伸びてない?」
「はぁ? なにぃ?」
先に歩いていた奈々子が振り返る。
「心なしか、草が伸びてるような」
「気のせいじゃない? てか置いてくよ~」
「え、あちょ! 待ってよ!」
慌てて充希は駆け寄っていく。
――――――――充希の勘は正しかった。
☆
「ふー。美味しかった」
「ホントに二日連続で食べたねぇ。店長さん仰天してたよ」
「いや~あの担々麵完全にハマっちゃったわ。明日も食べたい」
「え」
昨日のラーメン屋で食事を済ませた二人は、昨日と同じく国道から帰路についていた。
のだが、
「あれ、なんだろうあの人混み?」
二人の進行方向、スクランブル交差点に大勢の野次馬と、パトカーと救急車のサイレン音が。
野次馬は交差点の丁度中心あたりを眺めている。どうやら交通事故があったようで、
「いやね~、玉突き事故ですって」
「信号渡ってた男の人がトラックに跳ねられたんだって?ひでえなぁ」
「数メートルは吹き飛んだぞ」
「うげぇ、こんな見通しいい場所で事故なんか起こすなよぉ」
そんな声が聞こえてくるが、人だかり邪魔で、奈々子と充希にはよく見えない。辛うじて大きなトラックが確認できるくらいである。
「あー事故か。怖いね奈々子ちゃん」
「ね。充希も、学校の行き帰りとか気を付けなね。たまに部活で夜遅くなったりするし」
「うん、そだね」
二人が交わし、その場を後にしようと人混みをかき分けて行く。
だがそんな中、移動中に充希は偶然にも目撃してしまった。
「うわっ血まみれじゃん……」
「あれもう助かんねえだろ…………」
「夢に出てきそう……」
野次馬たちから偶然出来た隙間、その僅かなスペースから、不運にも交差点の惨状が覗けてしまった。
「…………えっ」
充希は見てしまった。頭から血を流すリーズナブル斎藤が、救急車に乗せられている光景を。




