《草生える公園の芸人》その3
橋を渡り、川沿いに伸びた長い一本道を行く。右手には綺麗な川、そして左手には小さな森が。
この自然に挟まれたコンクリートの道は、自動車が通行禁止である事も相まって、人気のランニングコースとして地元住民から愛されている。
すれ違う自転車やランニング中の老人を尻目に、二人はゆっくりと、のほほんと、歩く。
真っ直ぐ進んで行くと道が開けてきて、左手に図書館と広い公園が見えてくる。
図書館は、何年か前に改装工事をした為、とても綺麗で大きい。カフェテリアも完備しており奈々子もよく利用している。
隣にある公園の方はだだっ広い一面の芝生に、ベンチが幾つかあるだけの簡易的な広場であり、休日は子連れや犬の散歩をする人々で賑わっているの。
だが、流石に平日の昼間という事もあり人は余りいなかった。
「ん、アレ? ねえ奈々子ちゃん見てあそこ! なんか人集まってるよ!」
なのだが、そんな芝生広場に一人の男が立っていた。そこ光景に思わず充希が指差す。
二人はその男の方へと向かう。ベンチの前に立つ男の周囲には、7~10人程の人だかりが。全員真顔でジッと男を見ていた。決して楽しそうな雰囲気ではない
その人だかりに近づいて、瞬間、二人は男の恰好に驚愕する。
「さあ! 続いてがラストです! 見ていてください!」
―――男は、黒い全身タイツに猫耳カチューシャ、を着けていた。
「「―――えっ」」
―――突然の衝撃に一瞬固まる二人。
真昼間から黒いタイツを身に纏った変質者を目撃にすれば当然の反応であり、二人の脳裏に〝警察〟の二文字が瞬時に過る。
充希は反射的にポケットに手を突っ込んでいた。無論、携帯を取り出し100当番するためであった。
(この時、充希は自分がしている行動を脳で理解していない)
だが、反応に一瞬遅れていた奈々子が、ベンチに立て掛けられた『ピン芸人‼ リーズナブル斎藤』と書かれたスケッチブックを発見。即座に(いや違うコイツ芸人だ‼)と理解。
そしてすかさず通報しようとしていた充希を静止。大事を起こさずに至る(この間1.27秒)。
「行きますよぉ!」
そんな激しいやり取りがあったとは露知らず。リーズナブル斎藤は一発芸を披露し始めた。
「うおおおおおおおおお」
斎藤がこぶしを握り締め、叫び始めた。凄まじい形相と気迫である。
「―――――――っ‼ 最初はグーッ‼」
刹那。カッと目を見開いたかと思えば、斎藤はこぶしを構え、そして叫ぶ――――――――。
「――――ジャンケンポンぽんぽん狸さんッッッッ‼」
そして、両手でお腹をぽんぽんリズミカルに叩き始めた。
「「「「「「「…………………………………」」」」」」」
当然スベッた。
☆
「はぁ~~……………」
ネタが終わり、人々が離れていく中。
斎藤はベンチにもたれ掛かる。溜息を吐き、ひどく落ち込んでいる。スベッたのが相当堪えたのだろう。セミの抜け殻みたいに生気を感じられない。
「な、奈々子ちゃん……」
「やめろ……そっとしといておこう」
「あ、う、うん……」
その悲惨な姿に、最後まで残っていた二人は哀れみを覚える。
「そ、そろそろ……行こっか」
重苦しい空気に耐えきれなくなり、奈々子がそう提案した瞬間だった。
「お、俺の…………」
ぽつり、ぽつり。斎藤の目から涙が零れ落ち、
「「―――えっ」」
「オレのネタつまらないですかね~~~~~~‼」
一気にダムが放水するが如く号泣。
「オレもしかしなくても芸人向いてないんですかね~~~~~~~~‼」
「「……………………」」
「え~~~ん‼‼ 二人共なにか助言ください~~~~~~‼‼」
☆
斎藤は、泣きながら自分の身の上話を語る。
リーズナブル斎藤こと、斎藤俊二(26歳)がお笑い芸人に憧れたのは高校の時。
修学旅行で行った、東京のお笑いライブがキッカケだった。それまで味気ない人生を送っていた斎藤にとって、ステージで観客の笑いを掻っ攫うその姿は大きな衝撃を与えた。
九州の地元に帰って来ても興奮は冷めず。ネットでお笑い動画を漁り、地元近くでやっていたお笑いライブにも通い、文化祭では自身のネタまで披露するぐらいにはハマった。なので『自分もお笑い芸人になって、一発当ててやる』という野望が芽生えるまでに、そう時間は掛からなかった。
高校卒業後、親の反対を押し切り上京。お笑い芸人養成学校に通い、卒業してからはこの街を中心に、都内や郊外の舞台ライブ、路上でネタを披露する。
のだが、まぁ当然簡単にはブレイクなどせず。売れないピン芸人として日々貧乏生活を送っているのだそうで………。
「いくらやったってお客様は笑わないし、先輩は飲みの席で馬鹿にされるし、ずっと貧乏生活のままで………。同期に至っては滅茶苦茶ブレイクしてる奴だっているし、それ以外の奴はとっく芸人にやめて普通に働いて、ちゃんとした暮らしして。最近毎日神社で神頼みまでしても全然ご利益ないですし………あぁ、ちくしょうぉ………実力も運もないのかオレは…………」
愚痴を吐露していく斎藤の顔は、それはもうグチャグチャである。
「「な、なるほど……」」
一通り聞き終え、奈々子と充希は居た堪れない気持ちで納得する。
「あ~。た、大変なんですねやっぱり?」
「そりゃあもう! 大体のネタは悉くスベるし、最近は後輩にも『アイツは絶対〝ダメ〟だな。なんも魅力ない』って陰口言われる始末で……」
「「Oh…………」」
余りのエグさに、心の内のやるせなさが加速していく二人。
斎藤が、乾いた声で笑う。
「最近、〝死後の世界ってどんなんだろう〟って考えちゃうんですよね……ハハハ……」
「ちょ⁉ それは相当ヤバい状態ですって⁉」
驚く充希に「いや、冗談ですよ」と斎藤は苦笑い。奈々子は(笑えねぇよ)と心の中で思った。
斎藤が、溜息を吐き。
「まぁ、そんな感じで。最近はホントどうしたらいいのか悩んでて…………。どう、でしたかね? やっぱり、面白くなかったですかね?」
そう聞く斎藤に、二人はお互い顔を見合わせ、
「「あ~~~………」」
「面白く無かったんですね………」
微妙な表情の二人を見て、斎藤は更に落胆。深―――――く溜息をする。
そんなどん底の底状態でベンチに腰掛ける斎藤を見て、充希が小声で奈々子に囁く。
「ね、ねぇ。流石に居た堪れなさ過ぎるし、どうにか励ましたいんだけど、コレなにすればいいか全然分かんないよ。どうしよう奈々子ちゃん」
「い、いや~。どうしようって言われても。えぇ……」
奈々子は困惑しながら佐々木に目をやる。斎藤はまた泣き出していた。
「うぅ………うぅ………ちくしょう…………」
「………………………」
奈々子は目を細めて、険しい顔になったかと思えば次の瞬間、何かを納得するかの様に頷く。
「まぁ、そうですね。取り敢えずは」
それからポケットから財布を取り出し、財布から500円玉を取り出した。それを斎藤の手を取り、優しく握らせた。
「はい。観覧料ということで」
「えっ……は、え?」
唐突なことに驚く斎藤に、奈々子は微笑み、穏やかな声音で口を開く。
「まぁお笑いとかあんまり詳しくないんで、下手な事は言えないんですけど。個人的に夢を追いかけてる人とかは、やっぱり応援したくなりますよ。クリエイティブな仕事だったら尚更」
「な、奈々子さん……」
「続けられるかは、まぁ分からないですけど…………もし続けるんだったら応援しますよ。私がファン第一号って事でいいですか?」
「ふぁん……ファンって、え?」
奈々子の言葉に、更に驚きを隠せない斎藤。
側にいた充希も、笑顔で奈々子に続く。
「あ! じゃあアタシはファン2号! お金は……今持ってないですけど、ツケって事で!」
「お、俺に……ファン?」
「あ、別に無理に続けなくても全然いいんで! あくまで続けるんだったらの話ですよ?」
奈々子が慌てて念押しする。
「ふ、二人共ぉ……………」
斎藤は、奈々子と充希の顔を交互に見て、今度は感動の涙を流した。
「う、うぅ……こ、こんな俺なんかの為に……ありがとう……ございます……ッ‼」
そして、スッと立ち上がり腕で涙を拭い、険しい顔となる。
「二人共、明日またここに来れますか?」
「「?」」
「明日! この時間にここでネタを披露します! 二人のおかげで元気とやる気が出てきました! 絶対、渾身のネタ、考えてきますんで!」
そして、闘志に満ち満ちた眼差しを二人に向けた。
斎藤から伝わる唐突な熱意に、二人は若干狼狽えながらも、
「あ~、まぁ空いてはいますけど……」
「あ、アタシも……」
と答えると、
「良かった! よし、じゃあ早速帰って面白いネタを考えないと! それじゃあまた明日この広場で!」
「「え」」
颯爽と斎藤は去っていった……………。
「「え、えぇ………」」
終始困惑していた二人に手を振りながら。
☆
それから二人も帰ることにしたが、といっても来た道を引き返すのではなかった。
芝生の公園から更に川沿いを行くと国道に出て、その国道を道なりに進めばマンションに着くのである。要は街をぐるっと一周するのであり、奈々子にとってお決まりのコースであった。
そんなこんなで二人が国道沿いを突き進む。
「ネタはともかく、あの人結構面白い人だったね。奈々子ちゃん」
「見た目は確かにヤバかったな。一瞬通報しようか迷ったもん」
「ね~………ま、明日も行こうね奈々子ちゃん!」
「え、行くの?」
「当たり前じゃん⁉ せっかくアタシ達のために頑張ろうとしてたんだし! 奈々子ちゃん冷たいすぎ~」
なーんて会話をしながら歩く。
その後は昼食がまだだったので、途中にあった適当なラーメン屋に入った。
お腹ペコペコだった二人。充希は醤油ラーメンを、奈々子は『究極怒涛バカデカ大盛担々麵汁なし(8kg)』を注文した。
「あ~スゴイ美味かったぁ‼ 今度また頼もうかなぁ~」
車のハンドル程の皿を空にした奈々子は、満足そうに言った。
それを見て充希は、かなりドン引いた。




