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《草生える公園の芸人》その2

 散歩は、奈々子の趣味の一つである。

 考え事をしたい時、気分転換をしたい時、別に大した理由もない時でも、年がら年中外を歩いている。

 元々体を動かすのは好きなのもあるが、奈々子は仕事の都合上、自宅に籠ることが多い。当然ストレスも貯まりやすい。そのため普段から日の光を浴びるよう心がけており、散歩は健康維持の為に行われていた。


 散歩は、心身を整える。

 外の世界は、様々な力に満ち溢れている。そんな世界を彷徨えば、聖なる〝癒し〟が全身を包むのは世の理である筈だ。当然辛い出来事など灰となって消える。


 柔らかな陽射し、木々のざわめき、見慣れた街並み、風の匂いと感触、すれ違う人々……。

 嗚呼、日々の生活で骨身に蓄積された鬱憤が〝外〟という聖なるパワーで浄化されていく……。


 と、大量の仕事に脳をやられた際は、こうやって感傷に浸ったりもするが。


「ふわぁ~、ねむ」


 今日は別にストレスはないので、欠伸なんかしながら結構呑気に歩いていた。


「奈々子ちゃんって本当に散歩好きだよねぇ」


「まあね~」


 隣を歩く充希に、眠そうに相槌を打つ奈々子。二人はゆ~くり歩みを進めていた。

 二人は取り敢えず、自宅のマンションから道路沿いを北東に歩いていた。奈々子お決まりの散歩コースである。

 住宅地が並ぶ道路は、昼の陽射しをたっぷり浴びていた。空は雲一つない、まさに青天である。


「それにしても散歩なんていつぶりだろう? たまには良いよねぇ。今日は天気もいいし」


「充希インドアだもんね」


「そりゃあもう! オタクは趣味の性質上大体ひきこもりがち! 奈々子ちゃんコレ常識ね」


「ふ~んキッショ」


「いやなんでよ」


 ブラブラ談笑しながら仲良く歩く。暖かい風がスッと二人の肌を伝っていく。

 奈々子達が済むこの街は郊外のベットタウンとしてそこそこ住みやすい地域だ。

 もともと自然豊かな場所ではあったが、20年以上前にニュータウンとして駅と、それを中心にした住宅街が出来ていった。

 今では大型スーパーを始めとした様々な店舗が街を彩っている他、少し駅から離れれば森や川といった自然が残っている事。そして小中高大の学校が比較的周囲に多い事から、『子育て世帯が暮らしたい街ランキング』の上位を維持している。


 二人は程よく住宅街を進んで行く。飲食店やスーパー、コンビニなどがチラホラある。いままで奈々子が何十回も見た光景だ。買い物もよくする。


「なんか飲む?」


 奈々子の提案でコンビニに立ち寄る。奈々子はお茶のペットボトルを買い、充希はミルクティーとシュークリームを買ってもらった。


「うまいうまい」


「甘いモノに甘いモノってどうなのさ? くどくない?」


「え~別にいいじゃん!」


 飲み食いしながら歩道を行く。ゆっくりと、楽しげに散歩道を行く。

 しばらく歩いて、段々と草木がT字路に差し掛かる。右方向も左方向も下り坂になっていた。

「いつもはコッチに行くけど」と奈々子が右を指さす。「じゃあまあ、そっち行こうよ」と充希。二人が坂を下り始めた。進路方向の右側が住宅地に、車道を挟んで左手に竹林になっており、家より大きな竹が風に煽られ大きく揺れていた。


「今更だけどさ」


 ふと充希が口を開く。


「奈々子ちゃんって頻繁に散歩行くけど、正直飽きないの? ぶっちゃけ歩くだけじゃん? たまにするなら楽しいけど、流石に景色とか見飽きない?」


「んー、リフレッシュしたい時とか外の空気吸いたい時に歩くから、別に飽きるどうこうは無いかな。流石に散歩する道も毎回変えたりするし」


「ふ~ん」


「あーでも、マジで退屈な時は能力使ったりするかな」


「能力? どう使うのさ?」


「え~と例えば……」


 そういって奈々子は、近くにある電信柱に話しかけた。


「【ちょっとそこの電信柱、雑談しよう】」


『お~、いつもここ通る姉ちゃんか。ええよ~、別嬪さんと話せるなんてラッキーだし』


 その古びた電信柱から、中年男性の声が聞こえてきた。


「んで、最近調子どうよ。なんか変わった事ある?」


『いーや特にないね。てかホントここ来るなぁお前。ん、そっちの子は妹さん?』


「ううん従妹。今高一で、今年の春から一緒に住んでる」


『ほえ~そうなん。こんにちは、オレは電信柱。よろしくな~』


「え、あ、どうも。充希です……」


 ペコリと反射的に会釈する充希。そんな充希に、奈々子は嬉しそうに話をまとめる。


「とまぁ、こんな感じで。散歩途中で適当な物と会話したりしてる。誰かと話したい時とかするんだけど、コイツえら案外良い話のネタ持ってんだよね~。虫とか鳥だと天気の変化とか教えてくれて便利だし、自販機とかは何が売れてるのかとかで会話が発展するんだけど、これがまた意外なのが売れてたりして面白くて……」


「……………………」


 楽しそうに解説する奈々子を、冷めた目でジッと、充希が見つめる。


「え、何その目」


「あー、いや、そのー……」


「な、何だよ言えよ」


 充希は少し悩んでから、たどたどしく話す


「いや、なんか……………暗い」


「えっ」


「奈々子ちゃんちょっと、暗いよ。その趣味」


「く、暗い?」


「別に否定してるわけじゃないけど、なんかこう…………虚しさを感じるよ奈々子ちゃん」


「……む、虚しさ」


「う、うん。傍から見れば『独りで陰湿な遊びしてる人』みたいっていうか…………うん」


「………えっ、ちょっと、やめてよ。そんな友達いないみたいな……え……」


「…………………………」


「…………………………」


 先程とは打って変わり、少し肌寒い風が、二人の間を縫うように吹き抜けた。


「あー……ドンマイ姉ちゃん」


 電信柱が暖かい言葉を掛けて励ました。



 気を取り直して散歩を再開する。坂を下り終えて、二人は畦道に入った。左右どちらに視線を向けても、果てしなく田んぼが広がっていた。

 田んぼには水が貼っており、太陽から発せられる光を鏡の如く反射している。

 車は通っておらず、当然排気音はない。聞こえるのは穏やかな風と、風に揺れて擦れた稲と、時折訪れる静寂の音色だけである。


「能力と言えば、奈々子ちゃんってもう一つ能力あるよね? 『物に好きな声で好きな言葉を言わせる』ヤツ」


 充希が、さっき拾った丁度いい長さの葦(イネ科、ヨシ族の草。長い茎が特徴的で、割とそこいらで見掛ける雑草)を剣の如く振り回しながら呟く。


「(子供かコイツ……)あるけど、それがどうしたん?」


 奈々子は呆れながら聞き返した。


 実は奈々子、もう一つ特殊能力を持っている。



『物に好きな声で好きな言葉を言わせる』能力とは文字通り、物質に言わせたいフレーズを、好きな声色で発声させる能力である。

 先程電信柱に使った『物体に命令、対話出来る』能力に対し、こちらは物体の意思は聞けない。ただ単に言葉を発声させているだけだ。


 だが前者とは違いこの能力は、自由な声質で、喋らせたい言葉を、好きなタイミングで発話させられる。前者は声もその物質によって決まっているし、喋らせたい言葉があってもいちいち命令しなければならない。



 正直どちらも似ているため非常にややこしい能力ではあるが、


 ・『物に発話機能を付け、命令出来る能力』……あらゆる物質と意思疎通が出来る力。

 ・『物に好きな声で好きな言葉を言わせる能力』……声優選び放題の音声読み上げアプリ。


 と説明すれば理解しやすいだろうか。実はブイチューバー展覧会でブイチューバー達を誘導するため、奈々子が丸めて投げたレシートもこの能力が使われていた。



「いやさ。今アタシ超凄いことに気が付いちゃった」


「え、今度はなに」


 充希が鋭い眼つきで言う。


「この草に『草生える』って言わせれば、草に草生やしてるって事になるじゃん⁉」


「いや下らなッ」


「奈々子ちゃんやってよ! 草に草を生やして!」


「お前本当にアホだな………」


 奈々子は今まで以上に呆れた。

 因みに知らない人の為に説明すると、〝草生える〟とは(笑)を意味するネットスラングである。笑いを意味するために文章の語尾に付ける(笑)から頭文字を取り〝w〟となり、このwが草が生えてるように見える為〝草生える〟や〝草〟といった風に使われ始めた、というのは有名な話である。


 そして充希が言った『草に草を生やしてはいけない』とは、草生えるor草にwを付けるのは『草に草を生やしているのと同義』であり『二重表現なので使用すべきではない』というネット特有の正直どうでもいい謎タブーである。こちらもネットで割と有名。


「ほら、貸して」


 奈々子が手を差し出す。充希はニコニコしながら葦を渡した。

 それからすぐに、葦が『草ぁ! 草ぁ! 草ぁ!』と男性の声で威勢よく鳴き始める。

「お~」とパチパチ拍手をする充希に、奈々子が苦笑いで聞く。


「これで満足?」


「いや~草。ちゃんと草が草生やしてて草。何かと便利そうだよねーこの能力、宴会芸に使えそう」


「宴会芸って……使わないよこんなん」


 呆れる奈々子に、充希が「いやでも」と感心する。


「本当に使い方次第で色んなこと出来そうだよね。良いな~」


「まぁ便利っちゃ便利だけどね。でも、この能力って何故か指で触れないと発動しないんだよな~」


「あー、そういえばそうだね。今も手に触れてたし」


 充希は深々と納得した。

 そんなやり取りをしている内に、二人は畦道を抜ける。前方には小川に掛かった一本橋が。川の流れを眺めながらゆっくり二人は渡る。


「てか、流石の奈々子ちゃんも『草生える』は知ってたんだ~。ネットミーム全然知らなさそうなのにさっ!」


「はあ? おいおい馬鹿にしすぎだろお前。そんなの誰でも知ってるっての」


「へー、いが~い~」


「あ、お前馬鹿にしてるなぁ?」


 冗談を言う充希に、奈々子もおどけながら子供の様に笑う。


「じゃあ充希これ知ってる? 英語圏とかだと〝草生える〟の代りに〝lol〟って書くらしいよ。因みにフランスだと〝mdr〟でスペインは〝jajajaja〟。中国は〝哈哈哈〟で韓国は確か〝ㅋㅋㅋ〟だったかな。何でこう書くかは全然知らんけど」


 奈々子は各国の〝(笑)〟の表現を、土の地面に指で書いていく。


「へーそうなんだ詳しいね。奈々子ちゃん、何でそんな事知ってるの?」


「ネット」


「ネットかぁ」

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