《ブイチューバーにされる展覧会》ラスト
ブイチューバー博覧会編、ラストです。
それからまもなく、寝ていた来場者達が目を覚ましていく。皆一様に「なんでこんな所に?」「確か寝室で寝ていた筈だ」「自分は今日何をしていたんだ?」などと、まるで記憶喪失のような事を言って大混乱になっていた。
二人はめんどくさい事になる前に、その喧騒からひっそりと抜け出した。
「アタシも全然記憶なくてさぁ。今日だって、気付いたら女子トイレにいたんだよ?」
帰りの電車内。今日の不可思議な出来事を奈々子から聞いて、困惑しながら充希が言った。
「やっぱりか。アンタ今日めっちゃ変だったんだよ? 入場する時も『心ここに在らす』って感じだったし、風牙のステッカー当てた時だって無反応だったもん」
「ほ、ホントに? えぇ全然記憶にないんだけど……………って、え? 風牙クンのステッカー⁉ 当てたの⁉ マジで⁉」
瞬間、充希の目が輝く。
「ハァ……はいはい、良かったね。今出すから焦らないでね~」
奈々子はトートバックカバンに閉まったステッカーを探す。がしかし、
「あれ、ない。え、アレ? 確かに入れた筈なんだけど……」
隅々まで探しても見当たらない。落としてしまったのだろうか。
「ごめん、無くしたかも」
「ええ⁉」
「いや、ホントごめん」
「あ~……まぁ、しょうがないね。うん! 命があるだけラッキーって事で!」
「充希ぃ」
「あ~! そんな落ち込まないでよ! 大丈夫だよ奈々子ちゃん!」
必死に励ます充希。ガタンゴトン、電車が音を立てて揺れる。
とそんな中、あっ、充希は何かを思い出した。
「そういえば風牙クンのチャンネルどうなってるんだろ? ……あれ」
スマホで検索する。すると、充希の表情が固まった。
「チャンネルが無い! 風牙クンのチャンネル消えてる⁉」
「え、マジか」
瞬時に気持ちを立ち直らせ、奈々子もスマホを覗き込む。
「ホームページもSNSも無い! いや待って、他のブイチューバー達のチャンネルも消えてる!」
「それってまさか?」
「パソコンから飛び出してアタシらを助けてくれた人達だよ! 全員チャンネルが消えてるよ! いや、それだけじゃない。他にも沢山チャンネルアカウントが無くなってる!」
「……もしかして、消えたってこと? ブイチューバーにされた人達が?」
「…………………そういう事なの、かな……」
「…………………………………………」
二人は絶句する。あの電脳世界に住んでいるというブイチューバー達が消えた。
つまりそれは――――――――。
(佐々木が、死んだからか? 風牙は、いや、電脳世界とやらで生きてた奴らは、これを分かっていた?)
奈々子は風牙の言葉を振り返る。
『今ならまだ今回のイベントでブイチューバーになった人々を元に戻せます』
今回のイベント。これは裏を返せば、自分達はもう元には戻らないという事とも解釈できた。
(つまり風牙達はもう自分達が戻れない事を知って? だから佐々木を倒して、自分達が解放されようと?)
思考が巡る。もう答え合わせも出来ないのに、考えずにはいられない。
『前世では……出来なかったけど………来世では……けっ……こん、しよう――――』
風牙の最後の言葉が、最後に過った。
(来世では、か)
結局、今回の出来事は何だったのか。あの不可思議な体験は何だったのか。
ブイチューバー達の行方も、奈々子達が気を失ったことも、風牙と佐々木の関係性も。
数多な謎は、もう解明することは叶わない。
webで検索してもヒットしないだろうこれらの真相は、当然、闇の中である。
「………………………はぁ」
隣にいる充希が溜息を吐いた。明らかに落ち込んでいる。ブイチューバー達のことが相当ショックなのであろう。
奈々子はポンっ、と優しく肩を叩いた。そして優しく諭す。
「そんな暗い顔すんなって。多分だけど、風牙達も分かっててやったんだと思うよ?」
「そう、かな? そうなのかな?」
「多分だけどね」
ガタンゴトン。電車はゆっくりと揺れた。窓の外には夕日に照らされる街並みが映る。
充希が口を開く。
「―――――ねえ、風牙クン達は、ブイチューバーやれてて幸せだったのかな?」
「『推しの幸せを願うのが真のファン』って聞いたけど?」
瞬間、充希が目を見開く。
「それは、確かに、うん。それはそうだけど。…………アハハ。奈々子ちゃんよく知ってるね?」
「ネットで見たんだよね~」
「なんだ~、ネット知識か~」
「他に何で知れるんだよ、こんなの」
すぐに二人は噴き出して、笑い合った。仲睦まじそうに笑い合っている。
そろそろ、降りる駅に着く。そろそろ、夜に移り変わる。
「ねぇ、奈々子ちゃんって何が好き?」
充希が聞く。車内にアナウンスが流れた。二人は席から立ち上がる。
「ん? どうしたの?」
「いやさ~、奈々子ちゃん結局ブイチューバーにハマらなかったし? どんなモノに熱中するのかな~って」
「どんなモノって……うーん熱中かぁ。まあ漫画とかドラマはよく真剣に観ちゃう時あるけど」
電車のドアが開いた。二人が降りる。
「他には?」
「他? え~と、アンタとたまに観るアニメも面白かったらハマったりするし。それ以外なら…………やっぱり仕事とか?」
「なるほどねぇ~。他にはあるぅ?」
「え、どんだけ聞くの?」
「いいじゃんいいじゃん!」
二人がホームから階段を昇って、改札口へと向かう。周囲の人々も同じ行動をする。
そろそろ外も暗くなってくる、夕飯時である。
「……あぁ、あとは散歩が好きかな」
奈々子が思い出したように呟く。
「散歩? そういえばよく行くね? てゆうか散歩って何が楽しいの? ブラブラ外歩くだけってつまんなくない?」
「あ、おちょくってるなぁ? よーし、なんて説明しよっ」
奈々子が腕を組んで悩む。充希は興味津々に奈々子を眺めている。
いつも通り見慣れた、夜の世界がもうじきやって来る。
……………不可思議な体験から二人が、〝日常〟へと帰っていく。
「――――まあ、そうね。たまにさ」
駅の改札口を出て、奈々子は隣り合って歩く充希に話し始めた。
「こうやって歩いてる時、人々の暮らしや、そこにある景色や、何気ないものに暖かさみたいなのを感じてさ。例えば……今みたいな、夕暮れに染まる街並みとか。無機質に走ってる車とか。やけに大きな街路樹とか。陽の光を反射する川とか。肌を吹き抜けるぬるい風とか。手をつないでいる親子とか。ふざけながら下校する学生達とか。ベンチで仲睦まじそうに座る老夫婦とか。そんな別に、珍しくもない人々の暮らしの風景が好きで」
ゆっくりと歩道を歩き、帰路を進んで行く二人。辺りはもう薄暗く、見慣れた街並みは本格的に夜の活動を始めようとしている。
「そういうのを眺めていると、何というか、表現しにくいんだけど。胸の内がじんわりと締め付けられる様な感覚がして。目元が暖かくなって」
奈々子は、同じく帰宅するのであろう人々とすれ違いながら、充希に語る。話し声や車の走行音といった暮らしの喧騒があちこちにしている。
「なんかこう―――泣きそうになって、優しい気持ちになれる…………から、そういう感情になれるから歩くのは好きかな。そんな感じ」
それらは、奈々子が好きな〝何でもない日常〟であり、不可思議ではない光景だった。
語り終えて、風が二人の間を、街中を吹き抜けた。ぬるい風だった。
「…………そっか。そっかそっか」
静かに話を聞いていた充希は納得するように何度か頷く。表情は穏やかだ。
「あーそうそう。あと好きなものといえば、やっぱ食べることかな」
自宅のマンションがもうすぐの時だった。奈々子は焼肉屋の前に立ち止まった。焼肉屋はどうやら賑わっていて、肉とタレの香ばしい匂いが外までしてくる。
「腹減ったしさ。今日は焼肉にしない?」
奈々子は笑顔で焼肉屋を指さした。
「え、いいの⁉」
「ま、あんな事あったしさ、なんか良いことないとじゃん?」
「おお、さっすが~! あ、でもお金あるの?」
心配する充希に、奈々子は心配ご無用と笑い飛ばしてからトートバッグを確認する。
「ハッ! なーに言っちゃってんの! これでも滅茶苦茶稼いでんだか………ら………」
バッグを確認し、確認し、入念に確認し、ついでにズボンのポケットを確認し…………奈々子の顔色が曇った。
「え、なに。もしかして落とした? 財布落としたの⁉」
「い、いや違う。財布はある。財布はあるんけど………」
震えた声で奈々子が言う。充希が首を傾げた。
「ん? え、じゃあ何? どうしたの?」
「いやその…………無い」
「ん?」
「スマホが、無い」
そう言って、奈々子の顔色は蒼白へと変わった。
「………えっ」
充希も同様、蒼白へと変わった。
とりあえず今日はここまでです。明日また新章を投稿します。
感想等、よろしくお願いします。




