《ブイチューバーにされる展覧会》その9
「本当に燃やしていいんですね?」
そう奈々子は尋ねて、売店でくすねたライターをポケットから取り出す。
聞かれた風牙は、ガッチリ佐々木を抑え込んでいる。
「――ッ⁉ 霜月風牙、何故貴方が⁉ この、離せ!」
「えぇ奈々子さん! 僕ごと燃やしてください! 早く!」
「クソッ、どういう事です…………何故私の命令を聞かない‼」
激しく暴れる佐々木。だが風牙の馬鹿力に成す術無し。
当然だ。ブイチューバーになった充希のゴリラ並みの首絞めだって、難なく引き剥がせるパワーを彼は持っているのだから。
「奈々子ちゃん! あーしらが抑えてるうちにやっちゃって!」
「頼みますよ丸眼鏡が似合いそうなお姉さん!」
「柑橘系パワーを見せてくださいお姉さん!」
「グヘへ………これ終わったら連絡先交換して下さい!」
後ろのブイチューバー達の進行を必死に抑え込む、人の心を持つブイチューバー達が叫ぶ。
二日目に対談ブースで会話した人々だ。そう、まさかのまさか、彼らも仲間であった。
「なんであんな有名ブイチューバー達に認知されてるのか疑問だし羨ましいけど…………取り合えず奈々子ちゃん早く!」
「分かってる」
充希が呼びかけると同時に、奈々子がライターを着火する。
「【ライター、ありったけ火力上げろ】」
『へへ、よし来た』
ライターの火が本来の性能以上に激しく膨れ、激しく燃え上がる。
「な、何をするんです……! やめろ……‼ こんな所で私の計画を終わらすわけにはいかないんですよッ……‼」
ライターの火のように、佐々木も激しく暴れ出す。
「させない、もう君を離さない。一人にはしない」
だが風牙は顔色一つ変えずに彼女を離さない。びくともしない。動かない。
「もっとだ、燃料全部使って限界まで火力上げろ。二人分燃やせるぐらい」
『ハッハ~! アイアイサーッ‼』
更にライターの火が大きくなって、人を飲み込める程にまで膨れ上がった。たちまち熱波が周囲に広がり、温度が上がっていく。
「やめて……やめて‼ 私の夢が‼ 私の夢が‼ お願いだから‼」
「いいんだ。もういいんだ」
更に暴れる佐々木に、風牙が叫ぶ。
「もういいんだよ希美。僕らはもう、この世に居るべき存在じゃないんだ。僕らの命はとっくの昔に終わったんだ。だからやめてくれ、もう誰かの人生を歪ませないでくれ」
「ぁぁ……ああ‼‼ 私の夢が‼ まだ、まだ叶えられていないのにーーーーッ」
風牙の言葉に、それでも尚も佐々木は拘束を振り払おうと藻掻く。死に物狂いで藻掻き苦しんでいる。
「………………………いきますよ」
奈々子は、ライターを放り投げた。
ライターの火は文字通り放物線を描く。空中の綺麗な線はすぐに消えて、次の瞬間二人に引火する。途端に炎は拡大して、二人の存在は、こちらも文字通り〝炎上〟する。
「あ、アぁ………いやぁ…………まだ私は……死ぬわけには……」
燃え盛る中、佐々木が膝を着く。炎が一層より濃くなって、どんな表情なのかも確認できない。
「嗚呼、希美。ごめんね……ごめんねぇ……幸せに出来なくてごめんね……」
火花と共に風牙の声が微かに聞こえた。業火のせいで、もう一つの影の塊しかにしか見えない。
「前世では……出来なかったけど………来世では……けっ……こん、しよう――――」
もう、声すら火花が散る音にかき消されてしまう。
そして数秒後には、二人の影は完全に業火の中に消えた。
「…………………………………」
奈々子は全てが燃えるまで、ただただジッと、目の前の綺麗な炎を見ていた。
全てが燃えて消えるまで、ただただジッと見ていた。
「………………………………………………」
ただただジッと。
鈴の音が鳴った。
――――――それから間もなく、奈々子は気を失った。
☆
「奈々子ちゃん! 奈々子ちゃん起きて!」
「え、うぅ……」
充希の声が聞こえ、奈々子はゆっくりと目を開く。
視界には夕暮れに染まった空に、覗き込むようにこちらを見る充希の泣き顔が映った。
「ッ、アレからどうなって!」
上半身を起こして周囲を見渡す。
ここは外で、展示場の入口だった。奈々子達の周りには多くの人達が寝転んでいる。よく観察すると、それは朝に観た来場者達だ。ブイチューバーに変えられた人々だった。
「え、あ? こ、これは一体………」
「あ、アタシもよく分かんないけど、目が覚めたらこんな状況になってたんだよ! やったよ奈々子ちゃん! 外に出られたよ!」
困惑する奈々子に、充希は泣きながら説明する。
「じゃ、じゃあつまり⁉」
「アタシ達助かったんだよ‼ うえ~~~~~んッ‼」
充希が勢いよく飛びつきて、ドタン! 奈々子が地面に激突する。
「イタッ⁉ って、な、何すんだ馬鹿野郎‼」
「ごめん~~~~嬉しくてつい~~~~~~~ッ‼」
「もう、アンタって子は………」
奈々子は空を見上げながら、溜息を吐いて、それからすぐに微笑んだ。
「疲れたぁ……」




