表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/33

エピローグ【後半】

「他の人には秘密だよ」


 混雑する休日のデパート内。ベンチに座る奈々子は静かに、優しく、隣りの少女へ呟いて、


「【ぬいぐるみさん、私達と少しお話ししよ】」


 その少女が持つぬいぐるみに触れ、〝能力〟を使う。

 もう一度説明すると、今話題らしいブイチューバー『うchu子うちゅこ)』を模ったそれは、自称宇宙人の美少女幽霊という斬新な設定で、宇宙服に白い三角巾を頭に括り付けてある。SFとホラーを融合したアンバランスな見た目の、血の通わないぬいぐるみ。

 本来なら絶対に喋ることのない柔らかな無機質。


『……うん、もちろん。何を話そうか?』


 ―――が、それがまるで魂が籠ったように声を発する。奈々子と少女に話しかけてくる。


「え」


 突然のことに驚く少女は、ぬいぐるみと奈々子を交互に見る。奈々子はふっと笑いかけて、うchu子を指さす。


「何か聞いてみたら? そのブイチューバーのファンなんでしょ?」


「え、え⁉ い、いま、うchu子が喋って!」


『ふふ、なんでも聞いていいよ桜ちゃん! ボクの分かる範囲ならね!』


 可愛らしいソプラノ声でうchu子は、少女に楽しそうに呼びかける。

 状況に理解できないのか、少女は困惑しながら再び奈々子を見る。奈々子は「大丈夫だから」と肩をポンと叩いた。

 少女は意を決したのか、震えた声で話しかける。


「ほ、本当にうchu子ちゃんなの?」


『もちろん! 今までぬいぐるみとして桜ちゃんと暮らしてきた、正真正銘、第三惑星出身享年369歳のうchu子だよ!』


「ぬ、ぬいぐるみとして?」


『そうだよ! いつもボクを大事にしてくれてありがとう! 優しくて、習いごとを頑張っていて、ボクの動画をいつも見てくれてる桜ちゃんの事。ボクはとても大好きだし、いつも誇りに思ってるんだよ!』


「………………」


『まぁ、大嫌いなピーマンは食べられるようにならなくちゃだけどねっ』


 冗談っぽくうchu子は笑う。

 それに釣られてか、大好きなぬいぐるみが喋ってからか。少女の顔が段々と明るくなっていく。そして奈々子も誇らしげに笑う。


「凄いでしょ? 実は私、『物を喋らせたり、命令する能力』があるのよ」


「物を、喋らす……」


 奈々子の言葉を反芻する少女。奈々子は自分の右手を見つめる。


「大人になってから出来るようになったんでけどね? 今みたいにぬいぐるみや、目の前の靴屋のスニーカーや、桜ちゃんが着ている服や。大体の物質と意思疎通出来て、命令とかも出来たりするの。その物質ができる範囲の事は大体命令に従ってくれる。例えば……」


 奈々子がうchu子に視線を向けた。


「うchu子だっけ? 試しに【早口言葉いってよ】」


『いいよ! 「ローマの牢屋の広い廊下を 六十六の老人が ロウソク持って オロオロ歩く」。どうよ?』


「え、あ、スゴ。めっちゃ活舌いいじゃん」


『ふっふっふっ、ブイは声が命ですから! ボクぬいぐるみだけどね』


 自慢げなうchu子。この声からはなんだか胸を張っているようなイメージを想像させた。


「ハハハ。まあ、こんな感じで。パソコンのキーボード打たないで検索出来たり、自販機と交渉して当たりを引かせてたり、ライターの火力を上げさせたりとかも命令できるかな。ただ、ぬいぐるみに動けって無謀な命令しても無理だけどね。流石に」


『あーお姉さん残念。それはボクには出来ないねぇ』


「あとは、能力の応用で、物体に好きな声で好きな言葉を喋らせたりも出来るかな」


 奈々子は鞄からメモ帳を少女に突き出して、能力を使う。


『こんな感じで、老若男女どんな声も好きな言葉で出せるよ』


 メモ帳から、ハスキーな男の声がした。

 なんの変哲もない。種も仕掛けもない。文字通りメモ帳は、声を発したのである。


「凄い……魔法みたい……!」


「へへへ、でしょお」


 奈々子がまた自慢げに笑った。少女はじっと、感激と好奇心を含んだ眼で奈々子を見つめる。とても子供らしい、子供が持つべきである希望に満ちた目をしている。

 奈々子はそんな少女の視線に安堵して前を向いた。

 目の前を、買い物をする人々が慌ただしそうに行き交っている。


「まあ、さっきの話に戻るけどさ。こういう特別な力を持ってる私がいるんだし、気付かないだけで案外、貴女の身近な所に不思議な現象が起こってるかもよ?」


「そうかな? 宇宙人とか幽霊もいるかな? 不思議なこと、沢山あるかな?」


「あるかもよ? うchu子の設て……生い立ちみたいにヘンテコで、ちょっとアホっぽい怪奇現象が一杯あったりするかもしれない。正直私は御免だけどもね、そこそこ楽しく平穏に暮すのが一番だと思うし」


 楽しそうに行きかう買い物客を、人々の何気ない日常を奈々子は眺めながら、結論を述べた。


「まあなんにせよさ。大切なのは、信じて諦めない事じゃないかな? 多分、大切なことだよ」


「諦めない事………」


「〝譲れないぐらい熱いもの〟なら尚更さっ」


 奈々子は再び少女に向いた。その表情はまるで春の暖かい風のように優しさ溢れている。

 その言葉は側から見れば、自分に言い聞かせているようだった。

 奈々子が諦めなかった"平穏な暮らし"を十分に噛み締めるような、そんな話し方だった。


「あ、探すにしても怪しいな場所行ったり危険なことはしちゃ駄目だよ? 親、心配しちゃうし。いい?」


 そして、今度は真夏の太陽のようにニカッと笑った。少女は「うん! 分かった!」と、同じ笑顔で応える。


(あぁ、そういえば)


 ふと、奈々子はナズナについて思い返す。少女の笑顔が、()()()()の笑顔と重なったからだろうか。


 ―――もしかしたらまた、第二第三の()()()がまた、自身や充希が危険に晒されるのだろうか。あんな奇妙な体験をしなければいけないのだろうか。

 不安であるが、対策法が無いので、どうしようもないのだが。

 いろいろ考え込む奈々子だが、答えは出ない。正直それはひどく不安だが…………。

(まぁいいか、いま平穏な生活送れてるならならそれで良いよね)

 ―――――私も。もしそうであるならば、あの双子も。


「あっ! 桜! やっと見つけたぁ!」


 奈々子が伸びをしていると、遠くの方から若い女性が、声を上げてこちらに駆け寄ってくる。少女もそれに気付くと意気揚々と立ち上がり女性に飛びついた。どうやら無事母親が見つかったらしい。


「いや~、見つかって良かった。キョロキョロしてるからもしやと思ったら、案の定桜ちゃん探してたみたいでさぁ。いやホント良かった~」


 と、母親を探しに行ってた充希が奈々子の隣に立つ。奈々子は呆れながら溜息をついた。


「勝手に行動すんなってば」


「アハハ、ごめんごめん! 早く探さなきゃと思ってさぁ」


「いや、迷子センター行けば良かったっしょ……」


「え、あー確かに………ま、まあまあ! 見つけられたんだからいいじゃあーん! 結果オーライだって!」


「アンタねぇ」


 その後、二人は少女の母親に大変感謝され、少女に手を振られながら別れた。

 別れる時にはぬいぐるみは言葉を発しておらず、少女に大切そうに抱えられていた。

 そして奈々子は「さっき話したことは他の人には秘密だよ」と少女に念押ししておいた。


「ねえ、さっき話したことって? あの子となに話してたの?」


 再び目的地へ歩き出した時、充希が尋ねる。横を歩く奈々子は口をへの字に曲げた。


「話すとメンドそうだから内緒」


「えーなにそれ! 言ってよー‼」


「どーしよっかなー。話したくないなぁー」


「ちょっとーいいじゃあん別に! 気になる~!」


 駄々をこねりだす充希。面倒くさくなったのか、奈々子が「能力の事を話した」と頭を掻きながら告げると、


「…………え、えっ⁉ ちょちょっと話しちゃったの⁉ 噓でしょなんで⁉」


 驚愕しながら問い詰めてきた。


「あー、こうなるから嫌だったんだよ……」


「ねえ! ホントに能力の事、言っちゃったの⁉」


「いや~、だってなんか泣き出しそうで…………」


「なにそれどういう意味⁉ あ、もしかしてこの前起きた怪奇現象達も全部喋った⁉」


「あぁ~めんどくさ! ほらさっさと行くぞ絵画展!」


「あ、ちょっと! 待ちなさーーい!」


 逃げるが如く走り出す奈々子を、充希も駆け足で追いかけていく。

 そんな二人のその姿は、傍から見ればまさしく、人々の何気ない日常のそれだった。

 奈々子が大切にしている、何気ない幸福な日常というべきそれだった。

練習用の作品です。書き溜めているので今日中にもう何本か出ます。

ぜひ感想をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ