貧乏なのでワンオペで聖女のバイトをしてたら、断罪されることになりました
男爵令嬢のミリア・ドアンは放課後になるといつも、町の広場へ向かう。
男爵家は貧乏だというのに、ミリアは無理して貴族の学園に入学してしまったので、高額な学費を賄うために路上でバイトをしているのだ。
日当たりの良い噴水の辺りは同じ学園の男女がデートをしていたので、ミリアはそこを迂回して日陰に隠れた。聖女らしき服にベールを被って顔を隠しているものの、やはりデート中の生徒にワンオペのバイト姿を見られるのは恥ずかしい。
手頃な台の上に白いクロスをひいて静かに待っていると、やがてどこからともなく、奇跡を求めて人々が集まって来た。
観客が揃ったところで、ミリアは厳かな顔で「錬金術ショー」を始めた。
白いクロスに仰々しく掌を翳すと、気合いを発する。今日はカップルに聞こえないよう、小さめな声で……。
「ムンッ」
すると何もなかったクロスの上に、ぷるん、ぷるんと、一粒、二粒……。
湧き上がるように金色の粒が現れた。艶々輝く小さなそれは、紛れもなく金塊である。
息を呑んで見守っていた町民たちは口々に叫んだ。
「おお、神よ!奇跡が起きた!」
高揚した町民たちはミリアに手を合わせながら、お布施の小銭を投げた。
町中に現れては奇跡を見せてくれる謎の聖女は、人々にこう呼ばれている。
「「黄金の聖女様!!」」
町の広場での錬金術ショーが終わって、ミリアは自宅に帰ってきた。
被っていたベールを取ると、クルクルとしたミルクティ色の癖毛と、橙色の瞳が現れる。十七にしては少し幼い顔の、いたって平凡な娘だ。バイト中はスン、として聖女様を演じているが、ベールを脱いだ途端に正気に戻って、ミリアはいつも気恥ずかしくなる。
「はあ、やっぱりあのカップルこっちを見てたな……お客さんの驚く声が大きすぎるもんね」
ギイ、と軋む我が家のドアを開ける。この家は一応王都に建っているが、周囲の豪邸に比べるとかなり質素だ。ミリアの父が若かりし頃に爵位を得たものの、一代貴族の上に子沢山なので、平民みたいに貧乏なのだ。
家に入ると、沢山の小さな弟妹たちが「わーっ」と両手を上げて、ミリアを迎えてくれた。今日もみんな可愛いくて、お姉ちゃんは癒される。
「おねぇたん! いっぱい、おふしぇもらった!?」
「うん。もらったよ! お菓子を買ってきたから、みんなで仲良く食べてね」
弟妹たちは「うわーい」と大喜びして、お菓子の袋を宙に掲げた。労働の疲れが取れる、尊いお祭りだ。
続けて奥の部屋から、二つ下の次女マインが、令嬢らしからぬズボン姿で現れた。しかも肩に麻袋を担いでいる。
「お姉ちゃん、お疲れ」
「こら。お姉様、でしょ」
ミリアは男爵家の姉らしく注意をしたが、マインは鼻で笑って、返事の代わりに麻袋をテーブルに置いた。ザボッ、と重い砂利のような音がする。食卓に置くにはあまりにワイルドだ。
「マイン? 食卓にこんな物……いったい何なの?」
袋を開けると、中には透明やら青やらピンクやら、キラキラ輝くさざれ石が山ほど入っていた。
「水晶とか鉱物の欠片だよ。川ざらいして採ってきたんだ」
「え!? 令嬢なのに川ざらいって……」
「貧乏な男爵令嬢だもん。川ざらいぐらいするよ」
そうだろうか? よその男爵令嬢はそんな事しないだろう。マインは長女の自分よりしっかりしていて、賢くて働き者なのだ。
マインはさざれ石を手に、得意げに説明してくれた。
「金塊の残りも僅かだし、今後は水晶とか翡翠の欠片も出していこうよ」
「確かに、我が家の貴重品だった金のお皿を溶かしてから、随分使っちゃったもんね」
ミリアはポケットから小さな金塊を取り出した。あと数粒しかない。
そう。私は掌から金塊を現す「黄金の聖女」と呼ばれてるけど、実はポケットに予め用意した金塊をちょっとだけワープさせて、テーブルの上に置いて見せているだけなのだ。
この世界では聖女様といえば、病気や怪我を治癒する力を持ち、数千人に一人とかの割合で生まれるらしいけど……。私はなぜか、この「ちょっとだけワープ」という珍しい能力を持って生まれた。だが物質を少し移動するなんて力はあまり使い道がなかったので、「聖女様の錬金術ショー」を考案したのだ。そうしたら町民にウケて、お布施で稼げるようになったけど……。
「うう、胃が痛いわあ」
青い顔をするミリアを、マインは椅子に座らせてくれた。優しい。
「お姉ちゃん、しっかりしてよ。明日、学園で錬金術を披露するんでしょう?」
「うん。クラスメイトの令嬢たちが強引で、断れなかったんだよね……」
「貴族の令嬢ね。ああいう子たちはキラキラしたものが好きだから、さざれ石は喜びそうだね!」
マインの商魂は逞しい。いつも前向きだし、世のニーズを読んでいる。
ミリアはというと、このインチキが明日のショーで暴かれて、衆目の下で断罪されるのではないかと、内心怯えているのだ。
隠れて聖女のバイトをしていたけど、学園内に「黄金の聖女様」がいると噂が広がってしまい、聞きつけた富豪の伯爵令嬢に「私たちにも奇跡を見せてくださる?」なんて言われたのだ。聖女なんて存在は珍しいから、貧乏で地味な男爵娘がそんな力を持ってるなんて、令嬢方は気に食わないのだろう。取り巻きたちが小声で「インチキ聖女」と嘲笑ったのも聞こえてしまった。ああ~、胃が痛い。
マインはミリアの手をしっかと握った。
「お姉ちゃんは嘘をついてないよ? だって、世にも珍しいワープの聖女じゃん!」
「まあね。でも実際、インチキみたいにショボい能力というか……」
「お姉ちゃんはその能力で家族を養いながら、貴族の学園に入学しちゃったんだから。誰よりもすごいよ!」
一生懸命励ましてくれるマインに、ミリアは心がじんわりする。
そうだ。この子を、そして弟妹たちを私と同じ学園に通わせるために、自分は「黄金の聖女」を演じ続けなきゃいけない。一代貴族の家系で就学を諦めたら、私たち家族は未来を拓けずに詰んでしまう。
ミリアはマインの協力を得て、明日の学園で開かれる「断罪ショー」……いや、「錬金術ショー」に万全に備えることにした。
翌日の貴族の学園にて。
聖女様の「錬金術ショー」が開かれるために設置された食堂のテーブルには、人だかりができていた。ご丁寧に、手描きの看板まで飾られている。あの令嬢たちがミリアのインチキを暴くために、手間暇かけて立派な舞台を用意したのだろう。
「うへぇ……」ミリアは被っているベールの下で、小さく戦慄いた。
集まった学園の生徒たちは男女学年さまざまで、普段馴れ合うことのない、格上の貴族たちもわんさかといる。テーブルの前で硬直するミリアを、ショーを企画した伯爵令嬢と取り巻きたちは楽しそうに仕切った。
「さあ〜、皆さん、聖女様に本物の奇跡を見せていただきましょう! ホホホホ」
棒読みの煽りに逃げ出したいミリアだったが、マインや弟妹たちの顔を思い出して心を律した。毅然としたミリアの様子に気圧されて、賑やかだった観衆は静かになった。
ミリアの制服の両ポケットには、ジャラジャラと沢山のさざれ石が入っている。マインの計画通り、金塊より価値が低い代わりに、圧倒的な量をここに出してみせるのだ。
ミリアが集中してテーブルに手を翳すと、観衆は前のめりになって注目した。
食堂内の全員が息を詰めた、その時。
ミリアは人垣の後ろに、ピョコピョコと揺れる頭を見つけた。誰かが遅れて来て、必死にこちらを覗いているようだ。あの輝かしい銀髪と碧眼の、背の高いその人は……この国の第三王子、スフェン王子殿下である!
ミリアは「げえ!」という下品な悲鳴を必死で堪えた。
いつもはお付きの者に囲まれた遠い存在の殿下だが、今日は皆がショーに注目しているので、珍しくお一人のご様子。
まさかの王族の見学にミリアの緊張はピークに達したが、もう引き戻せなかった。
(ええい、ままよ!)
ミリアは気合を入れて「ムン!」と声を発すると、掌から大量のさざれ石を放出した。
ザアーッ!
という音と同時に、テーブルに色とりどりの小石がばら撒かれて、それは太陽光で燦然と輝いた。「わっ」と歓声が上がって、観衆は一気に湧いた。
「すごい、宝石が出たわ!」
「本物の聖女様よ、奇跡だわ!!」
インチキを疑っていた伯爵令嬢はギョッとした険しい顔で凝視しているが、他の生徒たちは掌を返して絶賛した。
さすがの我が妹、マインである。高い位置から滝のように現れたさざれ石は派手な演出となって、生徒たちは完全に「聖女様の宝石ショー」の虜になった。
ミリアは聖女然として、締めの台詞を決める。
「こちらの石は神様から賜りました。皆様お手にどうぞ」
いつも教会に金塊を収めるのと同じように、ミリアはさざれ石を生徒たちに差し出した。すると沢山の手が殺到して、テーブルの上は争奪戦となった。みんなの顔が陶酔するように輝いている。
「私、神様の贈り物を家宝にしますわ!」
ミリアは生徒たちの熱気に微笑んで頷いた。
神様の贈り物……間違ってない。マインが一生懸命、冷たい川をさらって集めたのだもの。世界一貴重な石に間違いない。と、念じながら。
みんながテーブルの小石に群がっている間に、ミリアは優雅に淑女の礼をすると、そそくさと食堂を後にした。
(あれだけの群衆の目前で奇跡のショーをやってのけた私、偉い!)
と自画自賛をしながら逃げるように校舎を後にしたが、後ろから誰かが追いかけてくる。
もしや、あの伯爵令嬢がイチャモンを付けに来たかと振り返ってみれば、自分を追いかけているのは、あの高貴なお方……スフェン王子殿下であった!
「ひえ!?」思わず悲鳴を上げて、ミリアは慌てて階段を駆け下りた。もしかして、殿下にトリックがバレたのだろうか? 王族だから? 王族としてインチキ聖女を断罪しようと、追って来た??
「待って!」と殿下の声が聞こえるが、ミリアは必死で逃げた。
と、その瞬間。
「きゃあ!」
ミリアは階段を踏み外し、地面に真っ逆さまに……落ちなかった。
なんと畏れ多くもスフェン王子殿下が、ミリアを後ろから強く抱き留めてくれたのだ。自分を包む高貴な香りと、間近にある麗しいお顔に心ときめいたのも束の間。
ジャラジャラジャラーーッ!
と音を立てて、さざれ石が大量に階段を雪崩落ちていった。ポケットの中の予備の小石が、衝撃で飛び出したのだ。
お、終わった……!
神から賜った石が、ここで飛び出るのはおかしい。
明らかにおかしいと、殿下も思ったはず。
「わ、また奇跡が起きた!?」
殿下の純粋な反応に、ミリアは驚きで胸が詰まった。スフェン王子殿下は聖女の奇跡を心から信じているのだ。
しかもミリアが呆然と階段の上で腰を抜かしている間に、スフェン王子殿下はサッと階段を降りて、散らばったさざれ石を拾い集めてくれた。ミリアはなんたる不敬をしでかしたのかと恐ろしくなったが、掌に小石を山にした殿下は、嬉しそうに微笑んでいた。
「大切な小石だから、無くさないようにしないと」
ミリアの中で何かが、ブワッと崩れた。
近寄りがたいほど高貴で麗しい殿下の予想外の純粋さに、これ以上嘘を重ねるなんて、できなかった。
人気のない裏庭で。
ミリアはスフェン王子殿下と二人きりで向かい合って座り、実演を交えながら種明かしをした。
「このように、ポケットに入れた小石がですね……ちょっとだけワープ!」
わかりやすく芝生の上に小石を移動させると、殿下は驚いて仰け反った。
「わ、すごい! 本当にワープした! も、もう一回見せて?」
ミリアは殿下のリクエスト通り、何度もポケットから小石をワープさせた上で、そのまま流れるように土下座をした。
「申し訳ございません! 黄金の聖女などと……私はこのように、ちょっとだけ物をワープさせるだけの能力者なんです! 奇跡でも何でもないんです!」
断罪に怯えるミリアの肩をスフェン王子殿下は慌てて支えると、首を振った。
「いや、すごいよ! むしろワープするなんて、物を出すよりすごくない!?」
ミリアは混乱した。そうだろうか? 無い物を出すから奇跡なのであって、ちょっと移動するのはあまりすごくないような……。
ミリアの困惑をよそに、スフェン王子殿下は碧眼を輝かせている。
「聖女様にお願いがあるんだ。どうか、王城に来てもらえないだろうか」
スフェン王子殿下のご依頼をお断りするなどできるはずもなく……。
ミリアは放課後に王家の馬車にご一緒して、ほいほいと王城に来てしまった。
豪華な馬車内で目前にスフェン王子殿下がいるだけで緊張したのに、立派な王城を見上げたら、あまりの厳かさに絶句してしまった。
「無理を言ってしまってごめんね。ゆっくり寛いでほしい」
スフェン王子殿下は私のような男爵娘に気を使って、良い香りの紅茶だの、夢のように可愛いお菓子の山だのをメイドに運ばせて、豪華絢爛なお部屋のソファに座らせてくれた。
町の菓子屋で素朴な菓子を買うのが精一杯なミリアにとって、目眩がするような世界である。
しかもここは客室ではなく、スフェン王子殿下のお部屋らしく。品の良い調度品に紛れて、剣や兜やゲーム盤や膨大な図鑑がある。殿下の意外に少年っぽいご趣味を覗いてしまったようで、ミリアは緊張しつつも、どこか舞い上がっていた。
「この宝箱なんだけど……」
スフェン王子殿下はミリアの前に、小さな宝箱を置いた。見事な金細工に宝石が飾られていて、見るからに高価そうな品だ。
「この宝箱は王家に代々継がれた物で、僕もお祖母様からいただいたのだけど、鍵を失くした上に鍵穴を壊してしまって」
どうやら無理に開けようとして、鍵穴に入れた針金が中で折れてしまったらしい。ミリアは慎重に宝箱を確認した。
「宝箱の中にある物を、外に移動させれば良いのですか?」
「うん! できるかな?」
「できると思います」
殿下のお顔がパア、と笑顔になって、ミリアはその可愛さに胸がキュンとした。スフェン王子殿下は澄ました雰囲気の方なのに、無邪気な面が意外でつい、ときめいてしまう。
殿下に見惚れていたミリアは我に返って、宝箱に手を翳して集中した。
「ムンッ」
パサッ。
と簡単に、中の物は外に出て来た。
何やら、紙を小さく折ってある。手紙だろうか。
続けて、ついでに鍵穴に詰まった針金も外に出した。
チャリン、と錆びた金属が転がる。
「すごい! 本当にワープした! しかも宝箱が直った!!」
スフェン王子殿下は宝箱を開けて感激している。あまりに素直に喜んでくれるので、ミリアは自尊心が満たされていた。
「えへへ……私なんかが殿下のお役に立てて嬉しいです。それは誰かのお手紙ですか?」
「うん。子供の頃の自分が、未来の自分に宛てた手紙だよ」
殿下はそっと紙を広げて中を確かめると、「ふふ」と笑った。
ミリアが気になって覗き込むと、スフェン王子殿下はその紙を閉じてしまった。
「ダメだよ。恥ずかしい。幼い頃に書いたものだから」
「いったい何が書いてあるんですか? 気になります!」
「ふふふ……ここには驚くことが書いてあって……」
ほのぼのした会話の最中に、けたたましくノックが鳴った。
扉を開けると執事が立っていて、顔面が蒼白になっていた。
「スフェン王子殿下! 王が……お父上が大変です!!」
ただ事ではない勢いに殿下もミリアも驚いて、執事の後を追って駆け出した。
「うう~っ、うごおぉっ!!」
まるで獣が苦しむような唸り声が、王様の寝室から廊下にまで聞こえていた。
「父上はどうしたのです!? いったい何が!?」
スフェン王子殿下が問いただすと、廊下にいる王妃様は動揺して応えた。
「急にお腹が痛いと騒ぎ出したのよ。どうしましょう。医者は様子を見るしかないって……」
スフェン王子殿下は動転しているのか、なぜか一緒に来てしまったミリアの手を握ると、手を繋いだまま王の寝室に入った。え、私が入っていいの?? というミリアの遠慮と疑問は、このパニックの中で言い出せなかった。
巨大なベッドの上で、王様は脂汗をかいて暴れていた。よほどの痛みらしく、医者も狼狽している。
「治癒の聖女を、聖女を呼んでくれ!!」
王様の要求に、医者は困り顔でなだめている。
「もちろん、すぐに手配しますが。これは聖女でもどうしようもありません。切り傷や骨折ではないですから。自然と排出されるのを待つしか……」
「ぐおおお!!」
下腹部を押さえて苦しむ王を見て、ミリアはピンときた。
同じ症状に陥った人を見たことがあるからだ。ミリアの父親の、ドアン男爵である。
ミリアは室内の緊迫感に押されるように前に出ると、颯爽と王様の腹に手を当てた。
「王様。痛いのはここですね!?」
「そ、そうじゃ! そ、そなたは……?」
身元を明かす間もなく、ミリアはワープの力を使った。
「ムンッ」
カツーン!
小さく硬い物が床に落ちて、驚いた医者はそれを即座に拾い上げた。
「結石が……! 尿管に詰まっていた結石が外に出た!!」
王様は突然に激痛から解放されて、信じられないという顔でミリアを見上げた。
「な、なんと……奇跡の聖女様か……?」
「あ、えっと、ちょっとだけ結石をワープしただけで……」
どう説明していいか焦るミリアの肩に手を置いて、スフェン王子殿下が自信満々の顔で、王にミリアを紹介した。
「この方は奇跡の聖女様、ミリア・ドアン男爵令嬢です。僕の宝箱も直してくれたのです」
そんなこんなで。
ミリアはあれから、正式に王城に招致されて、聖女として雇われることになった。
激痛を伴う結石を体内から排除した聖女の力に王様はいたく感動して、同じように苦しむ者を助けてやってほしいと、専用の医務室まで設けてくださったのだ。
連日、ミリアのもとには患者が来る。
結石で苦しむ者だけでなく、刺さったトゲが抜けない者や、矢尻の欠片が体内に残る騎士や、膿が腫れて苦しむ者まで……。
傷や骨折を治癒する聖女と違って、「ちょっとだけワープ」の力は体内の邪魔物を排除する治療として重宝された。
医務室がノックされて、入って来たのは妹のマインだった。
「お姉ちゃん、お疲れ」
「こら。お姉様、でしょ?」
「えへへ……そうだね、お姉様」
マインも行儀見習いとして時々王城を訪ねるようになって、ミリアの治療の手伝いをしてくれる。来年には貴族の学園に入学できる準備もできて、マインは日に日に令嬢らしく成長していた。
「お姉様はやっぱすごいよ。私まで学園に行かせてくれるなんてさ」
「それは聖女のお給料のおかげだわ。放課後にこうして治療をするだけで、高給をいただけるんだもの」
「それにさ、あの王子様……」
マインが言いかけたタイミングでノックが鳴って、噂のスフェン王子殿下が入って来た。殿下はミリアの能力に興味津々で、ワープの力がどんな事に活かせるか、いつも研究に協力してくれている。
「あ。マインさん。今日もお手伝いに来てくださったんですね」
「はい。スフェン王子殿下。私はちょっと、薬草を受け取りに行ってきますね」
マインは気を利かせるように席を外して、ミリアとスフェン王子は医務室に二人きりになった。
「ミリア。この医学書に腫瘍のことが詳しく書いてあったよ」
「癌というものですね。これを排除することができたら、もっと医学が進歩しますね」
真面目な話をしつつ、ミリアはお茶を用意した。スフェン王子とこの医務室でお話するひと時は、ミリアにとって癒しであり、大切な至福の時間なのだ。
スフェン王子殿下はソファに座ると、懐から小さく折った紙を出した。照れたような顔をしている。
「あら? 殿下。その紙は、あの宝箱から出てきた……」
「うん。僕が子供の頃に、自分に宛てた手紙」
スフェン王子殿下は紙を開いて、ミリアに見せてくれた。
そこにはお姫様のような女の子が描かれていた。
クルクルと癖毛のお姫様は手に小さな石を持っていて、お手玉みたいに宙に浮かせている。
ミリアはその下に書いてある、拙い文字を読み上げた。
「僕の理想のお姫様。こんな女性と結婚したい」
スフェン王子殿下は悪戯っ子みたいな笑顔で、前のめりになった。
「ね? これって、ミリアだよね!? 髪がクルクルして、可愛い顔も似ているし、石をワープさせているよね!?」
「ふふふ、そうでしょうか?」
似てるんだか似てないんだかわからない拙い絵なので、こじつけのような殿下の言い分に笑ってしまったが、ミリアが手紙から顔を上げると、スフェン王子殿下は優しい笑顔で。でも真剣な瞳で、こちらを見つめていた。
「僕の子供の頃の夢を、ミリアに叶えて欲しいんだ」
「え、ど、どんなご依頼でしょう……」
「僕のお姫様になってほしい。ミリア」
スフェン王子殿下はミリアの片手を取ると、その指に優しく口付けをした。
途端にミリアの視界は大きく拓けて、世界が燦然と輝いて見えた。
それはまるで奇跡みたいに……。
最後までお読みくださりありがとうございました!
先日手術を受けた時に、こんな聖女がいたらいいな…と浮かんだ物語です。
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