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退院して出口に向かう間、どうやってユルと向き合えばいいのか結論がでないままで。
今家に向かえばユルはまだ家にいるだろうから、とりあえず外で時間を潰そうとか、ユルがいない間に家から必要なものだけ取り出して、師匠の家にでも転がり込もうだとか、一応考えては見たけど実行できる気がしなかった。
家に入って、ユルの匂いを嗅いだらもうそれだけで終わりそうだった。
足が家から離れられない気がする。
でもユルはあの時職場の人に抱きつかれてた。
私はその後何も言わずにいなくなって、誰かに事情を聞いたとして、もしもユルの嫌いな戦場に戦闘員として居たなんて知られていたらどうすればいいんだろう。
ユルの父と兄が戦場で死んだんだ。それ以来家族はぐちゃぐちゃになってしまって、だからユルは戦争が大嫌いだ。今の職場も、戦争に関わらない部署にいるって言ってた。
それくらい嫌いなのに。
私がネームドなんて聞いたら絶対に嫌われる。
そう思ってたのに。
ユルは私が退院するのをずっと待ってた。
ユルの姿を見たらそれだけで胸がいっぱいになった。
私を抱き上げて、入る勇気の出なかった家に入れてくれて、抱きしめて、謝って、宥めて。ユルは何も悪くないのに。秘密にしてた私が悪いのに。
「ね、ライラ。結婚しよっか」
「ライラが好きだからに決まってる。ねえ、俺との結婚は嫌?」
そう言われると涙が止まらなかった。嬉しくて。悔しくて。
ユルが言ってくれたのがすごく嬉しいのに、いろんな思考が邪魔して素直に喜べないこの状況と自分に悔しくなった。
ずっとユルと一緒にいたい。でもネームドだから。絶対にユルにもいろんな圧力がかかるに決まってるし、ユルに酷いことする人もいるかもしれない。
そうなったら絶対に自分を制御できない。
「ユルが攫われたらどうしよう」
「そしたらライラが助けてよ。ね、ネームドって結婚したら安全のために契約紋を彫ってもいいんだって。入れようよ。ライラの肌に傷がつくのは嫌だけど、でも入れたらお互いの場所がいつでもわかるよ。どう?俺が攫われたらライラが助けに来てくれるでしょ?」
「ユルが戦争に関わることになっちゃう」
「でも、俺が知らないところでライラが戦って、それでまた何もできずに家族を失うことの方が嫌だよ」
「でも、」
「ねえ、ライラ。お願いだからこれ以上俺との結婚を拒む理由を探さないでよ。もう一回聞くよ、ライラは俺との結婚は嫌?」
そこまで言われて、また涙がたくさん出てくる。おかしい、戦場でもこんなに泣いたことないのに。
「嫌なわけない。結婚したい、ずっと一緒にいる」
ユルは満足そうに笑って、顔中にいっぱいキスした。