8(ユル視点)
「明日の朝8時に退院。裏口に迎えに来い」
ハーパーから連絡があったその日はいても経ってもいられず、職場を早退した。
ライラと最後に顔を合わせてから4ヶ月が経とうとしていた。
どうしようどうしよう。
退院って何を持っていったらいいんだろう?お菓子?花束?手紙?
それって入院中に渡すべきものだよね。
指輪?それはプロポーズで渡すものだ。
どうしよう、ライラの顔を見たら泣いちゃいそうだ。愛想尽かしてないかな、ライラの中ではきっと僕が他の女の子に抱きつかれているところで止まっているから。
再会した瞬間殴られたらどうしよう
いや、それは甘んじて受け入れよう。
何されたっていい。いいから抱きしめて、それから一緒に家に帰りたい。
やはり夜は眠れなかった。
裏口に着いたのは朝の4時。睡眠魔法をかけたにも関わらず、数時間で目が覚めてしまった。家で時間を潰すことも考えたけど、結局ずっと落ち着かないから病院に来た。
事情を聞いているのか、裏口の職員は迎え入れて、出口付近のベンチに座らせてくれた。
一応色々考えて、ライラが今までで一番喜んでくれた花束を持ってきた。
ライラに告白した日みたいに心臓がばくばくする。
拒否されたらどうしよう、どうやって無理やり家に連れて帰ろう。そんなことでずっと頭がいっぱいだった。
全然集中できないけど、時間をやり過ごすために本を読んでみたりして、やっぱり集中できなくて。ライラを迎えに行こうか、とか、本当に裏口に来てくれるのか、とかいろいろ考えた。
「あ、」
そして約束の時間の10分前にその時はきた。
小さな声だったけど、誰よりも愛しい人の声を聞き逃さなかった。
「ライラ!」
ライラは怯えたように俺をみたけど、もう構わなかった。
用意した花束を放り投げて、目の前に現れたライラに駆け寄って抱きしめた。
「ユル、どして…」
ライラの声は聞いたことないくらいに小さくて弱い。
胸がぎゅうとしめつけられる。
「当たり前でしょ。帰ろ。ライラ。ずっと待ってた。大好きだよ」
「あ…、う」
ライラは何も言わない。でも静かに、弱い力で抱きしめ返してくれた。
それだけで胸がいっぱいになる。
少し屈んで、ライラを抱え上げて、後ろで控えていたハーパーに軽くお辞儀をした。ハーパーはひらひらと手を振り、それから踵を返して病棟へ戻っていった。
「ライラ、大好き。愛してる。寂しかった。一緒に家に帰ってくれる?」
たくさんの言葉を尽くす。会えない間溜めてきた言葉たち。
「帰って、いいの? 彼女は?」
「彼女はライラしかいない」
転移魔法を使って家まで転移する。あんまり無闇に使っちゃいけない魔法なんだけど、病院の受付時間前で誰もいないからいいだろう。
玄関を開けて家に入る。ライラは何も言わずに抱えられている。
「ライラ、体はもう大丈夫なの?」
聞くとライラは黙って頷く。表情は硬い。
リビングのソファに一緒に座って、ライラの顔を見る。表情は不安気で、顔色もあんまり良くない。
「ユル、顔色、悪いよ」
「ライラがいなくて眠れなかったんだ」
「あ、…ごめ、何も言わずに」
「ごめん、違うの、責めてるわけじゃないよ。ほら、おいで」
両手を広げると、戸惑いながら身を寄せる。
ライラの身体は少し強張っていて、付き合い始めに戻ったみたいだった。
「あの日、しばらく家を空けるって言いにきてくれたんだよね。それなのにごめんね。あれはただの同僚。でも向こうは俺に好意を持ってて、なかなか離れてくれなかったんだ。今は職場に相談して配置を調整してもらったよ。魔術師は執着するからね、こういうトラブルが珍しくないみたいで、すんなり調整してもらえた。だからもう大丈夫。ごめんね、ライラ」
不安にさせて。
ライラは肩に顔を埋めたまま、弱々しく首を横に振った。
「ライラが帰ってこなくて、探しに職場まで行ったんだ。そしたらハーパーさんが話せる範囲で事情を説明してくれて。ライラが戦場に行ってるって聞いた」
びくり、とライラの身体がこわばる。
「ライラが帰ってくるまで気が気じゃなくて、ハーパーさんはそれで心配して戻ってきたら連絡するって言ってくれて。ライラが入院している間、実は様子を見に行ったんだ。我慢できなくて」
ライラのこわばった背中を、安心させるように撫でてあげる。
「それで、ライラがネームドとして戦闘に参加してるって聞いちゃったんだ。怪我したってことも。盗み聞きしちゃった。ライラ、本当に体はもう大丈夫?痛いところはない?」
ゆっくりと頷く。
彼女の背中を撫でて、もう片方の手で強く抱きしめる。
「ごめんね、俺が戦争嫌いなこと気にして言えなかったでしょ」
ライラは何も言わない。
「俺はライラが俺のそばにいてくれたら、なんだっていいよ」
何も言わない。伝わっているだろうか。
俺がどれだけライラのことが大事か。
「ね、ライラ。結婚しよっか」
長い沈黙の後に、ずっと考えていたことを告げるとライラは肩からゆっくりと顔を上げてユルゲルトの方を見た。
目は涙で濡れている。
「俺ね、ライラが俺の知らないところで辛い思いしてるの嫌だなって。ネームドの結婚について調べたりしたんだ。結婚したらね、職場によっては配置調整してもらえるんだって」
「…?」
「つまりね、ライラが戦場に行ったら俺も何かしらの理由をつけて戦場に一緒に行けるってこと。魔術師はパートナーが長期離れると精神的に不安定になるから。ライラ、戦場で眠れた?俺はライラがいない間全然眠れなかったよ。心配で仕方なかったのもあるし、ライラがいないと何か欠損してるみたいで、ずっと頭が痛くてダメだった」
「そしたら、ユルが危ない…。戦場はユルの嫌いな場所だし、うるさいし、あぶないし、汚いし、怖いから」
「そんな場所にライラを送り込むことが耐えられないんだ。あのね、俺の職場には戦場で使う魔道具や国防に関する部署もあるんだ。俺、今まで戦いが嫌でそういう部署は忌避感があったけど、これからは戦いを避けるために頑張ってみようかなって思うんだ」
「ユル…」
「守りを固めたら、戦いを仕掛けてこれなくなるでしょ?そしたらライラも行かなくて良くなるかもしれないでしょ?」
「なんで、そこまでしてくれるの…」
「ライラが好きだからに決まってる。ねえ、俺との結婚は嫌?」
ライラを見つめる、ライラは静かに涙を流し始めた
「嫌なわけない…でも、ユルを巻き込みそうで、こわいの」
「巻き込むってどんな?」
「戦場に関わらせるのもそう、だし、きっと子供をつくるように、言われる」
「俺はライラとの子供、ほしいよ。ライラは?」
「欲しい、けど、自分と同じ苦労はさせたくない」
「じゃあ二人で守ってあげよう。俺も、偉くなるね。昇進するよ。一応、昇進するとおいそれと口出ししにくい立場くらいにはなれるから」
抱きしめてライラを説得する。
彼女はしばらく泣いていた。
ずっと泣いているから、時々お水を飲ませて、キスして、抱きしめて。ようやく最後には決心して「ユルと結婚する」と言ってくれた。
嬉しくていっぱい抱きしめて大好きだって伝えて。ライラがくしゃみをしたから二人で着替えてベッドに潜った。
ただ穏やかに抱きしめあった。
今まで聞いたことのなかった、ライラの生い立ちについてぽつぽつと話してくれた。
俺はそれを聞いて、心を痛めて泣いたり、カーマインの存在に改めて感謝したり、よりライラを愛おしく思ったり、これからたくさん幸せにしてあげようって決意したりした。
二人にとって大事な夜になった。