7(ユル視点)
さらに一週間後。
『ライラが目覚めた。が、まだ処置中だから部屋には入るな。とりあえず一報だ。呼ぶまでくるなよ』
ハーパーからメッセージが届いた。
届いた瞬間、いても経ってもいられず、呼ぶまでくるなという言葉を無視して病室前まで転移した。
ドアは開いていて、仕切りのカーテンだけだ。
人の声が聞こえたので入り口で足を止めて耳を澄ませる。
「ハーパーにいさん、どれくらい寝てましたか」
「一週間と少しだな。意識を失う直前のことを覚えているか?」
ハーパーのことを舌足らずな声で兄さんと呼ぶ。聞いたことのないライラの声。
長い間寝ていたからか掠れている。
「あー、まって、すこし、戦場にいて、いっぱい戦って、油断して攻撃されて、それからとにかく攻撃したって感じの記憶があります」
「ショックは?」
「大丈夫です」
「吐き気は?」
「ありません」
「自分がどんな攻撃されたか覚えてるか?」
「…覚えてます」
「辛いか?」
「大丈夫です。タフですから。だから戦場から離れられないけど」
「右腕に違和感は?」
「ないです」
「お前ここに来た時、右腕がなくてビビったぞ。流石に俺が治療した」
右腕がなかった、という言葉を聞いて血の気が引く。
「ああ、なるほど。ハーパーにいさんが治してくれたなら、まあ大丈夫だと思います。別に治らなくてもいいです。そうすれば戦場に行かなくていいから」
「殿下が怒るぞ」
「怒ったっていいです」
「まあ、そうだよな。殿下は今回の結果に満足だってさ」
「そうですか」
沈黙が流れる。
二人はその沈黙に慣れているようだった。
「戦場は辛いか?」
「はい、辛いです」
「お前が望むなら、腕をもう一度吹き飛ばして治らなかったことにしてやる」
「……」
「お前は小さい頃からよく頑張ったよ。お前が望んでないことはみんな分かってる。やめたくなったら俺がやめさせてやれる。カーマインも了承済みだ」
「……そうですか」
「お前はどうしたい」
「私は……。私はまだ戦えます。私がやらなければ別の誰かが同じことをするだけでしょう。であれば私でいいです。大丈夫、本当にしんどくなったらちゃんと言います」
「約束だぞ」
「はい、約束です」
「お前の彼氏は呼ぶか?」
ハーパーの問いにドキリとする。
「この病棟には呼べないでしょう。正直どうしたらいいかわからなくて。どうせしばらくこの病棟から出られないでしょう。報告書も書かなくちゃいけないし。その間に考えます」
「そうか。一応言っておくけど、お前のこと心配してたぞ。お前はまだ自分がネームドだって言ってなかったんだな」
ライラがネームド?
「言えるわけないです。言ったら嫌われちゃいます。まあ、もう意味がないかもしれないけど」
「……とりあえずよく休め。報告書なんてまだ書かなくていい。どうせ戦場で眠れてないだろ。睡眠魔法は必要か?」
「お願いします。まだしばらくは眠れないと思うので」
「わかった。が、退院したらちゃんと向き合ってやれよ」
「……わかりました」
そう言うと静かになった。魔法の気配がするからハーパーがライラに睡眠魔法をかけたのかもしれない。
「お前、来るなっつったろ」
しまった、見つかってしまった。
ハーパーは思い切り顔を顰めている。
「話聞いてたか?」
「概ね。ライラは無事ですか?」
「身体的にはな。戦場行ってくるとしばらく落ち込むから、精神的にはあんまり」
「…ライラはネームドなんですね」
「本人が望んだわけじゃない。あいつ自身が一番ネームドであることを気にしてるから、あいつから話すまでは触れるな。特ににお前に知られるのをずっと怖がってたから。あいつは小さいガキの頃からネームドでこき使われてた。本人は何も選べなかったんだ」
その言葉を聞いて胸が苦しくなる。
きっと自惚れでなければ、ライラが話せなかったのはきっと俺が昔戦争なんて嫌いだって話したからだ。
「あいつの退院の目処が付いたら連絡する。その時には迎えに来て家に連れて帰ってやってくれ」
「わかりました」
それから数日間連絡はなかった。毎日ものすごい頻度で通信箱を確認して、何も入ってないことに落胆した。
ライラがいないとご飯が美味しくない。夜もあまり眠れなかったから自分に睡眠魔法をかけた。
そう言えばライラも眠れないって言ってたな。ライラは自分に睡眠魔法をかけられないんだ。知らなかった。ライラのためにどんな時でも眠れる魔道具でも作ろうか。
ライラのことが気になりすぎて、正直仕事もほとんど手につかない。戦争が落ち着いたから手につかなくても怒られないけど。
ライラのための魔道具なら頑張れそうだ。
どれくらいで帰ってくるんだろう。そんなに重症だったのかな。腕が一度はなくなったって言ってた。今までもそんなに激しい戦闘、してたのかな。
高位の治癒士の治療を受ければ、即死級の魔法を受けない限りは回復する。
ライラの体は傷ひとつなかったはずだ。でも実際は何度も傷ついてきたんだろうか。付き合っている間も。もしそうだとしたら、ライラの苦痛に何一つ気づけなかった自分が情けない。一番辛い時、何をしてたんだろう。
ほとんどの兵士は大怪我をすると戦場には戻らない。
治療で体は元通りになっても心が耐えられないからだ。
ライラが学生時代、寡黙でなかなか笑ってくれなかった理由がわかった気がした。