6(ユル視点)
『西部の戦闘が終了!出征した兵士の負傷状況一覧と帰還予定日のお知らせ』
王城の軍部内の掲示板に貼られている紙を見つめる。
ライラが出征していた戦争がようやく終わったらしい。
ということはライラが帰ってくる。
あの最悪な別れから三ヶ月が経過していた。相変わらずライラに手紙を送り続けているけど返事はない。
勤務先では、ライラは家庭の事情で長期休暇を取っていることになっていた。ハーパーの言う通り、ライラが今どこで何をしているかは機密事項らしい。
戦争が終わると、軍部には出征した兵士の負傷状況をまとめた紙が掲示される。
家族を安心させるためだ。
俺は食い入るようにそれを見つめ、それから絶望した。
ーーライラの名前がない。
生存リストにも負傷リストにも死者のリストにも名前がないのだ。
そんなことあるのか?え?戦闘に参加していないのか?
こんなに帰ってきてないのに?
別の紛争に巻き込まれているのか?本当は嘘でどこか遠くへ行ってしまったのか?
ライラにはもう会えないのか?
ほとんどの兵士が帰還して3日が経って、ライラは帰ってこなくて。名簿にも載っていない。どうすればいいのかわからず気づけば職場のライラの私室にいた。
ライラは長期休みを取ったことになっているから、当然しばらく人がいた形跡がない。
でもところどころにライラの形跡を感じる。
自分がプレゼントしたペンやペーパーナイフ。
学生時代からずっと使っている筆箱。
デスクの引き出しの一番上から何かが見覚えのあるものがはみ出しているのが見えて、開けてみる。
「……っ」
一番上の引き出しには俺が今までにあげたメモが全て入っていた。メモだけじゃない、気まぐれであげたお菓子の包装紙や、お土産の箱、試作品で使い物にならなかったガラクタの魔道具、全部が綺麗に取ってある。
ああ、ライラに会いたい。
会いたくて仕方ない。視界が滲み始める。ああ、泣きそう。泣くならライラの隣で泣きたいのに。
「ああ、お前きてたの。まあそうだよな」
泣くのをなんとか堪えていると入り口の方からハーパーの声がした。ライラにつながる唯一の人。
「ライラは」
「ライラは帰ってきたぞ。ただ意識がない。魔力切れで寝てる」
「どこにいますか」
聞けばハーパーは少し悩むそぶりを見せる。
「意識が戻らない間で良ければ会わせてやってもいい。意識が戻ってからは、しばらく様子見が必要だから会わせられない。それでも良ければ来い」
いいに決まってる。
黙ってついていく。何度も病棟には遊びに来ているけど、入ったことのない奥まったエリアに連れて行かれる。
ねえ、ライラ、どういうことなの。
いくつもの権限ゲートを超えた先の個室で、ライラは顔を青白くして寝ていた。
「起こすなよ」
ハーパーから釘を刺される。
「こいつは戦闘中に意識を失った。そういうやつは大抵意識を取り戻した時錯乱してる。対処を間違えると精神に負担がかかる。特にお前は喧嘩してたんだろ。落ち着いて会える状態になったら連絡してやるから、今は眠ってる状態で勘弁してくれ」
「…わかりました」
「今日はまだ目が覚めないだろうから、しばらくそばにいていいぞ」
ライラは俺のなのに、どうしてそばにいることを他の誰かに管理されなきゃいけないんだろう。
なんてつまらない嫉妬を抱きながらライラの眠るそばに座る。
魔力切れしているところなんて初めて見た。
大きな魔術を使うところなんて見たことない。魔力量も多い方のはずなのに。魔力が空っぽになるまで頑張ったんだ。そしてもう何日も目を覚まさないんだ。
最後にあった時よりやつれている気がする。
顔を優しく撫でてあげるけど、なんの反応もない。寝ている時は少しみじろいで、それから嬉しそうに笑ってくれるのに。
なんの反応もないことが悲しかった。
不意に首にチェーンが見えて、掬い上げるとそれは昔俺があげたドックタグだった。
珍しくライラが欲しがって、それが嬉しくて買ったチェーンとドックタグ。
あの時はかっこいいから、なんて言ってたけどもしかして本当はこの時からライラは戦場に出てたのかな。
それでも俺には言えずに、黙ってたのかな。
ドックタグの刻印を眺める、表にはライラのフルネームが記載されている。
裏をめくるとそこにはメッセージが書かれていた。
ーーユルゲルト、幸せに。愛してる。
メッセージをみて胸が締め付けられる。
ねえライラはどう言うつもりでこれを刻んだの?




