4(ユル視点)
病院はいつもより忙しそうだった。
受付開始直後で忙しそうで、話しかけるタイミングがなくてしばらく待つ。
ライラの職場に迷惑はかけたくない。
一時間くらい待っていると、珍しい人から声をかけられた。
「お前、ユルゲルトだな。久しぶり。ちょっとこい」
夜勤明けなのか、すこし髭の伸びたボサボサ頭のこの医師はライラの上司のハーパーだ。あまり会話したことはないけど、何度か挨拶をしたことがある。
スタッフ専用通路を抜け、ハーパーの執務室のような場所に着いた。
「お前がなんで今日ここにきたのかは大体見当がついてる。ライラのことだろう」
「はい」
なんでこの人がライラのことを知ってるんだろう。まさか相談したの?
一緒にここで一晩過ごしたの?
焦りで手に力が入る。
「誤解するな。俺とライラはそんなんじゃない。ライラはどうせお前に何も言ってないだろうと思って親切心で話してやってんだぞ」
やれやれ、とハーパーがため息をつく。意図を汲めず、じっと睨む。
「ライラはしばらくお前のところには帰らない」
その言葉を聞いて、自分の感情が抑えられずブワッと魔力が漏れるのがわかる。
「おい、やめろ。備品が壊れる」
俺程度の魔力ではハーパーはどうもしないようで。それがまた腹がたつ。ライラの隣に立つには実力不足だと言われているみたいで。
「あいつは戦場に行った。お前も知ってるだろ。今隣国がちょっかいをかけてきて、西側でちょっと大きな争いになってる。ライラはそこへ派遣されたんだ」
「……」
溢れ出ていた魔力が一瞬でおさまる。そして今度は血の気がサッと引いていく。
ああ、ライラは昨日このことを伝えようとしてきてくれてたんだ。
「戦闘がいつまで長引くかはわからないから、どれくらいで帰って来れるかはわからない。お前たち、昨日喧嘩したんだろ?あいつひどい顔してたぞ。お前に出征のこと言ってないみたいだったから、お前が魔力暴走起こさないように一応伝えておく」
魔術師は執着が強いから。
執着した相手が、自分から離れていくことに耐えられないことがある。お互い強く思い合っていればなおさら。
俺とライラは一応職場公認で付き合っていたから。
「通信箱は使えますか?」
「軍事上の問題で難しい。辛いとは思うが、大人しく帰りを待てとしか言えないな。あとライラが出征したことを誰にも漏らすな」
「……なぜ?」
「今は言えないが、あいつが戦場に行ったことは機密なんだ。はい、と言え。それ以外は認められない。言わないなら今すぐお前に忘却魔法をかける」
ハーパーの本気の表情にただ頷く。
ライラがそんな扱いを受けているなんて聞いたことがない。もともとライラは自分のことを多く話さない。
つらそうにしていることがたまにあるけど、本人があまり話したくなさそうにしているから無理に聞いたことがない。
こんなことなら、一度でも聞いてみるべきだったんだろうか。
自分よりもライラのことを把握している人間が目の前にいることが悲しくて腹立たしい。
「あいつが戻ってきて、会える状態になったら真っ先にお前に連絡してやるから、大人しく待て。もしも何かあれば俺に連絡しろ。いいな?これはお願いではなくて命令だ」
含みのある言い方と圧に、「わかりました」とだけ答えて部屋をでた。
ライラが全てを開示しないのはわかってたけど、一体何を隠しているんだろう。
どうして一緒に暮らして、一番好きなのに、俺はそれを知らないんだろう。
腹立を立てながら職場に向かう。
能天気なユリアナが今日もなんだかんだと俺に向かって話しかけてきたけど、反応する気になれなくて、全て無視した。
そもそもこいつのせいでライラと話す機会を失ったんだ。
そう思えば本当に腹が立って我慢できなくて、上司に抗議とチームの変更を願い出た。
そして俺は戦争のための治療に関わる魔道具や、回復薬を製造するチームに配属された。
ここで作ったものはすぐに軍を通して西側の地域に送られるらしい。
自分の作った回復薬にすら嫉妬する。いいな、お前たちは作られた側からライラのいるかもしれない場所に行けてさ。
気が狂いそうだった。