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ーーライラ、今日は早く帰れそうだから夜ご飯作るね。ライラの好きなグラタンだよ。


通信箱に届いたメモを見て、ありがとうの意味を込めてチョコレートを一粒入れた。

メッセージは恋人のユルゲルトからだ。


メモの最後には可愛い猫のイラスト付き。かわいい。

最近職場に出入りしてると言ってた猫だろうな。


「ライラさん、すみません、合同演習で怪我した兵士が雪崩れ込んできそうなので準備お願いします」

「はい。他に手すきの治癒師は何人いるかわかる?」

「テオさんとカイルさんがいます」

「ありがとう。その二人がいれば早く片付きそうね。ここ最近残業が続いているから手早くいきましょう」


看護師は「はい!」と返事をして準備に戻っていった。

今日はユルがグラタンを作ってくれているから早く帰らないと。


***


結局、帰れるまで状況が落ち着いたのは日付が変わった頃だった。

外に出てみればびっくりするほど静か。


ああ、そうよね。普通の人は寝ている時間だもの。


小さくため息をついて家へ急ぐ。

ユルも忙しいからきっともう寝てると思うけど。

少しでも長く一緒にいたいから人気のない帰り道を誰も見ていないからと走って帰った。


家について静かにドアを開ければ、リビングの電気はついているけど静かで。

テーブルの上には「温めて食べてね。お仕事お疲れさま」の書き置きがあった。


書き置きを回収して自分の部屋に入る。


少ない私物が置いてあるだけの質素な部屋。デスクの一番上の引き出しにユルの書き置きをしまった。


この引き出しはユル専用だ。

今までもらったメモやプレゼントの包装なんかがしまってある。ちなみに職場のデスクも一番上はユル専用だ。

上着をかけて、服ごと浄化魔法をかけて部屋着に着替える。


ああ、帰ってきたなという気持ちになる。


リビングに戻って、静かな部屋でユルを起こさない様に静かにグラタンを食べた。魔法で温めて食べるけど、とても美味しいけど、一人で食べるご飯はすごく寂しい。

グラタンを食べて、食器を魔法で洗って、歯磨きをして。それから明日の準備をして。


ようやく寝室のドアを開ける。


広いベッドの右側でユルは寝ていた。


定位置の左側に静かに潜り込んでユルに身を寄せる。ユルがゆっくりと抱きしめて、それから腕枕をしてくれる。


「ライラ、おかえり、」


眠そうな声。どんなに静かに布団に入ってもユルは絶対に気づいて抱きしめて、それからこうやって挨拶をしてくれる。


「帰り、遅くなっちゃってごめんね。グラタン美味しかった。ありがと」

「んーん。おつかれ、すきだよ」

「おやすみ」


ユルは静かに寝息を立て始めた。

しばらくその顔を眺めて、自分も目を閉じた。すぐには眠れないけど、こうしてユルが抱きしめてくれるだけで疲れが取れる。


この時間が一日の中で一番好き。




ユル。

ユルゲルトとは魔法学校で出会った。


私はもともと戦争孤児で、戦線ギリギリのところにある貧しい養護院で育った。


生きるのに精一杯で、みんな痩せていて、助けてくれる人もいなくて、「死んだ方が楽かもね」なんて言いながら毎日必死に生きてた。


ある日、魔術師のカーマインが養護院の近くを通って、私の魔法の才能に気づいて引き取ることを提案してくれた。

当時私は養護院でも年上の方で、幼い子供たちの面倒を見る立場だったから悩んだ。


回答を一度は保留して考えて、断ろうかと思った時にカーマインはまとまった資金と養護院を運営してくれる人と共に再びやってきた。


「今後も支援してやるから、私のところに来なさい」


今後も継続して支援することを約束されたら断る理由なんてなかった。

カーマインは決して愛想の良い人ではないけど、不器用な優しさを持った人だった。勉強や訓練で手を抜くようなことは一切してくれなかったけど、怪我をすれば気づかないうちに治癒してくれたし、辛くて泣いてしまった時はこっそり枕元にぬいぐるみを置いてくれたりもした。


でもそんな日々は続かなくて。


私が一人でも修行できるようになると、カーマインは家を空けるようになった。どこに行っているのかと聞けば、ひどく言いづらそうな顔をして「戦争だ」と言った。

皇帝からの命令でカーマインでも逆らえないって言った。


私が13歳になった時カーマインはひどく荒れて帰ってきた。

見たことないくらい苛立っていた。


どうしたのかと聞けば「明日お前を王宮に連れてこいだと」そう言って金色の封筒を投げてよこした。


どういうことなのかわからず首を傾げれば、カーマインは説明してくれた。

この封筒は皇帝からのもので、受け取ったら戦争にいかなくちゃいけないらしい。

私は幼いけどそれだけの力があるんだって。カーマインは私が未熟だからとか理由をつけて守ろうとしてたけど無理だったって。

王族はただの人間じゃなくて、この土地の王だから、王族だけが持つ力を持って命令されるとこの国の人間は逆らえない。


だから、私も戦争に行かなくちゃいけないんだって。


そうして私は戦場に出ることになった。

初めて行った時は何度も吐いて、泣いて、怯えて。それでも体は逃げようとしなくて。王族の命令の力はこういうことかと思った。

小さな紛争だったけど、帰ってきてからも吐いたり眠れなかったりした。


だけどそれから立て続けに何度も小さな戦争に駆り出された。

そしていつしか耐える術を身につけた。


***


朝目が覚めるとユルはいなかった。当然。

ユルの職場は朝が早い。


私は遅番だからいつもより遅くまでダラダラして、リビングに向かうとフレンチトーストが置いてあった。


「昨日は遅くまでお疲れさま!ごめんね、先に出勤するね!」


メモを回収して引き出しにしまう。フレンチトーストはまだほんのりあったかくて、少し嬉しかった。

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