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あだばな  作者: 藤泉都理
4/11

きょうふ




 恐怖が刻み込まれている。

 俺を殺した人間には、ポメラニアンから人間に戻れなかった時の恐怖が刻み込まれていた。


 己が徐々に浸食されていく。

 己が徐々に消滅されていく。

 早くポメラニアンから人間に戻りたい。

 己がなくなる前に、早く。

 恐怖により。

 呼吸は荒く、心臓は乱れ、視界は狭まり、思考は鈍くなり、開いた口の中は乾いているのに、何故か口の縁からは無限に涎が流れ落ちる。


 己を癒してくれるものを。

 人間でも。

 人間がつくったものでも。

 人間以外でも。

 人間以外がつくったものでも。

 何でもいい。


 なにが人間に戻してくれたのか。

 いつ人間に戻れたのか。

 どこで人間に戻れたのか。

 どうして人間に戻れたのか。

 どうやって人間に戻れたのか。


 何もかもがわからなかった。

 ただただ恐怖だけが心身魂を支配する。

 もう嫌だ。

 嫌だ。

 ポメラニアンになどなりたくない。

 癒してくれる存在さえあれば安心なのに。

 相棒さえ見つかればポメラニアンになっても安心なのに。

 何もない。

 何もないから。

 安心などどこにもない。

 恐怖しかない。

 恐怖しかないのに、人間に何故拘るのか。

 ポメラニアンになって、己を失えば、恐怖に蝕まれる事はない。

 嘲る声がする。

 さっさと、人間を捨てて、ポメラニアンになってしまえ。


 ひび割れる音がする。


 水の中に氷を入れた時の音。

 硝子板を軽く踏んだ時の音。

 コンクリートに釘打ちした時の音。

 硝子のコップを熱湯に入れた時の音。


 皮膚が裂ける、筋肉が裂ける、骨が裂ける、神経が裂ける、細胞が裂ける。

 目に見えない、心と魂が裂ける。

 けれど、裂けただけ。

 己はまだ、











 俺は、俺を殺した人間に転生した。

 俺は、俺を殺した人間に転生して、俺を殺した人間の、恐怖をなぞった。

 やはり、俺の記憶を持ったまま、転生したからだろうか。

 俺を殺した人間を蝕む恐怖を、直に感じる事ができない。

 恐怖に膜でも張られているのだろうか。

 とてもとても、厚い膜でも。

 恐怖をなぞるだけ。






 ああ俺はきっと、俺を殺した人間の理由を知った気にはなれても、知る事はできないのだろう。

 










(2024.5.29)




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