運命の女神
「お願いです、神様。私達をどうかお救いください。農村では日照りが続き、飢餓状態。国同士の戦争も絶えず、治安は悪くなる一方。さらには魔物まで出る始末。どうか、我らに慈悲を」
俺は百年前に勇者が現れたと言われる地にて、神に祈りをささげていた。
この身などどうなっても良い。
ただ世界が救われるならばと、三日三晩神に祈りをささげた。
そして、意識も朦朧としてきたその時、目の前が光に包まれた。
『勇者よ。汝は神に選ばれた。これより汝に力を与えよう。さあ、世界を救うがよい』
光が収まると、俺は豪奢な鎧に身を包み、まるで騎士の様であった。
「この姿は一体?」
『それは神が与えたもうた力である。存分に使うがよい』
声がすれども、姿は見えず。
俺はきょろきょろと声の主を探した。
「貴方は一体?」
『私は運命の女神。我は汝が世界を救う道しるべとなろう』
これは心強い。
こちらに運命の女神が付いているということは、未来が読めるも同じこと。
きっとこの先、何が起きても大丈夫だろう。
『さあ、進むがよい。勇者よ』
そう運命の女神が言うと、光の道が目の前にできた。
俺は立ち上がり、運命の女神が指し示す道を歩む。
何も食わず、寝てもいないのに、体は軽く、心は晴れやかだった。
俺の胸には希望で満ち溢れていた。
「ここは?」
運命の女神が指し示したその場所には村が一つあった。
『ここは三年後、汝が王となった時に蜂起が初めに起こる場所。小さな火種はやがて世界を包み、多くの命が失われます』
「そ、そんな事が起こるのですか?」
三年後には俺は王様になっている?
信じられないが、運命の女神がそう言うのであれば、そのようになるのであろう。
「それで、俺はここで何をすればいいのですか?」
『この村の者たちを皆殺しにしなさい』
「え?・・・」
俺は耳を疑った。
「そんなことできません。人を殺すだなんて」
『人を殺すことに恐怖があるのですね。それは仕方がない事。大丈夫です。我が力を貸しましょう』
そう運命の女神が言うと、俺の体は勝手に動き、剣を抜いた。
そして、目につく村人を斬りつけ出した。
「止めてくれ!俺はこんなことをしたくない!!」
『大丈夫です。あと三十五人殺せば、汝の気はふれ、人を殺すことに何の感慨もわかなくなるのだから。ほら、これであと三十四人』
俺の体は家で昼寝をしていた老婆に剣を振るう。
『あと三十人・・・』
俺は抵抗しようとするが、
『あと二十・・・』
泣こうが、わめこうが、
『十・・・』
俺の体は人を殺し続けた。
一体何故こんなことになったのか?
俺はこんなことを望んだのか?
違う!
ただ俺は世界が救われることを望んだ。
そのためには何でもすると・・・
『さあ、最後の一人です』
そこには首の無い母親に抱かれて、なお眠り続ける赤子がいた。
安らかな寝顔だった。
赤みの差した、ぷっくりとした頬。
小さな指をおしゃぶりの様に口にくわえ、時折指を吸う。
まだ薄い髪の毛は、細く柔らかい。
まるで天使の様な寝顔。
何故だ。
世界のためとはいえ、何故こんな無垢な子が死ななければいけないのか!
何故だ!!
神よ!!!
そして、俺は赤子に剣を突き立てた。
「く、くくく・・・あはっははは。あーあー。ふふふ。ハッハッハッ・・・」
『まだ村人は残っています。速やかにこれを排除しなさい。汝は世界を救わなくてはいけないのです。このような所でもたもたしていてはいけません。さあ、勇者よ。行きなさい』
俺は気がふれ、運命の女神からの呪縛は解けたはずであった。
けれど、俺の体はまだ俺のものではないように思えた。
まだ運命の女神が操っているように、人形のように立ち上がる俺。
そして、俺は歩き始めるのだった。
誰か・・・誰か、誰でも良い。
お願いだ。
・・・俺を・・・殺してくれ・・・