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酔仙楼詩話  作者: 吉野川泥舟
17/39

15

 しびっちはそうこぼしながらも、手を叩いて店員を呼びました。慌ててやって来たのは妙齢の女性店員です。すももは菜譜を手に取って、上から順番に持ってくるよう指示しましたが、店員はやや困惑気味の様子。どうにも三人の懐具合を気にしているようです。ここは風流人士を自認する者が集う、由緒ある酒楼ですので、無銭飲食などは考えられないのですが、なにせ自分の前にいるのは明らかに貧乏書生と年若い女性、そして幼女なのですから。


 すももはため息を一つつくと、懐から金色に輝く手形を取り出しました。そしてそれを店員の前で小さく振ります。


「金牌をもって命ずる。ワシのために、菜譜に載っておる高級料理と酒を上から順番に持って参れ。猶予はならぬ。疾く支度致せ」


 そう告げるや否や、店員は地面に片膝をつき、恭しく頭を垂れると、一目散に階下へと降りていきました。お湯が沸くくらいの時間が経ったあと、次から次へと料理が運ばれ、気がつけば卓の上には数え切れないほどの山海の珍味が敷き詰められていたのです。


 驚く子柳に向かって、


「これはな、玄……じゃなかった、天帝のヤツからもらってやった金牌と申す宝貝でな。飲食にかけては天下無双なのじゃ。びびったであろう?」


「無銭飲食に特化してるだけだからね、子柳君」


「ほう? 貴様の宝貝『牛肉白酒』に比べれば、遙かに高ランクなのじゃがのう? 万年腹ぺこ漂流詩人めは、いちいち細かい文句を垂れおるわ。性格の現れよな。さっさと飲み食いすればよかろう」


 二人が話題にしている「宝貝」とは、仙人たちが所持する宝物で、超常の力を発揮できる素晴らしいものなのです。しびっちの「牛肉白酒」とはその名の通り、安い牛肉と安酒が無限に湧き出るという、効果としてはやや残念なものなのでした。


 しびっちはややふてくされたものの、すぐさま気を取り直し、目の前のごちそうを頬張り出しました。


 子柳はしびっちの迫力に、ただただ息を呑むばかり。


 その勢いたるや、まるで鯨が海水を一気飲みするが如く、万夫不当の英雄が戦場を縦横無尽に馳せるが如く、とめどなく豪快なものでした。


「はは、食いすぎてまた死んでも知らんぞ」


 すももは冗談を言ったのでしょうが、子柳は驚きのあまり、ちっとも耳に入りません。箸を持つ手も石化したかのように、ほんの少しも動きません。


 それもそのはず、目の前のしびっちはすらりとした痩身、その細い体のどこにこれだけの食べ物が入るのか、まるで見当がつかないのですから。


 このあと三人はしたたかに飲み食いを楽しみました。子柳が即興で詩を吟じると、すかさずすももとしびっちが手直しをしてくれます。その的確さといったら、まるで孔子が入門したばかりの弟子を諭すかのよう。言葉を探して苦吟していると、口を挟まず待ってもくれます。まさに至れり尽くせり、子柳は夢のようなひとときを過ごすことができました。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。あまり遅くなって宿の主人に心配をかけてもいけません。子柳は後ろ髪を引かれるおもいで辞意を告げました。


 偶然知り合ったこの三人ですが、まるで数年来の知己のように意気投合し、後日の再会を固く誓い合ったのですが、この話はここまでと致します。


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