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「じゃ、頼んだから」
「はい、先輩」
あたしは生徒会の役員、ではないけど、いろいろお仕事を手伝ってる。クラスで何人か選ばれて、雑用をやることになってて、ことしはそれに当たっちゃった。はあ、面倒だなあ。
今日の仕事は、印刷物の製本。といってもコピーは終わってるから、これを折って、ホッチキスで止めるだけ。でも、これだけ、なんだけど、面倒なんだよね。みんな帰っちゃったから、ひとりでやらないといけないし。
ええと、これを折って。ぱちん。折って。ぱちん。……。
がらら。あ、だれか入ってきた。
「こんちは。資料もって……あれっ」
本吉くんだ。
「石上さん、先輩は?」
「さっき、帰っちゃったよ」
あたしが答えると。
「えーっ。ひどい先輩だなあ。自分は資料たのんどいて、帰っちゃうなんて」
……あーあ。また本吉くんのお人好しが出てる。
「本吉くん。資料、置いていけば?」
「あ、そうですね。メモメモ、と……」
あ、ポストイットがある。ちょうどいいや。
「はい」
「あ、ポストイット。ありがとう、石上さん。一枚いただきます」
「うん、いいよ」
どさっ。資料が机の上に置かれた。
「……これでよし、と。ところで、石上さんは何してたんですか?」
……え? な、なんであたしのことにふるかな。
「え? あ、うん。製本」
「スッチオッチホッチかぁ」
何、それ?
「印刷して、折って、ホッチキスで止めることをいうんですよ」
へえ、そういう言い方もあるんだ。おもしろい。
「どれだけ残ってるんです?」
「このひと山。ふう」
ため息をついた。
「手伝いましょう」
え? そ、そんな急に言われても。
「……え、いいよ。本吉くん」
……本吉くんとは、お見舞いの一件以来、あんまり話をしてない。もともと、話をすることなんてなかったんだけど、でも、なんだか話しづらくて。
「ふふふ、わたしの腕前をナメてますね石上さん」
……って全然ひとの話聞いてない~。
「な、何よそれ」
「折りはこーやるんですっ。見てなさい」
本吉くんは、折ってない紙を一掴みすると、すごいいきおいで折っていく。あっというまに、紙の山が折られていく。まるでマジックみたい……。
「ふ。見たか……ってなにぼーっと見てるんですか。石上さん」
え、な、何?
「ソートまでやりますから、ホッチキスお願い! いいですか?」
「う、うんっ」
ふええ、なんだか有無を言わさず仕事させられてるよお。
「はいっ」
「はい……」ぱちん、ぱちん。
「はいっ」
「はい……」ぱちん、ぱちん。すごいいきおいで積み重なっていく資料。本吉くんは手慣れた手つきでどんどん積み重ねていく。あたしはそれについていくのが精一杯。
「はひー……」
「がんばれ」
「は、はいいっ」
ま、まだまだあるんだよお。大変だよお。こんなの、ひとりでやってたら、いつ終わるかわかんないよ。……え、ひとりで?
「もう少しですよー」
「うん」
ひとりでやってたら……どうなってたんだろ。
「……」
「もうひと山っ」
ひとりで……
「……」
ひとりで……
「あたっ……いてて」
……あたしは、その声に現実に引き戻された。
「本吉くん? どうしたの?」
「あ、なんでもない……紙で手を切っただけ」
大変。傷口から雑菌が入ったりしたら大変だもの。
「見せて」
「大丈夫ですよ」
「見せて」
「大丈夫ですってば」
「見せてっ」
強く。
「……は、はい」
「……血が出てる。痛いよね」
紙で手を切るって、意外と深いとこまで切ってることがあるのよね。ちゃんと消毒しておかないと……って、たしかここに。あった、救急箱。
「ちょっと……しみるよ」
消毒液をつける。
「うん……つっ」
「がまんしなさい、男の子でしょ」
「は、はあい」
……え? な、なんかあたし、とんでもない発言しちゃった?
「え、ええと、とりあえずバンソウコウ貼って。これでよし」
「あ、ありがと……」
あれ、な、なんでよ。本吉くん、なんで赤くなってるのよ。あたしまで恥ずかしくなるじゃない……。
「さ、さてと。続き続き」
うん、つづきつづき。
あんなにあった山が、いつのまにかすっかりなくなってた。
「これでラスト」
「うん。ぱちん、ぱちん……できたあ。あーあ、つかれた……」
「お疲れさまです」
本吉くんがまた微笑んでくれる。
「うん……あ、本吉くんもありがと。お疲れさま」
あたしも微笑み返す。
「ふたりでやると早かったでしょ」
「うん。ひとりだったら途方に暮れてたかも」
「よかった。……こないだみたいにいやがられたら困るしなあ」
本吉くんが小声でつぶやくのが聞こえた。
「え。何か言った?」
「な、なんでもないです、なんでもない」
……しっかり聞こえちゃった。まだ気にしてたんだ、あのこと。
「今回は、ほんと助かったよ。ありがと」
「い、いやあ。たまたま通りかかっただけですから」
「なんでもいいよ。助かったんだから」
「そ、そう? え、えへへ」
今回は、素直に感謝しておこ。ほんと、どうなるかと思ったもんね。
「じゃ、じゃあ、今日はこれで引きあげますね。またあした」
「え? あ、うん……」
もう、帰っちゃうんだ。……あれ、なんだろ。何かが、ちょっと、ちくん、とした。
……がらがら。
「……さよなら」
そうだよね。本吉くんはただのクラスメイト。何でもないよね。