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夏色のハンカチ  作者: ねこぽん
第2章 -- 押しつけないで
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4

 放課後。


 本吉先生のうちは、学校からけっこう遠い。電車とバスを乗り継いでいかないとたどり着かない、小さな集落にある。ここからうちの高校へ通っている生徒もたくさんいて、友達も何人かいる。


 あたしは全然違う方角だから、ちょっと遠回りすぎるんだけど……。


「なに、考えてるの? あーきこっ」

美弥子が話しかけてきた。

「え? あ、な、なんでもないよ」

「そお? なーんか、うわのそらっぽいわねえ。もしかして、彼のこと?」

……何にやにやしてるの。

「彼? 彼ってだれ?」

「ふ・み・ひ・ろ・くん♪」

「……えーと。だれだっけ」


本気で覚えてない。


「あらー、秋子って意外と冷たいのねえ。本吉くんよお」

「う……な、なかなか名前なんて覚えられないよ」

「ふふーん、そうかしらあ」


わ、まずい。話題をそらさなきゃ。

「……で、なんなの、美弥子ちゃん。何か用事?」

「うん。もう放課後だよね。秋子、用事あった?」

「別になかったような……」

「よしよし。じゃ職員室にいこっ」

「え? 何だっけ」


「あぁーっ、もう忘れてるし。ほら、そこの傘持って。さあさ」

「……あっ」

そ、そういえば昼間、本吉くんのうちへ行く話になってたんだっけ。

「逃がさないわよ」

「……はいはい」

逃げられるとは思ってなかったけど、やっぱり美弥子、楽しんでるよね。まったく、他人事だと思って……。


 がら。

「本吉先生。秋子、引っ張ってきました」

「美弥子ちゃん……。ひとりでも来れるってば」

意地を張るも。

「ふふーん、はたしてそうかなあ。意図的に忘れようとしてなかった? さっき」

美弥子にあっさりかわされる。

「え、あ、あれは……」


「おお、結城、石上。うし、行くか」

先生が立ち上がる。

「え、行くかって……」

「今日は先生の車に乗っけてやる。とっとと靴かえてこい」

きょう、二回目のまさか。


「はあい。さ、秋子、行くわよ」

美弥子も動き出す。

「あ、美弥子ちゃん、ちょっと……きゃあっ」

そ、そんなに引っ張らないでー……


 車に乗せられて、なんだかぼんやりしているうちに、先生のうちについたらしい。


「ここですか……」

「まあ適当にあがってくれ」

そんなに簡単に言われても困ります。


はあ。ここまで来たら、覚悟決めるしかないよね。すう。はあ。

「……はい。おじゃまします」

「おじゃましまぁす」

美弥子ちゃん……。やっぱり楽しんでるでしょ。


「さてと。史裕の部屋は奥の方だが……」

「だってさ。さ、行ってらっしゃい」

「え!?」

ちょ、ちょっとそこまでは……。できないよ。


「……叔父さん、お客さん?」


ふと見たら、廊下の奥に、パジャマ姿のだれかが立ってた。……本吉くんだ。


「お、史裕。いたのか。ちょうどいいや。お見舞いだぞ」

先生が答える。

「あ、そう……どうもわざわざすみません」

本吉くんはぺこっとおじぎをした。

「おじゃましてます」

美弥子は他人事だからか、きちんと挨拶をしている。


「あ……もう、いいの?」

昨日の今日。大丈夫だった? 心配は心配だよ。


「ええと、一日寝てましたので、すっかりよく……って、あ。結城さんに、石上さんだったんだ。ありがとう、うれしいよ」

そういうと本吉くんは微笑んだ。

「ん? 本吉くん、あたしたちがだれだかわからなかった?」

美弥子が答えた。


「すみません、実はよく見えなくって。とにかくありがとう。ごめんね」

「ううん、いいよ、クラスメイトだしさ。……秋子」

「え?」

あれ、何のことだっけ。


「ほら。傘」

「あ……」

そうだった。傘、返さなきゃ。わざわざここへ来た目的って、それだもんね。


「あ、えと。昨日、傘借りちゃったままだったね。返す」

「石上さん。わざわざありがとう。明日、学校でもよかったのに」

「ほんとーかなあ? うふふふ」

美弥子。本吉くんまでからかわないの。

「え……いや、ほんとに。何にしても、わざわざありがとう。石上さん」

「え、うん、いいよべつに。こっちこそ」

ともかく、傘は返した。やることはやった。これでいい、はず。


「なんか……なんか、傘押し付けちゃった形になったけど。役に立ちました?」

「あ、うん」

気にはしてたんだ……。でも、役には立ってくれたし。

「そっか。よかった」

「でも、そのせいで風邪ひいちゃったんでしょ? そこまでしなくてもよかったのに」

「石上さん……気にしすぎですよ。風邪をひいたのは……調子が悪かったから」

本吉くんがうつむく。

「でも。結果的に風邪ひいたのにはかわりないよね」

「うん……。ごめんなさい、心配かけて」

……なんですって? 心配かけて、ですって?

「心配かけてなんていうくらいなら、最初からそんなことしないでよ!」

「……えっ」

「バカ! 本吉くんのバカ!」

「あ、秋子……」

「帰ろ、美弥子ちゃん! こんなのほっておこうよ!」

「あ、秋子……。先生、ここは失礼させてもらえますか」

「困ったな。……遠いからな、送るぞ」

「あ、はい。お願いします」

……。

 ……そのあと、車の中でも、先生に何度か、いろいろ聞かれたけど、

「……」

あたしは何も答えなかった。


 あたし、どうかしてたのかもしれない。あんなに怒っちゃうなんて。

 でも、許せなかった。人の心配するくらいなら、自分の心配しなさいよね。なんで、なんであたしなんかかまうの。それがわからなくて、許せなかった。

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