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夏色のハンカチ  作者: ねこぽん
第1章 -- 見上げれば雨雲
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3

男の子とあたしたちは、職員室へ戻ってきた。本吉先生はまだいた。

 

彼が職員室のドアを開く。ちらりと中を覗いて。

「ども。本吉先生は」

「ここだ。……ずいぶん濡れたな」

本吉先生があごを撫でる。


「ははは。覚悟の上でしたけどね」

彼が頭を掻きながら言うと、

「よく乾かしていけ」

と先生が答えた。


「はい。では失礼します」

ぺこっと彼が頭を下げた。

 そのとき。

「ちょっと待った」

美弥子が割って入った。

「はい?」

男の子が小首をかしげる。


「先生。こいつ、だれです?」

美弥子が男の子を指さしながら言った。

「こいつって、これ?」

先生も指さす。

「そー。この男」

「あー、こいつか」


納得したらしく、先生は男の子のほうに向き直った。


「史裕、自己紹介してやれ」

……ふみひろ? ふみひろって名前なのかな。


「そうだね。じゃあ自己紹介しましょうか。わたしは本吉史裕。明日から、この学校の二年生に転入することになりました。よろしく」

そういうと彼は、また軽く頭を下げた。


「よろしく……」

「本当は明日からなんですけど、今日は手続きの関係で登校してたら、こんな目にあっちゃって……。初対面が印象悪くて、ごめんなさい」


……そんなことないよ。と言おうとしたら、

「ううん、助かったよ。結局あの箱、あんたに持ってってもらっちゃったもんね」

美弥子が先に答えてくれた。


「お、史裕。いきなりポイント稼ぎか?」

先生がにやける。

「叔父さん、それはなしですよ」

彼がちょっと渋い顔をする。

「ごほん。学校では『叔父さん』はナシ」

「あ、すんません。先生」


「……とゆーことは、あんたと先生は親戚ってこと?」

美弥子、するどい。

「バレちゃしょうがないな。叔父と甥っ子、ってところだ」

先生が答えを出してくれた。

「ふーん、そうなんですか。あ、あたしも自己紹介したほうがいいかな」

美弥子もわかった顔をしている。


「そうだな。明日からおまえたちともクラスメイトだ。早めに知っておいても損はないだろ」

あ、そうなんだ。明日からクラスメイト、かあ。

「……って先生。いきなりネタばらしてどうすんですか」

彼がやや口をとがらせて言うと、

「あ。いらんこと言ってしまったかな。内緒のほうがおもしろかったか」

先生がにやにやと笑う


「うっかり本吉の面目躍如ですね、先生」

美弥子がつっこむけど、先生のあだ名、出しちゃダメだよ。

「こらっ、結城」

ほら怒られた。

「あ、というわけで、あたしは結城美弥子。よろしくね。そっか、同級生になるんだね。ほら、秋子」


美弥子? なんであたしにふるの?


「え? あ、あたしはいいよぉ」

「何言ってるのよ。べつに減るものじゃなし」

「だって……」

何を言えばいいのかわからない。


「もう、しょうがないなあ。えと、こいつは石上秋子。小学校からの腐れ縁で、どういうわけか小学校からずーっと同じクラスなのよね。高校までひきずるなんて、なんかもう陰謀めいたものまで感じちゃうわ」

な、なんてこと言うのよ。

「あ、美弥子ちゃん、ひどい」

美弥子が追い打ちをかける。

「秋子が自分で言わないからよ」

「うー」

それはそうなんだけど……。


「……仲がいいんですね」

本吉くんがぽつりとつぶやいた。

「え?」

いま、何か言った?


「いやあ、まあ。仲よきことは美しきかなへくし」

あ、くしゃみしてる。

「あ。大丈夫?」

「ええ、まあへくし」

あ、あらあら……


「もう、大丈夫じゃないじゃない。とっとと乾かしてきなさい。風邪ひかないのよ」

美弥子がお姉さん風吹かせてる。初対面からさんざんだね。

「は、はいはい。では」

がらがら、ぴたん、と扉を閉めて、本吉くんが出ていった。


「なんなんだ、あいつ」

美弥子がぼやく。

「なんだろね……」

わたしも。よくわからない子だったな。美弥子もそう思ったのかな。

「ははは。飄然としたやつだろ。まあ、ああいうやつだ。とりあえず、クラスメイトとして迎えてやってくれ」

先生がいつもの笑顔で言う。

「はい」

「……はい」

……なんか、釈然としない。


 その日は、結局美弥子と帰った。


「秋子。あいつ、変なやつ、だったね」

「うん」

「でも、悪いやつじゃなかったよね。あしたからクラスメイトかあ」

美弥子はそんな風に言うけれど。

「……なんか、やだな」

わたしはうつむいてしまう。

「どうしたのよ秋子?」

「だって、なんか。裏がありそうなんだもん」

あの雰囲気にのまれちゃダメだ。


「いくらなんでも、それはないでしょ」

美弥子はまだピンと来ていないみたい。

「美弥子ちゃん覚えてる? あいつが何て言ったか。『見覚えはあっても名前は知らない』って言ったんだよ。まるであたしたちのこと知ってるみたいに」

そう、何かあるはず。


「そ……そんなこと言ってたんだっけ」

「そうだよ。なんかいやな予感するんだよね」

何かが。


「でもさあ。いきなり人を疑うのはどうかと思うわよ。そりゃあ、あんまり信じるのも良くないけどさ」

「そうじゃなくて。なんか、わけわかんないんだけど……」

何かが……。


 今にして思えば、それがあいつとの出会いだった。

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