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その日も雨だった。
「よくふるなあ……」
「秋子、ぼやいたってしょうがないよ、梅雨だもん」
「……そうだね。じゃ、さっさとかたづけて、帰ろっか」
「うん」
その日、あたしと美弥子は掃除当番だった。掃除当番といっても簡単なことしかしない。黒板を消して、ロッカーの上を拭くだけ。あとは、掃除人が来てやってくれる。面倒だけど、いつも使っている教室だから、それくらいのことはしないといけないよね。
教室の扉が開いた。本吉先生、うちのクラスの担任の顔がのぞいてる。
「……お、石上、結城。掃除中か」
「はい」
「ふたりとも、ごくろうだな」
「いいえ、どーいたしまして」
美弥子、そのいやみったらしい言い方、あんまりよくないと思うなあ。美弥子らしいっていえば美弥子らしいけど。
「……結城、ちょっといいか」
「はい?」
「ちょっと頼まれてほしいんだが……荷物運びなんだがな」
あれっ、先生。美弥子に頼みって、そんなことですか?
「せんせー。そういう力仕事は男子に頼んで下さい」
ほら。
「そ、そうか。わかった」
でも、先生……困ってるみたい。困ってるよね。あたしでよければ、かわりになろう。
「……あの、先生。あたしでよければ手伝いますけど」
「お、そうか石上。助かる」
「あーきーこー」
「で、でも……美弥子ちゃん」
困ってる人はほおっておけないよ。
「あーあ。しょうがないなあ。秋子があんなこと言うんじゃねえ。あたしも手伝いますか」
ありがと、美弥子。
「ははは、ふたりともすまん。じゃ、あとで職員室へ来てくれ」
「はい」
「はいはいっと」
……がらっ。
「ふう。……まったく秋子ってば、人がいいんだからあ」
「で、でも、なんかすごく困ってそうだったし」
「それを人がいいっていうのよ。……ま、でも、そこが秋子のいいところなんだけどね」
「え?」
「さ、さっさと残り片づけていこっ」
「あ、うん」
……でも、なんだかんだいいながら、ちゃんとつきあってくれる。そこが美弥子のいいところ、なんだよ。
「作戦成功。うむ」
「先生。聞こえてますよー」
「お、おわっ」
「美弥子、どうしたの?」
「うん? な、なんでもない。ちょっと悪人退治を」
「はぁ?」
何してたの? 美弥子ってば。
黒板消しをきれいにして、掃除は終わり。簡単なものだけど、ちょっとした貢献。さ、先生のところへ行こう。
こんこん。
「……本吉先生」
「来てやったわよ、先生」
「むう、相変わらず横柄なやつだな、結城は」
「運ぶのって、そのでっかい箱ですか、先生?」
……ふと気づくと、なにやら大きな箱が置いてある。
「そうだ。そこの箱を体育倉庫まで運ぶんだが、中身は軽いぞ」
「軽くても、体育倉庫ってずいぶん遠いじゃないですかあ、先生」
「そ、そうだね……」
遠くない遠くない。わたり廊下の向こうだもの。美弥子、ふっかけてるわね。
「まったく。お人好しのだれかさんに付き合うのも楽じゃないわね」
「な、なんのことかな、美弥子ちゃん……」
「すまんな、結城。実のところ、すでに男子にもだいぶ手伝ってもらっててな。そこにあるのが最後の一個だ」
「あ、そーなんですか。人海戦術ってわけですね」
「少ない人数で往復するより、そのほうが早かろう。というわけでとにかく人数集めたわけだ。すまんな、頼んだぞ」
「はああ。はいはい。……秋子、そっちもって」
「あ、うん」
しかたない。とりあえず、行きましょう。
先生の言った通り、箱はとっても軽かった。ほんとに箱だけじゃないかな、って思うくらい。中身はなんだか知らないけれど。