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三国同盟


赤坂宮が水面下で多様な活動をやっていた間で、表の政府の方では、外交方針が連日議題に上るようになっていた。構造は至って簡単な話で、排日を続けるアメリカはけしからん、が、アメリカからのモノが途絶えると日本はやっていけない、なのでアメリカとは正面切って喧嘩はできない、それなら他の強国と手を結ぼう、そういうことなら、ドイツはどうだ、という流れである。

大多数の世論、そして陸軍、そして主要閣僚の多くはかなりこの流れに乗り気であった。

一方、海軍の中枢は、これに断固反対という立場を取っていた。このメンバーはかつて赤坂宮に談判にやってきたあの三人組である。つまり米内光政海相、山本五十六次官、井上成美軍務局長で、ことあるごとに熱くなった議論に冷や水をかけるような発言を繰り返したので、いつのまに親米海軍三人組とか、国賊三人組とか、陰口をたたかれることになっていた。

そして国士と自称する人物が海軍省を訪れては大臣に会わせろと騒いだり、さらには一部の過激な右翼に付け狙われるという事態も発生したのである。

そんな状態になっても、ドイツとの提携には断固反対する、というこの三人の主張は一向にゆるがなかった。彼らの言によれば、ドイツと提携すれば、必ずアメリカを敵に回すことになり、日本はアメリカには勝てず、極めて危険な状態になる、というものだった。

外交方針は幕府が決めるものなので、政府部内や議会、あるいは軍でどんな意見があっても一切関係ないから、この三人が持論にこだわっていてもいなくても、実際には何の関係も無かった。

幕府は何ら本件に意見表明はしていなかった。日本政府での幕府の位置づけは天皇の統帥大権の代行機関である。マスコミは近づくことすら許されていなかった。

なので新聞の紙面には政府、内閣の意見が国民を賑わすことになっていたのである。

年末に阿部信行首相がこの騒がしさに嫌気がさしたのか、わずか半年で内閣を投げ出した。後任の首相として誰に大命が降下するかが俄然注目されたのだが、その結果は大いに世間を驚かせることになった。よりにもよって米内光政海相に組閣の大命が降下したのである。

これは天皇もしくは幕府が米内海相たちの持論を支持したものと一般には受け取られ、ドイツ熱に浮かれた世論が少し沈静化することになった。

こうして昭和十五年(一九四〇年)の年が明け、アメリカとの間に結ばれていた日米通商航海条約が失効し、日米間にはなんら交易のルールが存在しない状態になった。すぐに貿易が止まることはないが、いつ何が起こってもおかしくない状態に陥ったのである。

赤坂宮は国内の議論を聞いていたが、自分からは誰にも何の意向も示さなかった。彼の視点からするとルーズベルトの腹は読めていたのである。米内達の観察、ドイツとアメリカは相容れないということには是認していたが、ドイツと日本が提携しないからと言ってアメリカとの戦さを避けられるとも思っていなかった。なので結論から言えば、どっちでも良かったのである。

三月、フィンランドに侵攻していたソ連がフィンランドと講和条約を結んだ。フィンランドはポーランドとは一味違い、地の利を活かしソ連軍に大きな損害を与えたのである。

要するにフィンランドに攻め込んだソ連軍は大したことはなかったのである。スターリンにすれば認めたくないことだが、フィンランド侵攻軍は、ジューコフを極東に追いやった後につけた、共産党入りした旧帝政ロシア軍指揮官に率いられていた部隊だったのである。近代的な軍事顧問団に教育を受けたジューコフとは質が違っていたのだった。侵攻軍主力をひどく傷めつけられたスターリンはひとまず完全攻略を諦め、フィンランド領の一部を得るということで妥協したのだった。その後、改めて軍の配置転換を行い、ジューコフのようなドイツ軍事顧問団由来のエリート将校を呼び戻し前線指揮に戻したことは言うまでもない。

一方のドイツはポーランド戦を一ヶ月で終わらせた後は静かにしていた。少なくとも陸の上では。しかし海の上では話は違った。ポーランド戦が終結する前、九月三十日にドイツを離れたポケット戦艦グラーフシュペーは、闇に紛れ嵐に紛れてイギリス海峡を抜け、大西洋に進出し、イギリスへの物資を運ぶ商船を狙う通商破壊作戦を行っていたのである。

ただドイツ海軍は貧弱でイギリス海軍と真っ向から戦えるわけはなく、この作戦は軍事行動と言うよりも海賊に近かった。つまりイギリスフランスの商船を襲い、物資や燃料食料を奪いながら任務を継続するのである。そしてイギリス本国からイギリス艦隊を遠くへ引き離すのが真の狙いであった。実際、グラーフシュペーが活躍したのはもっとも輸送量の多い北大西洋ではなく、南大西洋やインド洋だった。広大な海域を単艦でほっつきまわるポケット戦艦は発見するだけでも厄介であり、現実にイギリス海軍は、大西洋艦隊の大部分をこのちっぽけな戦艦一隻の探索に充てなければならなくなった。南大西洋とインド洋で次々とフランスイギリスの商船が餌食になったからである。

が、グラーフシュペーの悪運もそう長くは続かず、南米ウルグアイでイギリス海軍に追い詰められ、グラーフシュペーは自沈して果てた。十二月のことである。つまり実に三ヶ月に渡ってほぼ一隻でイギリス海軍を翻弄し続けたのだ。

これに味を占めたヒトラーと海軍提督レーダーは、第二第三のポケット戦艦や、外見は商船だが中身は巡洋艦という武装商船を次々と大西洋に放ち、これによってイギリス海軍は大西洋インド洋を駆けずりまわされることになっていたのである。

イギリスの海軍力が英本土から遠く離れた状態になったのを見てヒトラーは北欧に手を出した。デンマークは一日で陥落し、続いてノルウェーもほとんど抵抗らしい抵抗もできず、ドイツ軍の手中に落ちた。東欧に続き、北欧も独ソの縄張り協定通りの国境線が完成したのである。

これによりドイツは後方のソ連からの必要物資、資源をイギリスフランスに一切邪魔されずに手に入れられることが可能になった。またスカンディナビア半島からは豊富な鉄がもたらされたのである。

この北方作戦はまさに電撃戦であり、イギリスフランスが何かをする時間はないままにすぐに戦闘は終結していた。

ノルウェイ攻略は手薄のイギリス海軍の隙をかいくぐり海上輸送で行われたのである。

ノルウェイの失陥はイギリスの世論を沸騰させ、チェンバレンは首相の座を明け渡した。本来なら失態を起こした海軍の責任者であるチャーチルが責任を問われるところだったはずなのだが、与野党、国民すべての判断は違っていた。責任を負うべきはチェンバレンであり、ヒトラーと戦える男としてチャーチルが選ばれたのである。まさにヒトラーと戦うために首相になったわけだ。

こうしてイギリス近海を手薄にすることの危険を悟ったイギリス海軍は英本土近辺に相当な戦力を常駐せざるをえなくなり、ドイツの商船破壊を阻止することがいよいよ難しくなった。

どう見てもヒトラーの完勝ペースである。

ノルウェイが片付くと、ドイツの次の狙いは誰の目にもフランスだと考えられていた。

本来ならポーランド戦終結後すぐにフランス国境に目が向いていたのだが、それが欺かれて先にノルウェイが落とされたとも言える。なので今度こそ、ということでいよいよ世界の注目が独仏国境に集まることになった。が、何故か一向に戦闘にならなかったのである。

実はドイツ軍内部で様々なミスが重なりフランス侵攻作戦が大幅に延期されていたのだ。一方、そんなふうにドイツがもたついている間に、イギリスは陸軍をフランスへと移動させ、ドイツへの逆侵攻の準備を整えていた。そして大陸で主力となるフランス軍の準備さえ万全ならいつでも侵攻できるという状態に先になっていたのだが、何故かフランス軍の準備が一向に進まなかったのである。

ずっと後になって分かったことだが、この時フランスの防衛を担っていたフランス軍総司令官ガムラン大将は梅毒に冒され第四期にあったのである。まともな判断は期待できなかったのだ。

作戦計画書が異様に多すぎたり細かかったり矛盾していたりとあらゆることが起き、これがフランス軍の戦争準備を大幅に遅らせていた。それでも皆文句を言わなかったのは、結局マジノ戦という要塞をドイツが越えられるわけがないと信じていたからであった。また、戦車などの主要兵装については、フランスこそかなり進んでいて、主力戦車などを比較すれば、ドイツよりも優位にいたことは間違いなかったのである。

違っていたのは作戦とその運用方法だった。フランス軍の戦車は歩兵の補助であり、作戦は軍の移動による面の制圧ではなく、築城して地域を制圧するという古典的な考え方に基づいていたのである。

ヒトラーは馬鹿正直な男ではない。難しい要塞攻略などを命じるはずもなく、マジノ戦に立てこもるフランス軍などは一切無視し、ベルギーオランダ国境にドイツ機甲師団は殺到し、これを簡単に制圧すると平野を抜け、あっさりとフランス領に入り、海岸近くに布陣していたイギリス軍を包囲するように右旋回してフランス軍とイギリス軍の間にくさびを打ち込んでしまった。

さらにマジノ線の北側に位置するアルデンヌの森を突破し、マジノ線を裏側から取り囲んだ。

かくてフランスは首都パリとベルギー方面に展開していた英軍、マジノ線に立てこもるフランス軍と三分割されるとともに補給線がズタズタに分断される事態に至った。要塞には防御できる方向というものがある。裏側に回ったドイツ軍に対しマジノ線は全く無力だった。撃破、降伏する部隊が相次ぎ、フランス軍は崩壊した。

一方、イギリス軍とフランス軍の残余の一部はドイツ軍の右旋回行動によって、ベルギーフランス国境近くのダンケルクの海岸に追い詰められることになった。こちらの方は、背後に控える海の制海権をイギリスががっちりと抑えていたことが救いだった。

チャーチルはダイナモ作戦と呼ぶ撤収作戦を実施し、ドイツ軍の包囲からまんまとこのイギリスフランス混成軍をイギリスへ撤退させることに成功した。ヒトラーが怒り狂ったことは言うまでもない。

とはいえ、勝者がドイツであることは間違いない。

大陸での戦闘は五月中には終結し、六月はフランスの分裂とセレモニーの時間となった。

ダンケルクからイギリスに渡ったドゴール将軍の亡命フランス政府と、パリをドイツに明け渡し首都をヴィシーに改めたヴィシー政権である。首相のレイノーから政権を引き継いだペダン元帥が率いていた。ダンケルクからイギリスに逃れた部隊を除けばフランスは全軍が捕虜になったようなものであり、ドイツへの抗戦意欲は失われていた。そのため憲法を改め、まさにフランス版ナチス党が率いるような国に変わったのである。これにはヒトラーも驚くことになった。当然ドゴールは猛反発し、以後ヴィシー政権とは対立することになる。

とにかくスペインは元々ドイツに近いフランコ政権であり、西ヨーロッパ全域がドイツとドイツの友好国になったことは間違いなかった。フランスは戦闘開始後、ポーランド同様僅か一ヶ月でドイツの軍門に降ったのである。

イギリスの撤退、フランスの降伏、ドイツの躍進のニュースは当然世界中を駆け巡った。

ドイツは強く、負けない。このイメージが広く行き渡った。そしてヨーロッパの中で一カ国孤立することになったイギリス。イギリスの運命は風前の灯火と映っていたのである。

日本では、かねてよりくすぶっていたドイツとの提携を求める声が世論、マスコミ、陸軍などから上がっていた。なにしろ首相はその反対派の急先鋒だった米内である。政府批判の格好の材料だったのである。外交姿勢がイメージをリードした結果、内政にこれといった問題は無かったにもかかわらず、民心を落ち着かせることがむずかしくなった。そして倒閣を求める声に押されるように再び近衛文麿が赤坂宮を訪ねる場面が多くなってきた。

「殿下が、ドイツ提携をお認め頂けるのであれば、私が再び首相になりドイツとの提携を現実のものとし民心を落ち着かせましょう。米内閣下にはそれはできません。陛下もさぞやおつらいことでしょう」

と言うのが毎度の口癖である。

赤坂宮はほとほと面倒くさくなってきていた。

本来内政のことに口を差し挟むつもりはないのである。

ジューコフが幕府に参加するようになり、幕府の他の要員がソ連の共産主義体制ってどうなの、とジューコフにいろいろと質問をするのを目にした。もちろん赤坂宮もその共産主義という言葉がいったいどんなものなのか、本当のところは何も知らなかった。ジューコフは、こう答えたのである。

「あれは全員が強制的に信じなければならないという宗教です。関わり合いにならなければそれでよし、不幸にして関わったら信者になるしか生きる道はありません」

共産主義とは何たるか、などと解説されていた本には絶対にないような言葉がいきなり飛び出したおかげで、以後共産主義を論じるのは無意味ということになった。要するに権力者が権力を維持するための道具だと公言したようなものだったからだ。そんならヒトラーの新秩序と何がどう違うんだ、程度の話と赤坂宮が受け取ったのである。その場にはいなかったが、もし瀬島がいたなら天下布武と同じモノだと喝破していただろう。

現代の天下布武、それが共産主義なのである。もっとも赤坂宮は自分のことは見事に棚に上げて、共産主義とは一向宗のようなものか、とまた独自解釈を行っていた。

そのいろいろと分からないことの多い共産主義という言葉に踊らされる議会政治というのは、わからずやが大挙してなんかやっている得体の知れないものだ、という認識が赤坂宮の脳内ではだんだん支配的になっていった。投票という仕組み自体は面白いとは思っていたようだが。

とにかく内政の話は面倒くさいことが多く、あんまり聞きたくないのである。近衛に根負けした感じで、赤坂宮は折れ、近衛の願いは叶えられた。

ドイツとの提携入りを支持し、近衛に組閣の大命が降下するように計らったのである。

元々近衛という人物は貴族出身の癖に、大衆政治家的なのである。こうすれば人気が取れるという点を見抜くのがうまかった。

たちまち三国同盟をまとめ、それを得意気に発表したのである。


これを海の向こうから祝福していたのがルーズベルトである。

「こんなに早くフランスが崩壊するとは思わなかったが、これで日本がドイツ側に立つとうなら満更悪い取引ではなかったな。次はどうやって日本を戦争に引きずり込むか、だけだな」

と側近に語っていた。


ドイツベルリンでは、三国同盟締結の祝賀パーティが開かれていた。

ドイツの日本、イタリアの将来に栄光あれ、というわけで、景気のいい話が目白押しになっていたが、実はヒトラーとナチス党の党幹部は今一つ浮かれることができなかったのである。

この八月、ヒトラーの命を受け、ゲーリングは英本土空襲作戦を敢行した。ドイツ空軍だけでイギリスを屈服させると広言し、ドイツ空軍の全力を投入したが、結果は出せなかった。

逆にドイツ空軍の損害ばかりが目立つようになり、ヒトラーはこの三国同盟成立と相前後して、ゲーリングに英本土空襲作戦の中止、さらに英本土上陸作戦の無期限延期を指示していた。

もちろん日本側はそれを知らない。ずっと後になって知らされていた。


赤坂宮は最近はほとんど常時、ジューコフと彼の通訳を付き従えていた。そこに時々瀬島が加わるのである。

ヒトラーとドイツ軍の動きをジューコフはどう見ているか、そしてスターリンならどう見るか、というのが大きなテーマだった。

「ドイツ空軍とゲーリングは大きな誤算だったでしょうな、ヒトラーにとっては」

「空軍、航空機の攻撃能力に問題があったということかね?」

「航空機を防ぐには航空機、おそらくイギリス空軍が相当頑張ったのでしょう。それを制圧しないことには、ノンビリと爆撃なんかできませんよ。戦闘機なら敵戦闘機を躱せるかもしれないが、地上にまともな被害を出せるほどの爆弾は全く積めません」

「なるほど、敵戦闘機を殲滅した後でないと爆撃はできないか。奇襲ということはありえないのかね」

「イギリスはドイツ以上にレーダーの技術が発達していると聞いています。おそらく世界一と言っていいでしょう。だからかなり遠方から侵入に気づかれてしまい、おそらく戦闘機に待ち伏せを食らうというようなことになっていたのではないかと……」

「レーダーか。なるほどね航空機による奇襲は無理と……。それでヒトラーはもうイギリスを諦めるんだろうか」

「いや、それはないでしょうし、チャーチルもドイツと講和などは絶対にしないだろうと思います。単に順番を遅らせたということでしょう」

「つまりそれはイギリス海軍は手におえない、ということか」

「その通りです。ドイツが海の上で優位に立たないとイギリス攻略は結局無理です。しかしイギリス海軍を上回るのは容易ではありますまい……」

「我が日本海軍ならどうかね、イギリスを落とせると思うかね」

「それは……。申し訳ありません。不勉強で全くわかりません。ロシア海軍は日本海軍にコテンパンにされた歴史がありますから……」

「そうらしいな。あんまり詳しくは知らないが」

「は???」

「いや、何でもない。それよりも今回ドイツは三国同盟を我が国と結んだ」

「はい、そのようですな」

「ヒトラーは何を考えたと思う。何故今日本と手を結んだか?」

赤坂宮の机の前にジューコフと通訳、そして瀬島が三人並んで立っていた。

最初は机越しに椅子に腰掛けて会話をしていた赤坂宮だったが、この質問をする直前、椅子を回して背後の窓から外を眺めるように背もたれをジューコフたちに向けてしまっていた。まるで自分の表情を見せたくなかったかのように。

質問が訳されて、ようやくジューコフがその意味を理解しおえるまで、かなり時間が経っていたように瀬島には感じられていた。そして瀬島自身も赤坂宮の質問の意味がよくわからなかった。

「……まさか」

「君にも意外だったかね。スターリンもヒトラーを信用していたのかな。私にはそっくりさんに見えるんだが。ヒトラーの考えはイギリスに目を向かせている間に東の戦争を準備させる、だから英本土無期限延期という宣言を公表したんだ。自分の負けを堂々と認めるような発表をわざわざやるのは、敵を欺くため、違うかね」

赤坂宮の言葉にジューコフはただ押し黙るほかなかった。

瀬島にもようやく赤坂宮が何を考えていたのかが分かった。

再び椅子を回し、ジューコフ達の様子を暫く眺めた後、さらに赤坂宮が言葉を繋ぐ。

「少なくとも私がいる間は、日本からソ連に手出しするつもりはない。それにもともと日本はソ連に大した興味はない。三国同盟はあくまでもアメリカへの対抗意識だけで結んだようなものだ。実態はおそらく逆でアメリカ側が結ばせたがったはずだが。お調子者の近衛なんかはまんまとそれに乗らされただけだ。だから人気取りの道具ぐらいにしか三国同盟を見ていないよ」

「……さようですか……」

「しかし、日本がこのまま平和でいられる可能性も少なくなった。ルーズベルトがこんなおいしいエサを見逃すはずはないからな。君にはしばらく海軍と一緒に働いてもらうことになると思う」

「ご随意のままに……」

「ついては君と一緒にいた将校団だが、身の振り方を決めるのを急がせたまえ。おそらくあまり残された時間はない。いろいろと難しくなる」

「は、それでしたらもう決まっています。全員、私の下に残ると明言いたしました」

「そうか、それは良かった。では改めて君と君の将校団専用の仕事を準備しよう。せいぜい励んでくれたまえ」



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[一言] 結んじゃうんだ…三国同盟。
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