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乱世の奸雄たち

その頃、ホワイトハウスでは秘書官が大統領に手紙を届けていた。

「手紙が一通? 見たところ普通の私信のようだが。これを読めというのかね。差出人は……、アルバートアインシュタイン? ロンドンから。 物理学者だったか?」

「現在イギリスにいる相対性原理で有名な物理学者です。もともとはドイツにいたようですが、ユダヤ系ということでイギリスに逃れたようです。手紙の要約はこちらのメモに一応まとめております」

「君がそこまで読んで欲しいというのなら、よほど面白い中身なんだろうな……」

ルーズベルトは老眼鏡を取り、まず秘書官のメモに目を通した。そして目に飛び込んできた単語の意味を確認するように何度も同じ文を小さく口の中で呟き返した。

そして内容を完全に理解した後、秘書官に顔を向けた。

「君、この手紙に書かれていることは、これは本当にありえるのか」

ルーズベルトは表情を変えていた。ほとんど顔面蒼白になっていた。

「内容をまず大統領に知ってもらうのが先と考え、この手紙の存在は誰にも明かしておりません。従って事実かどうかの確認もまだ」

「なるほど。それが賢明な判断というものだろう……。口の固い、信頼できる学者と、そうだなハル国務長官の意見が聞きたい。それもできるだけ早く。アレンジしてもらえるか」

「かしこまりました。では、最優先ということで……」

「うむ、そうしてもらえると助かる」

その週の終わりにホワイトハウスの小さな部屋に五人だけの小さな会議が開かれていた。

「どうもアインシュタイン博士は署名だけで実際に書いたのはレオ・シラードという亡命ユダヤ人学者だそうですな。が、書かれている中身の信憑性はかなり確度の高いものだと、ロンドンから報告がありました。この六月に爆発の裏付けとなる理論計算ができたという報告とドイツでの研究が進んでいるという報告があって、それを知ったレオ・シラードがアインシュタイン博士の手紙なら大統領にも読んでもらえるのでは、ということでアインシュタイン博士に署名を頼んだそうです」

「そうか。要は事実なのか……。いかにもヒトラーが飛びつきそうな話ではある。こんなものをあの男が手に入れたら、それこそ世界は終わるぞ。フランスとイギリスはなんでドイツを放置しているんだ?」

「パリもロンドンも全然戦争の雰囲気じゃないとか。ミュンヘン合意でうかれているようです」

「戦闘が始まってからでは遅い、ということがダラディエやチェンバレンにはわからんのか」

「例のマジノ線の要塞に絶対の自信を持っているんでしょうな、フランスは。確かに攻め込むよりは要塞で迎え撃つ方が簡単ですから」

「なら、いいのだが。あんまり頼りにならないと感じるのは私だけかね。しかしそれがうまくいっても、こんな兵器が出てきたらそんなもんは吹っ飛ぶだろう」

「それは、そうでしょうな……」

「ならばだ、イギリスフランスがドイツに降伏した後という場合を本気で考えておかないといけなくなる……。つまり、アメリカが単独でドイツと戦うという場合だ。そんな状況になってもまだなお中立法が残っていたら、ドイツに我が合衆国もやすやすと蹂躙されかねない……。ハル君、違うかね?」

「閣下のおっしゃる通りでしょうな。残念ながら世論調査でも国民の大半はヨーロッパの戦いに無関心です。そんなものに首を突っ込むべきではないと。元々ヨーロッパが居づらくなって合衆国に移民してきた者が多いですからな。ヨーロッパにいい思い出があるという者は少ない。そしてこんな兵器をドイツが持っていると知ったら、なおさらでしょうな」

「我々はどうすべきかな?」

「やはり同じものを持つべきでしょう? それしか対抗策が思い浮かびません」

「作れるかね、ドイツと同じものが?」

「残念ながら、かなり難しいでしょう。合衆国はまだまだドイツやイギリスに比べたらこの方面の研究はかなり遅れております。ですが、もしイギリス、それとドイツから亡命してきたユダヤ人研究者の協力が得られるのなら、あるいは……」

「あるいは、か。あんまり芳しくない響きだな。となるともう一段の保証が欲しい」

「保証といいますと?」

「イギリスとフランスに頑張ってもらって、ヒトラーをできるだけ早く打ち砕かせることだ。スターリンが向こう側についた以上、かなり分が悪いが、何が何でもそれをやってもらうしかない。それを何とかするという意味でも我が合衆国の対ドイツ宣戦布告は早期に実現せねばならないのだが……。なんとかならんのか?」

「そうなるとやはり日本を追い詰めるのが適切でしょう。日本では反米感情が高まっています。が、我が合衆国に資源を頼っているという事実が重く単独でアメリカには立ち向かえないとする識者が多く、その解決策の一つとして、ベルサイユ条約打破を掲げ、新秩序の立役者ドイツ接近を唱えるものが増えています。実際日本政府内ではドイツとの同盟条約締結を求める声が大きくなっているとか」

「なるほど、それはいい。ではドイツとの提携がなされた後に、日本が合衆国を攻撃してくれば、堂々とドイツと戦える状況が整うわけか」

「おっしゃる通りです。まず世論は日独を叩けとなるでしょう」

「だが、日本がそんなに簡単に合衆国に戦争をしかけてくるだろうか。前に中国大陸での日本は無法者だと、アジってやったら、日本はあっさりと中国大陸から手を引いた。まさか演説一本で簡単に軍を引かすとは思わなかったぞ。思ったよりも日本は慎重なのではないかね。ドイツとの提携もこうなると怪しいな」

「その部分は先日手に入ったパープル情報によるとですが、ソ連が満州侵攻を企てて、それを撃退したようです。日本はソ連のこの計画を知っていたから、急遽中国から兵を引き揚げたのではないかと」

「ソ連が、そんなことをやっていたのか。全くヒトラーといい、スターリンといい、どこでも侵略するつもりでいやがる……。こうなると日本はまだマシな方か」

「いやいや、取りやすいところを抑えているだけですよ」

「それを言ったら合衆国も同じですが」

「君、それはやめたまえ……。口が過ぎる」

「し、失礼いたしました……閣下」

「今後の対日政策はどうなっている」

「通商条約の破棄予告をまもなく行います。そしてその後については検討中ですが、どこかでくず鉄輸出を止め、石油を止めるというのを考えております。この二つでおそらく日本は詰みますな。後はやけくそになって戦争に踏み切るか、あるいは全面降伏か、そんな幕引きになると考えております」

「戦わずして全面降伏はちと都合が悪い……。まあ日本人のプライドは高いからその心配はないか。中国人なら平気でそれぐらいやりそうだな、実利さえ与えれば。よろしい、それを遅くとも来年の終わりまでにやりたまえ。それで二年後にドイツとの戦争に入れる。それまでに、いやとにかくヒトラーより一刻も早く、この新型爆弾を何としても確保する。すぐにイギリスに協力を仰ぎ、チーム編成と人選に入らせたまえ」

こうしてホワイトハウスの対日方針が事実上決まった。


七月、新鋭空母「飛龍」の就役を祝うニュースをかき消すように、アメリカから本年末をもって、日米通商航海条約を打ち切るとの、条約に従った半年前の事前予告が寄せられた。

政府そして民間企業などにとっては晴天の霹靂であり、改めて依存先として巨大な存在であったアメリカの排日運動の根深さを国民の心に刻み込むこととなり、結果として湧き上がった反米感情に国内全体が騒然とすることになった。

一方、赤坂幕府の内部はこれとは少し反応が違っていた。これは予想の範囲内の出来事だったのである。従って、予想通りのスケジュールで予想通りのアクションが取られた、と冷静に受け止められていた。ルーズベルト政権の動きは完全に読まれていたのである。ただしさすがに新型爆弾の情報には接していなかった。赤坂宮はルーズベルトの日本嫌いが元々の原因なんだろう程度の理解しかしていなかった。

が、次に起こったイベントは赤坂幕府にとっても意外だった。日本は三年前、即ち昭和十一年(1936年)にドイツとの間で日独防共協定を結んでいた。そしてこれをテコにノモンハン侵攻の際のスターリンの欺瞞を黙らせたのだった。が、そのソ連がドイツとの間で不可侵条約を結んだのである。

司法官僚上がりの平沼首相にとって、日本との間で防共協定を結んでおきながらその想定している敵国ソ連と不可侵条約を結ぶドイツのやり方は全く理解できないものであったことは言うまでもない。

自分には国際社会の中で日本の舵取りをする自信はないと即座に首相辞任を発表してしまったのである。周囲が止める間もなく、という言葉通りの事態で結局、悪い意味でかなり適当な人選がなされ、後任として陸軍の阿部信行大将に組閣の大命が降下した。

もっとも赤坂宮は、平沼はいったい何が気に入らなくてやめたんだ? と逆に首相の辞任の意味が理解できないような風であったらしい。

しかし独ソの接近に幕府が気がつかなかったこと自体は、かなり気に障ったらしく、各国の政治面での情報収集とその解析に当たっているチームに対し、かなり厳しく叱責を行うことになった。

もちろん赤坂宮は知らなかったが、少なくともルーズベルトには出し抜かれていたのである。

が、このことはスターリンとヒトラーというドイツ、ソ連それぞれの指導者がどういう人物なのかをかなり深く赤坂宮に悟らせることに繋がった。もちろん細かいことは分からないが、気分から言えば、信玄と謙信、いや、曹操と呂布を見た気になったのである。

アメリカで知ったルーズベルト、そして今回のスターリンとヒトラー、赤坂宮の頭の中の盤面に着々とこの時代を動かしている駒が揃えられていった。

そして赤坂宮の目がそこに留まった瞬間に動いたのがヒトラーである。

九月一日、ドイツ軍がポーランドに侵攻したのだ。そしてやや遅れてソ連軍が東からポーランド領へ侵攻したことが伝わる。独ソ不可侵条約の真の狙いが明らかになった。ポーランドいや、東ヨーロッパのほぼ全域、北から南までの独ソ間の分割縄張り協定だったのである。

これこそ赤坂宮の思い描いた通りのスターリンとヒトラーであった。

スターリンは二正面作戦を嫌ってドイツと結び、ヒトラーも同じように二正面作戦を嫌ってスターリンと結んだのだ。イギリス、フランスは結局、ヒトラーからもスターリンからも信用されていなかったのだ。

昨年のミュンヘン会談を主催しこれをもって世界を破滅から救ったと自画自賛していたイギリスのチェンバレンにとっては完全に面目を失う結果である。

その翌日、イギリスはフランスとともにドイツに対し宣戦布告を行った。第二次世界大戦の始まりである。

そしてここにもう一人、新たな駒が登場した。ウィンストンチャーチルである。彼は第一次世界大戦で早くから対ドイツ宣戦布告をとなえ、一貫してドイツをイギリスにとって危険な存在と規定し、戦いぬいた男であるとともに、ヒトラーの反ユダヤ主義とは真っ向から対立するシオニストとしても名を売っていた。

第一次世界大戦後イギリス国内での政争に敗れ長く在野に追いやられていたが、反ドイツの急先鋒のシンボル的存在の地位はいささかもゆるがなかったのである。

チェンバレンとしては手強い政敵の筆頭でもあったが、彼を起用しないわけにはいかなくなったのである。こうしてチャーチルは満を持した形で海相としてイギリス指導部に復帰したのだった。

このように独ソのポーランド侵攻によってかねてより水面下で準備されていた戦争に向けた準備行動が一気に表面化したのである。

ポーランドはわずか一ヶ月で軍が抵抗をやめ、政府は亡命をした。

同じ時期、日本とソ連の間でノモンハン事件についての手打ちが密かに行われた。

赤坂宮からすればスターリンは分かりやすい男だったのである。

そしてスターリンは十一月に入るとこれまた予定通りとばかりにフィンランドへ侵攻していった。

赤坂宮に言わせれば、スターリンもヒトラーも時間を無駄にしない仕事熱心な男たちだった。

一応辛うじて機能していた国際連盟はソ連を除名処分とすることを発表した。

が、最初からアメリカは参加していない、日本も脱退した国際連盟の利用価値などもともと少なくソ連にダメージらしいダメージは与えられなかった。


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