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ヨーロッパの禊ぎ

クイビシェフの執務室でスターリンがこの問題をモロトフと再び協議したのはそれから十日余り経った頃である。

スターリンは取り寄せた資料を読み、織田信長なる人物が過去何をやっていたのか詳細に頭に叩き込んでいた。仮に本人では無く単なる織田信長カブレの狂人であったとしても赤坂宮の今後の行動を占うには有用だろうと考えたからだ。

日本が分裂して戦っていた時代、一地方の中小豪族に過ぎなかった存在が兄弟や身内を相手にした内部抗争を皮切りに、人生のほとんどの時間を戦争に次ぐ戦争を繰り返して過ごし、日本全土を統一する道半ばで部下の裏切りに会い倒れた存在。

これがスターリンの頭にインプットされた信長情報である。

そして有名な桶狭間戦で、大軍の隙をついて敵将の首を取った奇襲攻撃は、まさに今回のベルリン急襲を彷彿とさせる話だったと、辻褄が予想外に合ったことに驚いていた。


ヒトラーと面会したことは一度も無かった。

スターリンはそれでもヒトラーがどういう男なのか、リッベントロップやシェレンブルグ駐ソドイツ大使を通して一応理解できたつもりでいた。それがあったから独ソ不可侵条約を結んでしまったのだが、それは、ある意味ヒトラーという男が分かったと思ったことが呼んだ油断だったとも言えたのである。

ヒトラーが意図してそう対応していたかどうかはともかく、ハッキリしているのは、ヒトラーはなんとかスターリンを嵌めようとしていたことだ。

一方、赤坂宮は面会を申し込んでおきながら、会ってみればいきなりお前は敵だと面と向かって言い出したのである。

つまり欺瞞などどこにもない、直球勝負だ。

そのうえスターリン自身も見落としていた外部から見たソ連と今後の展望を語ったのである。

これは一種の利敵行為だ。

まるでこどもにチェスを教えている親の姿である。

だから、敵になる、と相手が告白するのを待つのである。ということは戦争になったら必ず勝つという自信、というよりも確信を持っているということだ。

一見するととても外交交渉とは呼べない会談だった。

恫喝しておきながら、相手がまだ気がついていない弱点をわざわざ教える。

外交交渉の常識では測れない行動である。

どんな間抜けならこんなことができるのか。

しかしスターリンの目に映った赤坂宮はそんな間抜けにはとても見えなかった。

とんでもない愚者の行動を敵の目の前で堂々と行う一国のリーダー。

少なくともスターリンの知る常識にはこの説明に該当していそうな物語は全く無かった。

どう対応すべきか全く判断ができなくなった。

心情的に追い詰められたと言ってもいい。

その悲鳴となった叫びがあの「お前はいったい何者だ!」という質問だった。

それに対して与えられた答え、「織田信長」。

その日本史の中に描かれていた信長像はまさに赤坂宮のイメージとしてピッタリ符合していた。

親も家臣も兄弟も心配したほどの大うつけもの。まさにその通りだ。


そうか、日本には本当の意味でのプロの戦争屋がいる、ということか……。

ヒトラーも自分も、織田信長と比べてみれば、素人の戦争屋だ。軍備を整えるにしても、開戦するにしても復興するにしてもまだまた何もかも初めてのことばかりで失敗の連続だった。

用兵、武器の選択、敵味方の選択、何をとってもまだまだ手探り状態なのだ。

しかしあいつは違った。もしあいつの言を信じるとすれば、ノモンハンにしても、この第二次世界大戦にしても、彼の生きた時間の中では何度も何度も繰り返された戦さの一つに過ぎないのだろう……。

戦争を偶発的な事件ではなく、ゲームのように見ている男。

ヒトラーは戦争を企画したが、そういうふうに戦争を目的にしてはいない、目的は領土であり資源であり、そして民族浄化であって、戦争はそのための手段にしかすぎなかった。

しかし赤坂宮はそうではない。

赤坂宮はまるでゲームをしませんかと誘うようにスターリンに戦争の話を持ちかけてきたのである。

しかもそれでいて純粋な軍人ではない。

軍略とは言えそうにないことまで計算に入れている。

国の地勢や庶民というものの生き方、宗教、金の流れなど多角的に国を見ていた。

それだけでなく、それぞれの国の未来の姿まで見ていた。

スターリンの今置かれた立場、条件、弱点、あらゆることを見透かしていた。

まさに日本史の中に現れる信長である。

ジューコフが簡単に負けたのもおそらくそれが理由だ。

ジューコフは純粋な軍人だった。軍人ではあの男を越えられないのは当たり前だ。

たとえ新兵器やら大軍やらを用意できたとしても、プロとアマの差を埋めるというのは容易ではない……。こちらが考えそうなことにはすべて対策が打たれると思うべきだ。

これが最終的に導き出されたスターリンの結論だった。

「同志モロトフ君、わしは外交戦略を変更することに決めた」

「それは日本と決戦をするということですか?」

「いや、その逆だ。日本との戦いは絶対に避ける」

「……日本軍が強いから、ということですか?」

モロトフがこの質問をするとスターリンは穏やかに笑みを浮かべてとんでもないことを言った。

「まあ、そうだな。君は信じないだろうが、日本の天皇には死人を過去から呼び出せる秘術があるそうだ。そんな国と戦って勝てるとはとても思えないんだよ」

「まさか、そんな」

モロトフは内心、スターリンが冗談を言ったのを初めて聞いた、という気になっていた。

「ま、それはともかく日本と戦端を開けば、イギリス、フランス、ドイツ、ブラックアメリカ、メキシコ、満州国、バルカン諸国と一斉に敵にまわすことになる。こんな不利な状況で戦争などやれるわけがないだろ。とにかく今は我々は勝ち組にいるとはいえ、かつてヒトラーと一緒になった元共犯者と見られているらしい。放置しておけば必ず来年には攻めかかってくるそうだ」

「へ、あの男がそう言ったので?」

「まあ、そういうことだ。ヒトラーと結ぶ前の状態に戻し、それとユダヤ人の味方になってやれと言われたんだよ。具体的な形で世界に恭順の意思を示せと」


それから二週間後、世界が平和な中で迎えたクリスマスの日、ソ連の発表が世界を驚かせた。

ソ連邦は、ナチスドイツとの条約で自国領としたポーランド領を返還すること。

ソ連邦はバルト三国からも撤収しこれらの国を独立国として認めること。

ソ連邦はクリミヤ半島を分離し、ここにヨーロッパユダヤ人のための国、イスラエルの建国を認めること。


ソ連のこの発表は、まずヨーロッパ全体を思考停止に陥らせた。

つまり言葉尻をそのまま信用できない、というのがあって、それでいて、何故こんなことを言い出したのか、それを説明できる理屈が見あたらなかったからである。

つまり、赤坂宮以外のほとんどの世界の有識者は、スターリンが得た領土を自分から絶対に手放さない男だと決めて掛かっていたのである。

だから何を言ったらいいのか分からなかったのだ。

そして憶測も生んだ。

これはソ連政府部内の連絡の行き違いか何かで起こった誤報なのではないかと疑うことになった。

従って、当面の賢明な態度は、「無視」である。下手に何かを発言して、それを後々スターリンに突っ込まれる危険を怖れたのだ。

そんな中、目立つ対応となったことが三つ世界にニュースとして流れた。

一つは、正式な組織ではなかったが、ヨーロッパユダヤ人の作るユダヤ教の司祭が、これを歓迎したい、感謝する、と発言したということ。

もう一つは、ロンドンからポーランドに戻っていたポーランド臨時政府、同じようにロンドンに退避していたバルト三国の亡命政府がこれを歓迎すると発表したこと。

まあ、これらは誰もが理解できる話であり、驚きでは無かった。


しかし、それに続いたニュースは、驚天動地のもの、と受け取られたのである。

日本政府の発表である。

なんとこのソ連の発表を素直に認め、絶賛し、そしてクリミヤ半島にこれから生まれるであろう、イスラエルを含め、新たに生まれる国すべてを承認するというものだった。

バルカン半島諸国も含めフランス、ドイツ、イタリア界隈でのこの日本の発表に対する評価は決して芳しいものではなかった。曰くユダヤのことを何にも知らない日本人だからな、という理解のされ方だった。

つまり、ユダヤ関係の話題自体、ヨーロッパでは触れたくないタブーになりつつあったのである。

それをまた白日の下にさらすような行動ということで、ソ連にしても日本にしても目障りなやつ、とする見方が拭いきれなかった、というのが事実に近いようだった。

赤坂宮は、ヨーロッパの反応が小さいのを見ると直ちに指令を出した。

満州国、バルカン諸国、メキシコ、ブラックアメリカ、ウィグル、チベットに対し、イスラエルの承認発表を直ちに行え、というのである。

バルカン諸国にとっては、初めて人質となったこどもたちの重みを感じることになった事案となった。

事態を正確に把握しているかどうかは重要では無かった。

国際世論の見かけを整えることが優先されたのである。

さらに、ジューコフを通じ、オーストラリア連邦政府にも同様の働きかけをやれ、と指示した。

当然ながら、これらの工作はそれぞれの国の公式手続きがあるからスケジュール的にはかなりバラバラになる。

結果的に、およそ三ヶ月に渡り、イスラエル承認をする国が現れたというニュースが連綿と続くことになった。

西ヨーロッパの世論は、次第に動揺することになった。

ここにさらにヨーロッパ全体を揺るがす事件が明らかになった。

ドイツからオランダに逃れていたアンネフランクという十五才のユダヤ人少女がドイツの北、ベルゲンベルゼンのユダヤ人収容施設から処理寸前に助け出されていた。

この少女はほぼ二年半に渡って逃亡から逮捕、収容された全ての生活を綴った日記を書いていたのである。

それが出版されたのだ。

いわばナチスのヨーロッパユダヤ人絶滅計画の生々しいルポルタージュとも呼べる書物の威力は大きかった。

宗教上のタブーがやっと人道論に打ち破られることになった。

バチカンはもちろん沈黙を貫いていた。

ドイツ政府がまず西ヨーロッパ勢として最初にイスラエルを承認すると発表した。


ヤルタ会談後赤坂宮は何も語らなかったので石原はスターリンとの間でどんな話があったのか知らなかった。

従ってソ連の発表を聞いて一番驚いた人物の一人でもあった。

前後関係から見て、スターリンがあんな発表を出したのは赤坂宮の発言がきっかけになったことに全く疑いは無かった。

が、何をどう言ったらスターリンがこんな殊勝なことをやるようになるのか、いくら考えても思い浮かばなかったのである。

全てを知っているはずの通訳は職業倫理に厚い人物でいくら尋ねても何も話してくれなかった。

もっとも通訳氏にすれば荒唐無稽すぎて口にはできないという面も少なからずあったのだが。

まったく訳が分からん……。


そして黒海派遣艦隊への撤収命令が幕府から出されたことを聞かされ、また驚きを重ねるのだった。

しかし石原の日本への帰国はまだ許されなかった。バルカン諸国から集めた数多くの人質のこどもたちを集め、管理し日本まで連れ帰る任務が与えられていたからである。

おかげでブダペストの総督府はさながら、遊園地のようににぎやかな歓声が連日溢れかえることになり、石原は幼稚園の先生のような毎日を過ごすことになった。



本能寺から来た男3 完


ここまでお読み頂きまことにありがとうございます。本作は一旦ここでお終いとしたいと思います。

続編という考えは無きにしもあらず、なのですが、現代に近づけば近づくほと、いろいろと「小説」として現実のネタを使うことが憚られる場面が増え、また政治的メッセージと受け取られる危険も増えることから創作の場としてはどんどん窮屈になるので、やりにくいなぁー、というのが正直なところです。

もう面倒くさいから地球消滅の日にしちゃえ、という悪魔の囁きが聞こえたりしたのですが、あんまりアホ展開にするとここまでおつきあい頂いた皆さんにも申し訳ありませんからね。

それではまた別な機会にお目にかかれることを楽しみにしております。

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― 新着の感想 ―
 前回第二巻まで読んでいましたが、途絶えていた続編を完結まで読ませていただき、興味深く読みました。荒唐無稽の中に否定できない筋立ての面白さであり、もっと多くの人に読まれいい作品と思い感想を書きました。
[一言] 続きが読みたいです。 他のこの手の戦記ものとは、一線を引く考察に裏付けられるストーリーは、誠に読み応えが有りました。 もっと評価されるべき作品であると声を大にしたいです。 と言う訳で、この後…
[一言] 最高だった。 こういうのをずっと求めていた。
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