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バチカン改革


ヨーロッパユダヤ人絶滅計画の存在には、教皇も大きな衝撃を受けることになった。

その直前まで、教皇はまったく真逆の方向で思い悩んでいた。

ヒトラーを破門したことが結局ドイツの敗戦につながり、それをどのように理解したらいいのか教皇は思い悩んでいたのである。

キリスト教が反ユダヤ思想に大きな影響を与えていたことは否定しようもない事実だ。

つまりキリスト教の教義としてユダヤは一度も許されたことはないのである。従って反ユダヤを実践したヒトラーを罰する道理は無かった。だからヒトラーを破門したのは同じキリスト教を信じる者に対する重大な裏切りということになると教皇は考えていたのである。


ところがヒトラーの行っていた反ユダヤは教皇の考えていた内容をはるかに上回るものだった。

異教徒は皆殺し、などという教義が通用したのはヨーロッパにおいてはルネッサンス以前までである。

さすがに二十世紀では主張できる内容ではない。

しかし、そのことは別に明文化されたり、公認されていたことではないのである。

ただなんとなくそうなっていただけ、というやつだ。

即ち表面的な教義の上では、ナチスのユダヤ人虐殺を非難できる理は無かったのである。

教皇は自身が何を言っても二枚舌になることを悟り、政治向きの発言を一切しなくなった。

ナチスの断罪は結果的に教皇の宗教指導者としての影響力をも弱めていくことになったのである。


瀬島は、バチカンに滞在を続けながら、そんなドイツからもたらされる情報を見、そしてイタリア政府、もはや王政は否定され共和国に変わっていた、の動向を注視していた。

以前、瀬島が懸念していた通りのことが起こっていた。

ローマ以来、政治を技術と見るイタリア人は、利害調整を巧妙に行う能力には長けているのだが、そのせいで抜本的なことの改革は何も進まないのである。

いいこと、悪いこと、全部ひっくるめて変化無し、というのが当たり前に起こっていた。

ただ、以前と違うことが一つだけあった。

バチカンに瀬島がいるせいで、教皇がイタリア政府への影響力を行使できないのである。

サンピエトロ寺院を占拠したのが年嵩のいった指揮官だったら、老獪な教皇庁の手管にかかり、早期に占領終結となっていたかも知れない。

が、何しろ占拠直後から教皇の私室に押し入り、ヒトラー弾劾演説を強要した若い日本人が、ほかでもない部隊総司令官だとわかり寺院側は説得を諦めたのである。

瀬島は元々は陸軍作戦参謀という生粋の軍人であり、服装こそ商社の会社員という姿だったが、それ以外の見た目も言動も血気盛んな青年将校そのものである。しかもキリスト教とは全く関係の無い異教徒だ。

これを説得するというのは教皇庁の人間にとっては容易ではなかったのである。

その瀬島がずっと居座りにらみを利かしているのである。イタリア政府への接触など全くできる状態ではなかった。

これがイタリア国内に多数ある教皇領、およびそれに準じる教会領へのイタリア政府の政策の妨害が入らない、ということにつながったのである。

その分、イタリア全体での改革が以前よりはだいぶマシになったらしい。

教皇や枢機卿の多くは、その荘園から上がる財に依存している。が、その糸が瀬島のせいで断ち切られたのである。

瀬島は、変えるなら今しかないと考えた。

バチカンは仮にも独立国なのだから。その収入がイタリア国民と資産の上に成立しているという事態の方が、いかにイタリア国民が納得したからといってもおかしいのである。

瀬島はブラックアメリカ軍イタリア占領軍司令部に、イタリア政府に対し、バチカン市国との関係を清算するように助言しろ、という指示を出した。

ポイントは二つだ。

イタリア国民にバチカンを支えたいという気持ちがあったとしても、所領をそのまま認めるのは近代国家のあり方としておかしいのである。徴税権をイタリア政府に一元化し、その上でバチカン市国に対し、一定の金を公に明らかにした上で払う仕組みに変え、それ以外のバチカン市国が行う徴税行為を禁止せよ、としたのである。

そしてバチカン市国の国の運営については、正式にブラックアメリカの保護領にする、というものだった。つまり独立国ではなく便宜上、ブラックアメリカの植民地にするのである。

これは枢機卿の行うコンクラーベ、教皇選出会議での教皇選出権は尊重するが、その地位には行政権を認めず、厳密に宗教上の指導者の地位に留まることを明確にするためである。

バチカン市国の行政権は、ブラックアメリカ政府によって任命される市長が持ち、予算の承認はブラックアメリカ議会がこれを行いその管理、執行を市長の下に集約するとしたのである。

バチカンをイタリア政府に任せたら、再びズブズブの権力闘争を始めるに決まっている。

かつての状態に戻るだけだ。

なので是が非でもイタリア以外の国を噛ませるしかないのだ。

もともと納税をしている国民がほとんどいない国というおかしな状態なのである。

イタリア国内にある教会は、バチカンの教皇庁によって任命される司祭が置かれるのはこれまで通りなのだが、その財務管理は、司祭とは別にイタリア政府に任命された教会長が行うということになったのである。この結果、教会を通る金の管理はすべてイタリア政府が把握できる仕組みとなったのだった。

これは教皇と教皇庁が宗教的権威を隠れ蓑にして、イタリア国内に保持していた数々の現世利益特権を軒並み無効化していったということだ。

その暗部をすべて引き出し、かつ教皇という巨大な権威が暴走しないように首輪をつけるのがこの目的だった。

その管理を日本政府とせず、ブラックアメリカ政府にするのは、政治的に宗教論争に巻き込まれる危険を最小にするためだ。

キリスト教徒以外が管理する、となれば全世界のキリスト教徒を敵に回しかねないのである。

もともとイタリア国民や世界のカソリック信者の多くは、バチカンの暗部など知らない。

表面的には教皇も枢機卿もバチカン市国という存在も変わることはなく、イタリアの敗戦に伴い、予算や管理がブラックアメリカに移っただけ、である。

従って教皇や枢機卿以外から不満が出る心配は全く無かった。

そしてその当の本人たちは、ほかでもない瀬島によって軟禁状態に置かれていた。彼等は事態が推移していくのを黙って見ていることしかできなかった。

清算の条件はすべて整っていたのである。

とにかくイタリアが長いこと苦しんでいたローマ帝国の負の遺産、宗教と政治の分離の徹底はこれによりようやく形を見ることができたのである。


瀬島は知らず知らずのうちに赤坂宮の思惑通りに、バチカンの無力化をやったことになった。

ブラックアメリカ建国を、石原莞爾の満州国建国プランをお手本に行った瀬島には、権力の作り方と、その邪魔になるものがはっきり見えるはず、と考えた赤坂宮の読み通りに。

これは赤坂宮にとっては、三百五十年前から引きずっていた一つの課題、カソリック勢力の脅威の解決という意味にもなっていた。



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