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日本連邦


ルーズベルトの休職によって大統領職を引き継ぐことになった副大統領ウォレスは、ブラックアメリカ合衆国によって奪われたものの、大きさに愕然とすることになった。

ブラックアメリカ合衆国に流れた十二州は人口の四割、面積では国土の三割に相当した。そして石油、金、綿花の産出地をほとんどすべて持って行かれたのである。

しかし軍事力では、アメリカ合衆国の方がなお強大であり、また鉄鋼業と工業の中心はアメリカ合衆国にあり、また保有する金も大部分をアメリカ合衆国が抑えていた。

だから早い時期に戦端を開けるならば、ブラックアメリカを軍事的に打倒することは数字の上では困難ではなかった。

ところが、それが難しかったのである。

最大の問題は、ブラックアメリカ合衆国がアメリカ合衆国の理念をほとんどそのまま引き継いでいることに起因していた。理念では敵対勢力と呼べない。これが最大の問題であり、これがあるためにアメリカ合衆国の国民が打倒ブラックアメリカと言えないのである。

むしろ理念に反した人種差別をやっていたのはアメリカ合衆国の方ではないかと、アメリカ合衆国政府が国際的、国内的両方の面で批判の的になっていたのだった。

さらに軍事力で圧倒できる、というデータ通りに現実がなっていないというのも問題だった。

圧倒していると言えるのは海軍だけなのである。しかも悪いことに、確認されている船舶数の数字がいくら優れていても、現実としてその自慢の巨艦を葬り去っているメキシコがブラックアメリカの後ろに控えていることを無視するわけにはいかなかったのだ。

そして陸軍はほとんどブラックアメリカ側に抑えられたに等しかった。武器などは北部州もそれなりに持っていたが、経験のあるベテラン将校がかなり南側に居たことが仇になったのだ。要するに兵員の質で相手を上回れるかどうかが怪しいのである。

そしてさらに追い打ちがかかるように、ブラックアメリカ軍に知り合い親戚がいるアメリカ人が大勢いる、という状態なのである。

現実は開戦をけしかけることすら難しかったのである。

それだけではなく、人種差別問題が政治の舞台に載っていたハワイ州やワイオミング州などでは、アメリカ合衆国からブラックアメリカ合衆国に鞍替えすべきだという意見が増え始めて始めていたのである。

アメリカ合衆国の求心力そのものが揺らいでいたのだ。

大統領も議会もアメリカ合衆国そのものをどう立て直すかをまず考えないといけなかった。とてもブラックアメリカに剣を振るう余裕は無かったのである。

白人だけで構成されていたアメリカ軍を見直さないといけないという話が議会で提起された。

それなら中央政府の官僚も、などという声まで上がり、アメリカ合衆国全体が百家争鳴状態に陥ってしまっていたのである。


アメリカの分裂は国際的には、南アメリカにも大きな影響を受けていた。

五井物産は、この時期全社機能の相当部分を中南米各地に注いでいた。

もちろん殿下の指示があったからである。アメリカの力の空白を埋めるように日本の利権を獲得しろ、というのである。


メキシコがアメリカに勝利した事、およびブラックアメリカという非白人の大国が新たに誕生した事は、センセーショナルな反応を中南米各国に呼び起こしたのである。

中南米はスペインポルトガルが植民地にしてからすでに三百年以上の時間が経過していた。スペイン人の植民地政府は、スペインの宗主国支配を嫌い、大部分はすでに独立を果たしていたのだ。

元々植民地は生産したものを宗主国に売ることで生計を成り立たせていた国である。ところが肝心の宗主国が落ちぶれ、植民地の産品を十分買えなくなったら、結局買ってくれるところを探すのは当たり前だ。

産業革命に成功したイギリスとイギリスの植民地そしてアメリカが中南米各国の大事な輸出先になったのである。

買い手という商売の上では絶対的強者の地位を獲得したイギリスとアメリカは、様々な形で中南米政府や経済機構の中に自分たちの利権センターを作っていった。

気がつけば、中南米のほとんどすべての国の政府は、アメリカ政府、アメリカ資本の言いなりになる存在へと成り下がっていたのである。

いわば南北アメリカ全体の盟主というような地位にアメリカ合衆国はいたのである。

そのアメリカに楯ついた貴重な国がメキシコだったのだが、第一次米墨戦争の悲惨な結末は、中南米国家に対する大きな見せしめに他ならなかった。

これによって力関係は固定されたのである。

だから、アメリカ合衆国はメキシコ含め南米の国々のことなどまったく気にかけずにヨーロッパや日本のことに関心を向けていられたのである。

特にアメリカの海軍は、中南米をアメリカの軛にくくりつける強力な鎖となっていた。

それがこともあろうに、第二次米墨戦争で、メキシコに手も足も出せなかったのである。

中南米各国のアメリカに対する認識が大きく書き改められることになった。

各国ともメキシコ、ブラックアメリカへと急速に接近を図ろうとした。

ブラックアメリカとメキシコがアメリカに変わる南北アメリカの盟主的存在と目されるようになったのである。

こういう国のイメージの変化はそれぞれの国の中の政治勢力の力関係にも影響が及ぶ。

従来の政権が大なり小なりアメリカ寄りだったとすれば、反政府勢力は反米寄りだったのだ。実際にアメリカから豊富な利権、あるいは資本が流れ込んでいた政権側があちらこちらで凋落しはじめ、変わって民族資本とも呼べる勢力が急速に台頭することになっていった。

が、必ずしもそれがいいことだ、とも言えなかった。

力で抑えられていた勢力がその圧力をはね返せるようになれば、紛争が起こるのは必定である。

中南米は、小規模な内戦があちこちで起きるようになっていった。


これはある意味当然の結果であり予測が可能な話だった。

金の流れが変われば戦さが起こる。そんな経験を豊富に積んだ赤坂宮がこの事態を見逃すはずがなかった。

国際的な力関係に大きな変動がある時こそ、自国の安全保障環境を大きく書き換えるチャンスである。そしてブラックアメリカもメキシコもいまや日本の手駒として動く存在である。

とはいえ、特に日本から無茶な要求をするということはない。

赤坂宮は常に日本の行動が目立ちにくくなるように配慮していた。

従って、日本の利権というのは、いわば現代で言う消費税的な、薄く広くが基本なのである。特定の部分が突出しないように、モノが動いたらそこで何某かの利益が日本に入る、そういう商社口銭の上前をはねるような仕組みを作っていった。

もっともこの時期、日本には世界的にいくらでも輸出可能な人気商品があった。

いわばかつてイギリスに世界からの富を集積させた綿花のような役割を担う商品である。

言わずと知れたメキシコ軍にも提供した例の五式戦車だった。

兵器ビジネスでは、とにかく実戦での使用実績の有無がものを言う。

五式戦車の売り込みにメキシコ軍やブラックアメリカ軍での使用実績写真を提示すれば、面白いように皆それを欲しがったのである。

メキシコ軍に提供したのは宣伝費だったと割り切れるぐらいの受注を稼ぎまくった。

しかも戦車を大量に売ると、同時に石油需要も増える。

ブラックアメリカ、メキシコ原油の重要なお客様になるという、一粒で二度おいしいビジネスになるという寸法である。

武器の購入となれば、関心を持たない政治家はいない。

が、赤坂宮の狙いは決して戦車の売り込みに留まるものではなかった。

一定の大きさの国にはそれなりの規模の製鉄所を普及させることだったのである。

つまり日本にとってアメリカが脅威だったのは、世界の中で極端に突出した存在だったから、ということだった。ならば、先進国とそうでない国の間の格差を少なくし、相互に牽制させれば、日本という一つの国にその全力を向けてくる余裕などなくなるはずだ、というヨミである。

つまり南米の国が発展すると、日米関係の緊張というのは起こりにくくなるのである。

南米には、そういう意味で未来の大国となりそうな国がいくつもあった。

これをより本格的な近代国家にしろ、というが五井物産に与えられた使命だったのである。

製鉄所を整備し、その他資源を精錬する設備を準備させ、それらを日本の利権の中に組み込むのだ。その代償として戦車の売り渡し、さらに国産化に力を貸す、というスタイルである。

五式戦車関係武器一式はいまや五井物産の一番の目玉商品となっていた。

赤坂宮が南アメリカを名指ししてまで五井物産に深入りさせたのは、本来なら日本の勢力下にあってしかるべき東アジアや東南アジアががっちりと欧州植民地に取り込まれていたからである。

しかし別にそういう場所が日本の近くでないと困るということはないのである。

制海権さえしっかり握れれば内陸以外ならどこでもいいのだ。

そのいいお手本がイギリスと英連邦の関係だった。


赤坂宮は、制海権に関してはかなり慎重にモノを考えていた。

盟邦のイギリスが大きな制海権を持っていることはいい。が、敵対的な国が制海権を持つことはこの日本の経済基盤を大きく損なう危険があるからである。

なので五式戦車に関しては世界中どこにでも情報を公開し輸出していたが、逆にシャチとコバンザメに関しては、ずっと秘匿兵器扱いをしていた。

メキシコに渡したもの以外は全く輸出もしていないし、メキシコにも製造技術は一切渡していないのである。

海の上でのイギリスアメリカ以外のライバルの出現は何としても防ぎたかったのである。


このような日本による世界規模での利権創造の行動は、日本、ブラックアメリカ、メキシコ、西オーストラリアへと大きな金の流れを作っていった。

当然、その影響を受け、マイナスになるところも出てくる。

その筆頭はもちろんアメリカだ。


もともとの国力の相当部分をブラックアメリカに持っていかれただけでなく、今やアメリカ企業の重要な顧客を刈り取られる事態となっていたのである。

当然、各企業とも業績の低迷に苦しむことになり、より市場が大きいところへと企業移住が試みられることになる。

もちろん有望と見えたところは、ブラックアメリカとメキシコということになる。そこに金が集まるなら必ず市場は大きくなるからだ。

結局アメリカ企業が今度はブラックアメリカへの移住を行うようになったのだった。


このような状況の進展が明らかになり、アメリカのブラックアメリカに対する反攻はまずないというのが、誰の目にも明らかになった頃、ブラックアメリカ政府、メキシコ政府は、赤坂宮より秘密裏に親書を受けとっていた。

その主旨は、次のようなものだった。


メキシコ、ブラックアメリカの現状を国際的に正当と認めさせ、恒久的な存在として受け入れさせる上でイギリスがすぐにブラックアメリカを国家承認をしてくれたことは大変有意義だった。

これはイギリスに借りが出来たということである。

また今後もイギリスとアメリカの世論(政府ではない)に逆らわないことは両国にとって非常に重要でありつつけるだろう。

さらに人種差別の撤回は、日本や満州にとっても非常に重要なものである。

従って、近くイギリスに対し、イギリス植民地での人種差別政策である、オーストラリアの白豪主義、南アフリカのアパルトヘイトなどに対し、撤廃ないしは緩和に向けて行動するということであれば、イギリスが目下戦っている、激しいユダヤ人を対象にした人種浄化政策を行っているナチスドイツ、イタリアに対し参戦することを申し出るつもりである。

もちろん貴国にもこの政策にはご納得頂けるものと確信するものである。

ついては、この際、それぞれのお国においても、我が国(日本)ともども、共同歩調を取り参戦をされるよう、改めてお願いするものである。


メキシコのカマチョ大統領、ブラックアメリカのキング大統領に異存は無かった。

こうしてヨーロッパ戦参戦に向けた日本連邦としての足並みを整える根回しは水面下で進んでいったのである。



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