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閣議


「本日の閣議決定事項は以上となります。この後はご自由に案件を……」

「うん、まあそうなんだが……」

「は? 何かございますか総理?」

「皆さんの方からもう何も無ければ、良い機会なので説明をしておきたいことがあります」

大きな楕円の円卓についた閣僚たちが目配せをして、相互に了解を交わし合ったのを、官房長官が確認した。

が、官房長官が東条首相に発言を促そうと視線を送ると、東条は低く短く言った。

「人払いを」

官房長官は視線を上げ、閣僚席の後ろに控えていた各省出席者席を見てあごをしゃくった。

それだけで意図は通じるらしく、閣僚席の一回り外側に座していた面々が一斉に立ち上がり、静かに退室していく。

最後の一人がドアを丁寧に閉めたのを確認した東条がようやく言葉を継いだ。

「我が国の外交政策について、いろいろと秘密裏に進めていたことが多々ありまして、本日はいろいろと決着がついた事もあり、皆様にご報告をしておく良い機会ではないかと考えました」

首相の説明に閣僚全員が息を潜めて聞き耳を立てていた。

「念のため申し添えておきますが、これから行う説明は一切記録に取らず、完全に無かったことの扱いにしますのでご留意下さい」

数人の閣僚が唾を飲み込むように喉を鳴らした。

「まず、先に勃発した第二次米墨戦争ですが、あれは、我が国幕府の画策に米国がまんまと乗ってしまった、ということのようです。そのため、アメリカ軍の戦ったメキシコ軍は、メキシコ人兵士であることは間違いありませんが、主力兵器はほとんど日本製のものでした」

閣僚の間にどよめきが走った。

「め、メキシコとの間で経済協力をする、という話は承知していましたが、武器援助などは全く初耳ですな……」

「左様、赤坂宮殿下から箝口令が出されておりました故……。そしてメキシコへの援助は武器提供だけでなく、兵員の訓練、作戦指導、なども含まれておりました。つまりもっとはっきり言ってしまえば、アメリカ軍と戦ったのは日本の外国人傭兵部隊とでも呼んだ方が適切な軍だったのです」

「なるほど……。アメリカ海軍の主力艦艇が撃沈させられた、ことに対する一番分かりやすい説明ですな……」

「ということは日米は戦争をやったと同義という……」

「そうさせないための極秘扱いだったんですよ。あくまでも日本の立場は米墨双方に対し表向き中立ですから」

「では、ブラックアメリカ合衆国の建国も、まさか?」

「ええ、ご推察の通り、そのまさかです。赤坂宮の秘密工作と言っていいでしょう。因みにアメリカに侵入したメキシコ軍とも密接に連携させ、このメキシコ軍が途中からブラックアメリカ軍へと衣替えをした、という次第です。わざわざその為の軍旗まで用意した、というのですから作戦が徹底していますな」

「そ、そのメキシコに引き渡した兵器というのはどれくらいの量なのですか?」

「大雑把な数字ということですが、戦車と支援車両を含めた陸上兵器がおよそ二千両、小型の攻撃艦艇が二十隻、小型の輸送艦艇が三十隻、局地戦闘偵察機が三十機と聞いています」

「船と飛行機はともかく、戦車の台数は、全然日本軍よりも多い……。いやアメリカ軍よりも多いということか」

「殿下の言では、アメリカを倒すためには海軍ではなく陸軍が適当なんだそうです」

「しかしあんなものをよく太平洋の向こう側までそんなに沢山運べましたな?」

「なんでも幕府がいろいろと工夫したそうです。輸送艦というのがかなり特殊なんだとか」

「で、総理がこれを我々に明らかにする、ということはそれに掛かった金の面倒を見てくれ、という話なのですか?」

「それは、私も気になっていたのですが、殿下は全く国費に手をつけていないのですよ。詳しくはお話しできませんが、この戦争をやるに当たって、殿下は、スターリン、チャーチルともいろいろと商売をやっていましてな。そこから上がった金を充当したようです。しかも新たに誕生したブラックアメリカ合衆国の、石油、金、綿花などの利権を日本が管理するという秘密協定まで結んでしまったらしいので、この戦争に関しては、日本は大儲けをした、という状態らしいのですよ。しかもです。アメリカ合衆国にとっても、このブラックアメリカ側に渡った資源は絶対に無いと困るものです。それで、アメリカはブラックアメリカ及び日本と通商条約を結ぶことに合意したそうです。ブラックアメリカの申し出で、日本との通商条約が無ければ資源の輸出はできないと言われたとかで……」

「日本軍を一兵も使わず、アメリカを倒し、その資源を奪い、大儲けをした……。しかも国費は使っていない? そんな夢のような話……」

「あの、赤坂宮殿下というのはいったいどういうお方なので。いや今更、それを知ったからと言って何か言うつもりなどありませんが。あの方が登場してから何か世の中の流れがすっかり変わってしまったような……」

「殿下のことについては陛下より一切語られない以上、いかなる詮索も無意味でしょう。陛下も相当な覚悟で殿下を起用されたようですから。これだけ結果が出ている以上、そこに異を唱えてはもはや奸臣と言われることになりましょう。とにかく殿下の差配で我が国の資源問題はほぼ完全にケリがつき、アメリカとの間に抱えていたほとんどすべての問題は我が国にとって非常に理想的な形で決着が付いたということです。そしてこの事態が我が国幕府によって作られたものである以上、我が国はブラックアメリカ及びメキシコを一人前の国家として育成してやる義務がある、という認識をして頂きたいわけです」

「ブラックアメリカが抱えた膨大な資源を考えれば、それを手助けすることなど安いものだが……」

「ブラックアメリカを満州国並みにする必要は無いでしょう。元々アメリカの理念でまとまった国が二つに分かれただけだ。ただ国を治める基本的な官僚組織とか警察力とかそういう足りなさそうなところを補ってやればいいという話でしょう」

「むしろ軍事力以外の圧力での、アメリカの政府や企業の手出しをさせないように目を光らせる方が大事なのでは。まあ、メキシコも関与するでしょうが、メキシコだけでは手に余るでしょうから」

「要するに人材派遣と武器供与ということか。中央省庁の若手や軍部の若手の研修場所としてはうってつけかも知れん。日本がいかに恵まれた場所なのかよく分かるだろうし。将来の国際的な視野の広い人材育成にもつながる。私はいいことだと思いますよ」

「では、ブラックアメリカに対し人材派遣を中心に積極的に支援を行うという方向で今後具体的な話を作っていく、ということでよろしいですな」

「話がうますぎて恐ろしいぐらいですな。ですが、確かに重畳とすべき結果だ。で、予算も絡まない話だけでこれは終わりでよろしいのですか?」

「私が本日、この説明を皆さんに行ったのは、次の段階の話が控えているからです」

「次の段階? 北米が落ち着いた今、何かあるんですか?」

「殿下から、次は我が軍を動かす、と申し遣っております」

「いったい、我々はどこと戦うのです?」

「ドイツとイタリア、ということになります。実は第二次米墨戦争の最終局面では、ブラックアメリカが国際的に受けれられることが、終戦への道筋をつける上で、アメリカの世論対策上、絶対必要でした。このことは皆さんよく理解されていることと思います」

「アメリカの矛盾をブラックアメリカは突きつけた、これを世界がどう評価するか、なるほど、アメリカ世論もマスコミも神経質にならざるをえない。ははあ、それで旧宗主国であるイギリス政府を殿下が巻き込んだ……と、こういうわけですか」

「だいだい、そんなところなんでしょうな。殿下はチャーチルからの要請を受ける形で、対ドイツ、対イタリアに宣戦布告するのではないかと」

「かつての同盟国ですぞ……」

「それこそ今更ですな、そもそもあの国と同盟を結んだことの方がおかしかったのでしょう。それにドイツの対ソ戦はいろいろと軍事的に失敗しているという話が聞こえてきています。例のレニングラードは結局解放されたようですし、一方南のスターリングラードという場所では激しい戦いが繰り広げられた後にドイツ軍が包囲されて降伏したそうです。流れはドイツの敗北に傾いている、と殿下は見ているのではないですかな」

「そういうことだけでなく、殿下にとっては人種問題でブラックアメリカの肩を持つことになった以上、ナチスと敵対することは当然ということなんでしょう。それともう一つは、スターリンに対する警戒という意味もあるようです」

「カチンの森ですか? その警戒は分かりますが、それと対ドイツ宣戦布告とは矛盾するのでは?」

カチンの森というのは、ドイツによって曝かれたソ連によるポーランド兵虐殺事件である。独ソ戦開戦によって、ソ連が独ソ縄張り協定で奪った東部ポーランド領に侵攻し、カチンの森と呼ばれる場所でソ連兵に惨殺されたとみられる大量のポーランド兵の遺棄死体を発見したのである。

ドイツ外相リッベントロップは、世界がレニングラードでのナチスの残虐性非難に傾いたことを牽制するため、これを世界に向けてソ連の残虐性を示す物証としてアピールしたのだった。

「ドイツに勝つということが目的なのではなく、ドイツの完全破壊を防ぐという意味のようですよ。スターリンを抑える駒として戦後もドイツは必要だと」

「ま、そういうことなんでしょうな。殿下はスターリンとの交流は一定の距離を開けておく必要が絶対にあると言われています」

「独ソの仲裁なら対独宣戦布告はおかしいでしょう?」

「いや、そうではなく、第二次世界大戦がドイツの敗戦という形で終わった後の話です。殿下はソ連の膨張主義はヒトラーとそれほど変わらないと見ているのです。そしてもしヨーロッパからドイツという強国が消えたら、イギリスだけでソ連に備えることは不可能だろうとも見ているわけです。この辺は殿下もはっきり言葉にされないのですが、もしかしたら、第二次世界大戦の幕引きは、ドイツの敗戦という形にしたくないのかもしれません。おそらくそういうことも含んだ上での派兵ということなのでしょう。もしかしたらブラックアメリカやメキシコの力を引き込むつもりなのかもしれません。まあ、今の段階で聞けばお伽噺でしょうが、そんな可能性も一応視野に入れられているようですな、幕府では」

「では、今日の話の目的というのは?」

「来月早々に、殿下と私で陛下に宣戦布告の勅許を頂き布告します。と、同時に陸海軍に対し、幕府より戦闘序列に従った動員令が布告されることになります。皆さんにはそれに備えて内政の引き締めを図って頂きたい」

「それはヨーロッパに皇軍を派遣するということですか?」

「おそらく。作戦内容については殿下は一切お漏らしになりませんが、それ以外考えられないでしょう。ただ現在我が国は、ソ連、ブラックアメリカ、メキシコ、オーストラリア、イギリスと極めて親密な友好国を各地に抱えております。孤立した状態ではなく、しかも独自に調達できる資源の確保もできていますので、それほど難しい事業にはならないと思います」

「ヒトラーがこれを知ったら激怒するでしょうな」

「しかし、そもそもまわり全部に攻め込んだのはドイツですぞ。条約を次々と踏みにじって。自業自得だ」

「しかしドイツ軍は強いと聞く。ノコノコヨーロッパくんだりまで皇軍を出して、惨敗でもしたら、我が国の威厳やら権威やら地に落ちたりせんかね。出す以上、無様な姿は絶対に晒すわけにはいかんだろう。なあ、総理」

「殿下の見通しでは、間もなくイギリスがフランスに再上陸して第二戦線を作るそうです。ですから我が軍が遠路はるばる出かけていってもドイツ軍に大きく遅れを取ることはないだろうとは思いますが。それに殿下の戦況分析や作戦運用能力の高さは、今回の北米動乱を見ても異常に高いと申し上げても全く誇張はないと思いますよ」

「殿下は勝算があるから陛下に話を通しているのだろう。だいたいアメリカをはじめ世界の大国をこれだけ易々と手玉に取れることを示された殿下に我々が何か言うなど、それこそおこがましいよ」

「東条総理、その何ですな……、小職はちと物わかりが悪いせいか、今までの説明がちゃんと理解できていないような気がして、くどい話になりますが、もう一度話の流れを確認させてもらいたいのです。私の今聞いた話は、つまる所、今般の北米における一連の動乱は、我が国が、いや赤坂宮殿下がすべて画策したこと……と申されたわけですか……。第二次米墨戦争からブラックアメリカ合衆国建国まですべて……」

「その通りです。すべて赤坂宮殿下の差配によるものです」

「失礼、私の聞き間違いでは無かったということでした。ならば、この形を作り上げた殿下の意向通りに進むしか道はありますまい。信じることこそが我々の責務ではありませんか」

この閣議によって知らされた赤坂宮と幕府の秘密工作は閣僚の多くに、さまざまな思いを抱かせていた。それは驚きとか、呆れとか、感動、感心とは明らかに異質なものだった。どちらかというと、人では無い何か、いや現人神を見た、という衝撃に近かったのである。

さすがに首相である東条は他の閣僚よりも頻繁に赤坂宮に接しているので、そういう異質なモノを見たという心情には程遠かった。が、もし何も無かったら、素直にそんな気持ちを理解できていたはずである。

しかし今の東条はそれを素直に認められる気分では無かった。

実は対ドイツ、対イタリアに対し宣戦布告を行う件で、赤坂宮と面談をしている際に、皮肉としか思えないような、東条のプライドが激しく踏みにじられるやりとりがあったのである。

「ところで総理には一つお尋ねしたいことがありました。実は今指揮官を誰にするかを考えているのですが適当と思える人間が全く見つからなくて困っているのですよ」

「それは、もしや小職が首相を退いて現役復帰をして部隊指導を行う……とかですか?」

「いや、この仕事は総理には一番向かないと思います。むしろ軍人として優秀でありながら、総理とは真逆、どちらかと言えば、見た目が真面目ではなく、のらりくらりとしていてつかみどころが見つからないような人物の方がはるかに好ましい。そうですな、総理が現役時代に見た同僚の軍人の中で、こいつとは絶対に一緒に仕事をしたくない、と思った人物がもしいれば、もっとも適任ではないかと考えたのです。そんな人物に心当たりはありませんか?」

普通に受け取れば、かなり失礼かつ辛辣な言葉である。東条は一瞬頭の中の血が沸き立つような感覚になった。そして、その感覚がある記憶を思い出した。

まさに、そんな人物がすぐに思い浮かんだのである。

赤坂宮の言わんとすることはよく分かっていた。確かに自分では駆け引きはできないのである。世界の相手はとんでもないタヌキ揃いだった。首相になってみて、初めてそれが分かった。

赤坂宮の欲する人物に、あれが該当するかどうかはわからない。むしろそうでないことを内心願ってはいたものの、いやそういう気持ちが自覚できたからこそ、なおさらその要件に該当していることを認めざるを得なかった。苦渋という言葉通りの思いのまま、言を繋ぐ。

「……石原莞爾……、という者がおります」

「いしわらかんじ。初めて聞く名前ですな。所属は陸軍参謀本部ですかな?」

「いえ、今は退役し京都の方で大学の教壇に立ち軍事理論を説いていると聞いております。自分が退役を迫りました」

「なるほど、そうまでしないと、総理がいたたまれなかった人物ということですか。こちらの思い通りかどうかはともかく、逸材には違いないでしょう。一度こちらで検分させてもらいましょう。まあ、もし起用となっても総理と直接交渉があるような仕事にはつかせないつもりですから、その点はご安心を」

その後どうなったのかは全く聞いていない。いや聞きたくなかった。

自分はとにかく、日本国内をうまくまとめることだけに集中すればいい。外のことはすべて殿下がやってくれると信じればいい、と東条はいらつく自分自身に言い聞かせていた。


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[気になる点] いしはらかんじ 正しくは、いしわらかんじ ですね。
[一言] お久しぶりです! 更新待ってました。対独戦も期待してます!
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