入院
その頃、赤坂宮はソ連から樺太と共に受け取ったおよそ一万人にも及ぶ収容所から集めた人員をオーストラリアのジューコフの元へ送る準備を進めていた。
ただし、どうしても邪魔になった存在があった。
近衛首相である。
全てを明らかにすると豊田外相にとばっちりが行く可能性も高く、またマスコミを使い世論を扇動することにはそれなりの才能があるので、せっかくうまく行きかけた話を、自分の理想の引き換えに潰したりするなど、扱いを間違えると厄介なことになることは間違いなかった。
つまりは第三次近衛内閣を維持する意味は無くなっていたのである。
しかし事態が全く分かっていない近衛首相の首に鈴をつけられる人間は限られている。
仕方が無いので、渋々ながら赤坂宮がその役割を引き受けることにした。
赤坂離宮内の小さな応接室に近衛首相を呼び出したのである。
「突然のお呼び出しと受けたまわり、急ぎ参上つかまつりました」
「ご多忙のところ、恐縮です。実は折り入ってお話をしておきたいことがあります」
「お話ですか? どのようなことでしょう」
「近衛首相は欧州の戦局をどのようにご覧になられています?」
「は、私などは殿下のような軍事的識見は持ち合わせておりませんが、間もなくスターリンは手を挙げるものと確信しております。これは単に新聞の受け売りに過ぎませんけども。やはり世界はこの国家社会主義というものへと向かっているのではないかと、確信を深めた次第です。いやあヒトラーは本当にすごい。彼のような人物こそ時代のヒーロー、英雄なんでしょうな。殿下もそう思われるでしょう? まあ、これに関してはどなたに聞いても、あまり結論は変わらないと存じておりますけれども」
「ご期待に添えなくて恐縮ですが、ドイツはいろいろと致命的な失敗を今回はしているようです。基本的には、先に蒋介石に嵌められた板垣、東条と同じ失敗です。冬が終わったらおそらくドイツ軍は敗走を続けることになりましょう」
この赤坂宮の言葉の意味が近衛の中で完全に理解されるのには少々時間がかかったらしい。
「今、何と仰せられました?」
「ヒトラーは致命的なミスを犯しました。必ず負けます」
「そんなまさか……」
「それで今日おいで頂いたのは、ドイツ敗戦後における我が国の立ち位置をどのように確保するかに関連した話になるのですが、率直に申し上げると、この際三国同盟を破棄したいと私は考えております。独ソ不可侵条約を破ったドイツですからな、いまさらこちらから条約を反故にしたとて非難される道理はありますまい。日本は信義を重んじる国として世界から認められる。それですべて丸く収まる」
近衛は赤坂宮が自分に何を言いたいのか、ようやく理解した。三国同盟は近衛が主唱し、国内世論をなだめるためと言いながら首相への切符として使ったのである。
その三国同盟が邪魔になったということは、近衛の首相としてのリーダーシップがまたしても否定されたことに等しい。
黙ったまま立ち尽くす近衛を見て赤坂宮は言葉を続けた。
「首相は軍事絡みの外交にはあまりお向きではないと思います。まあ本職の軍人でも戦さの先行きを見極めるのは非常に難しいことなのですから。ここはいろいろと騒ぎが大きくなる前に身を引かれるのがよろしかろうと」
「私はもとより軍人ではありませぬゆえ。致し方ございません」
すっかりうなだれた近衛は、小さくこれだけを呟くと一礼をして部屋を出て行った。
翌日近衛首相は辞表を提出し、すぐに東条英機参謀総長に組閣の大命が降下した。
昭和十六年(一九四一年)十一月のことである。
東条を次期首相に推したのは赤坂宮である。
議会政治もいいが、やはり国際政治や軍事の素人である選挙民や政党政治家には外交、軍事政策は荷が重過ぎると判断したのだった。大国の指導者が互いに策謀を巡らし、しのぎを削り合う現下の世界情勢では、理想や安易なイデオロギーに流されやすく大衆を扇動しさえすればなんとかなると考える政治家が国を代表するのは極めて危険であり、不適切と判断したのだった。
それが近衛を見た赤坂宮の結論だったのだ。
そして東条は首相就任と同時に、スターリンとの密約、三国同盟破棄方針、樺太全島の日本領化、ソ連政治犯の受け入れなどなど、盛り沢山の話を聞かされることになった。ただし、当面すべて極秘扱いとし公表はしないということも付け加えられていた。わざわざこちらからヒトラーを刺激する必要はないのである。
もっとも東条にそんな余計なことをしている時間は与えられていなかった。
幕府からの指令が次々と来ていたからである。
徴兵制度の廃止、諏訪からウラジオストックに向けて輸出されるエンジン、樺太の接収、そして収容所難民の受け入れとオーストラリアへの送致、そしてオーストラリアへの資材と人員送付、オーストラリアから到着する鉄製品の受け入れと配給計画。
幕府は総合商社のようにあらゆることに手を出していたのである。
そして十二月に入るとさらに東条の仕事が増えた。無条約状態になっていたアメリカからルーズベルト大統領の天皇宛て親電が届いたのである。
東条はまず閣議を開くのではなく、幕府への報告を優先した。外交のセンターが幕府であるという意識は内閣や中央省庁ではまだまだ薄かったが、陸海軍では徹底していたのである。
つい先日、前任の近衛首相に退任を促した部屋に東条を迎えた。
「驚きました。ルーズベルトがくず鉄の対日禁輸を撤回し、改めて友好通商条約を再度締結したいと言ってきました」
東条ははやや頬を赤らめ、赤坂宮の机の前に直立不動の姿勢で立ち、上ずった甲高い声を張り上げた。最初に出会って以来、誰よりも赤坂宮の実力を見せつけられたのは、この東条と板垣である。もはや赤坂宮に対し、畏敬もしくは畏怖の念まで抱いていたのだった。
しかしどのような経緯で近衛首相が辞表を提出したのかまでは知らなかった。東条や板垣は純粋培養された軍人らしく、政党人のように言葉で大衆を動かす技など持ち合わせてはいない。いつも直線的にぶつかってしまう。使いやすい反面、注意していないと思わぬ暴走をしてしまう危険があった。なので、知らせて良い情報とそうでない情報ははっきり分けた方がよい、と赤坂宮は判断していたのである。
「それで君はそれにどう対応するつもりかね?」
「鉄の需給は殿下のオーストラリア開発でかなり余裕があります。無理に対日禁輸を撤回してもらう必要もないぐらいですが、石油の輸入先を確保する上からもここは先方の要請を受けたいと考えております」
「確かに君の言う通りなのだが……。私は理由が腑に落ちんのだ」
「理由ですか?」
「うむ、排日をあれだけしつこく煽っていた男がこうも簡単に前言をひっくり返すというのがな。まあいい。とりあえず、通商友好条約の再締結に向けて交渉に入る、ということは認めよう。ただ、その作業と並行して、アメリカで今何が起きているのか、民衆や政党、あるいは各州での動き、そういったものを現地の領事館にできるだけ多く報告させてくれ……、うぅ」
「ど、どうされました、殿下! お、おい、誰か、誰か来てくれ、赤坂宮の様子がおかしい。医者だ! 医者を早く!」
突然、自分の机に俯せになってしまった、赤坂宮の異変に驚き、東条は離宮全体に届きそうな大声で助けを呼んだ。
すぐに侍従が入室し、事態を悟ると宮内省の侍医を手配した。
赤坂宮は額に汗を浮かべ、荒い息を繰り返している。
「胸だ。胸が苦しい……」
赤坂宮はすぐに宮内庁病院へと運ばれた。
赤坂宮はいつの間にか眠っていたらしい。数時間後目を覚ました時、赤坂宮は見たこともない一面白い部屋にポツンと置かれたベッドの上に自分が寝かされ、さらに顔にマスク、さらに手足などに透明なパイプが出ているのを見つけていた。そのパイプの一本はベッド脇に立てられた支えにぶら下げられた瓶から何かの液体を身体に入れているようだった。
頭をいつものように働かせようとしても、思うように働かない。手足も重くだるい。それがようやく自分が病気なのだという自覚を促した。
起き上がるのを諦め、ぼんやりとした頭で頭上の天井を見上げる。
ガラスの被いがつけられた電球が部屋を照らしていた。
そういえば、電球を初めて見た時は驚いたものだったな、とこの時代に転世したての頃を思い出し、そして今自分の身体にほどこされた状況を見て、改めて三百五十年先の未来という現実を思い知った。
それにしても技術が進んでも人が人を欺し争うのは未来でも変わっていないとはな……、と自分が思っていた以上に、この時代で自分の経験が活かせて、活躍ができていることに、自分自身で半ば呆れて半ば満足したような気分になっていた。少し時間が経つと、意識も身体も次第にしっかりとしてきた。とにかく起きてみようと上体を起こした。
その時である。病室のドアが開き、看護婦が一人入りかけ、そしてベッドの上で目を覚ましている赤坂宮の姿を認めた。
「すぐ先生を! 殿下が目をさまされました」
という声が廊下に向かって発せられ、すぐに白衣を着た一団が病室になだれ込んできた。
「ご気分は如何ですか? 殿下」
聴診器をかけ、一団の中でもっとも歳かさのいったよく太った白衣の男が話し掛けてきた。
「大事ない。胸の痛みはもうない。大丈夫だ。だが、頭が重い。フラフラする」
「鎮静剤を使いましたので。頭がふらつくのは薬のせいでしょう。心配はありません。ところで今回のように胸に痛みを感じたことは以前ありましたか?」
「いや。左様なことは全くござらん」
頭が回らないせいで、言葉が現代語にうまくならない。昔の言葉になってしまうのが、自分のことながらもどかしかった。
男はその言葉に違和感は感じているようだが、特にそれには触れなかった。
「ちょっと失礼して、心音を聞かせて頂きますよ」
いきなり赤坂宮の着ていた浴衣の前を左右に開けられ、聴診器を胸に当てようとする男の動きにとまどいを感じつつも、なんとか自分を抑えそのままじっとしていることができた。
聴診器で何を聞いたのか、男は表情を少し緩めた。
「どうやら異常はないようです。ですが、お休みの間にいろいろとお体の状態を確かめさせてもらいましたが、殿下のお体にはいろいろと問題がおありのようです。一週間ほど入院されることをお勧めします」
「わしはどこか悪いのか?」
「実はよく分かりません。私もいろいろな人を見せてもらってきましたが、殿下のような例は全く初めてなので」
「そはいかなることぞ?」
「病名というものは思い当たりませんが、殿下の身体の各種調査項目の数字が、他の人とは大きく違っているのですよ。大雑把に申せば、筋力などは同世代の男よりも発達しているぐらいですが、それに見合う心肺能力がない。いや内臓全体が実際のお歳以上に歳を取られていると言えばよいのか。本日、胸に感じられた痛みというのは、おそらくですが、なんらかの理由で心臓を動かす筋肉への酸素や栄養が不足して起こったのではないかと思います。酒、たばこはほどほどにお願いします」
「いや、わしは酒もたばこも嗜んではおらん」
「さようですか……。とするといよいよ謎が深い。内科の医者として特に気になるのは肝臓と腎臓の機能が著しく低下していることです。これは病気が原因というよりも、ふだん何を飲み食いしてきたのか、ということが大きく影響しているのではないかと考えております。ですから一週間ほどこちらで静養して頂いて、病院でご用意した食事を取ってもらうことでお体がどのように変わるかを確認したいのですよ」
「さようであるか。あいわかった。よきにはからえ」
赤坂宮は医者の行った説明の肝心なところはよくわからなかった。
だが、食生活が原因ではないかと言われ、それに関してはいろいろと思い当たるところがあった。
転世しても転世前の食習慣を続けていたからである。
口に合う合わないという問題では無い。食事自体にはそれほどのこだわりはなかったが、昔の感覚で食料への予算配分を最小限に抑えるために考案した食事内容から離れ難かっただけである。
それは食材の種類を徹底的に絞り込み、兵糧として長期保存が利く、ということを第一に考えたもので、現代人から見れば、塩だらけで、パサパサで、糖と炭水化物は豊富だがタンパクや脂質が少ないものばかりだった。
長年の習慣から味覚自体が退化してしまったのか、転世後も人からおいしいとかまずいとかいう話を聞かされ、勧められるままに同じものを食べても味が分からないのである。あえて言えば塩味だけははっきりと分かるが、それ以外の味は何を食べても不鮮明な状態だったのである。
それで食事などは腹一杯になればいいもの、という割り切りをしていたのだ。
医者の話は、いつぞや家康が似たようなことを言っていたという記憶を呼び起こした。
ある日陣中で一人家康が様々な色の練り団子のようなものを食べ出したのを見つけたのである。
それで、それは何だと聞いたのだ。
その時家康は、人間はさまざまなものを少しづつ取ることで身体の調子が良くなるようになっているから、戦場でもそれができるように考案した携帯用の食事だなどと言っていたのである。
食事と病気には何らかの関係がある。確かそんなことも言っていた。
家康は健康のことになると、いつも熱く語るのである。それはいかにも本の虫の家康らしい姿だとしか思っていなかったが、どうやら家康が語っていた話は正しいものとこの未来では証明されているようだった。
医者が出て行くと、幕府のスタッフや東条のところの秘書官などが入れ替わり立ち替わり病室にやってきた。
皆一様に赤坂宮が元気にしているのを見て、ホッとした表情を浮かべていた。
一応医者の方からは過労で倒れたという説明がなされていたようで、そちらについて特に質問を受けることもなく、一週間の入院についても皆素直に受け入れていた。
こうして仕事から離れ、病室で一日寝ているだけ、などという経験はもちろん生涯で初めての経験である。
他にも二四時間看護婦が待機し、食事から風呂、便所に至るまで世話になるというのも全く初めてだった。
高位の者が女を侍らすことは昔も珍しくは無かったが、彼はそれを遠ざけていた。
女が国を滅ぼすところを何度も見たからである。
そして自身も調略で女を使ったこともある。
家族に含まれる女はだいたいが人質としての意味合いが強くなる。
人質はうまく嵌まれば財産だが、そうでなければ己の弱点にしかならない。
家康は自分につけられた鎖となった女とその家族を切り捨てることで同盟相手になった。
自分も、妹の市は浅井に嫁がせたし、また嫁は美濃の道三の娘を迎えていた。
家康はきっと自分に近い。
安易に身近に女を置く気にはなれなかった。
一方そういう経験をしていない秀吉は女や家族の負の部分の価値がわかっていない。
秀吉は女を仕事に使うことも平然とやっていたが、だからと言って女を警戒し遠ざけるということも無かった。端から見ればほとんど無警戒のようにすら見えた。
それでもなんとかなるのが秀吉なのである。
だから家族を増やしかねない女を身近に置くことに警戒の念も湧かないのだろうと思っていた。
しかしなんであっても、転世によって家族が人質になる心配がいらない時代へとやってきたわけだから、今更そんなこだわりはどうでも良かったはずである。
結局、ずっと一人で通してきたのは、女よりも目の前の仕事が好きだっただけだ。
だから一人でいることに不満は感じていなかったのだが、突然病院に押し込められ、若い女が身の回りの世話を始めると、いろいろと忘れていた感覚がよみがえったのだった。
たぶん病室で過ごすと自分のことばかりを考えてしまうからだろう。
また転世後に見る女の服装は、どれもこれも女の身体の特徴を隠さないのである。
嫌が応にも胸の膨らみを感じさせ、白い足や腕を見せつけてくるものなのである。
しかも皆、同じように良い香りを漂わせている。
まるで挑発されているようなものだ。
だからなのかもしれない。
看護婦の一人が突然気に入ってしまった。
若く笑顔が印象的で、言葉が優しく響いた。
女が欲しいという感覚よりもむしろ自分の家族が欲しくなった、という感覚の方が強かった。
転世後、自分が孤独である、ということに入院したら気がついたのである。
それで直接本人に言ってしまった。魔が差した、と言っても良かった。
「そなた、良ければわしと一緒に暮らさんか」
ロクに話もせず、名前も聞かずにいきなり出したこの言葉はさすがにこの娘には驚きだったようだ。びっくりした顔をしてから改めてのぞき込むようにして聞き返してきた。
「あの、それ本気なんですか? 私信じちゃいますよ?」
といたずらっ子のような笑顔を浮かべ答えたのである。
転世前の世界では全く見られなかった女の反応は、かえって新鮮なものに映った。
「わしは嘘つきに見えるのかのう?」
「いえ、決してそういうわけでは……。あのう、先生にも相談してもよろしいでしょうか。私には自分ではどうお答えすべきかわかりません」
「うむ。好きにせい」
どこでどんな話が行われたのかは分からないが、結論から言えば、退院し、赤坂離宮へと戻る時、この女、河野弥生が赤坂宮に帯同することになっていた。
しかしそれは公式に婚姻として発表されるものではなかった。外見から言えば、弥生の立場は、身の回りの世話を焼くお手伝い兼看護婦というようなものにされていたようだ。
もっとも本人はそれに不満を感じている様子は無く、どちらかと言うと、奥方気取りと言っても間違いでは無かった。
割と自由奔放に話をして行動をするその姿は、赤坂宮にとっては一種の安らぎでもあったのである。が、いいことだけではなかった。
弥生の強権が発動したのである。
弥生に言わせれば、食事がまるでなっていないというのである。
赤坂宮は赤坂離宮内の小さな部屋を寝室兼食堂として使っていた。通常はここで一人で食事をしていたのである。
そこには二人用の小さな食卓があり、その上にはどこかの漬物蔵に置かれていそうな壺が一つ置かれていたのである。
初めてこの部屋に通された弥生はすぐにその場違いな壺を不審に思って中を見た。
すると、中には真っ白な塩が入っていたのである。その量は手づかみで取り出すのがちょうどいいくらいたっぷりとあり、まるで相撲取りが土俵を清めるために用意してあるかのようだった。
それで料理人や他の侍従達を呼び、今までの食生活について詳しく話を聞いたのである。
それでわかったことは、料理についての指示はおそろしく簡素で、ごはん以外には、食材を、ただ焼いただけ、ただ煮ただけ、ただ塩漬けにしただけ、ただ発酵させただけのものをそのまま出せということと、食卓に塩を切らすな、という指示だけが出ていることが判明したのである。
汁物も必要とせず、お湯が一杯あればいいというとても現代日本人の要望とは思えない指示に料理人ほか一同は絶句したという。
弥生はその指示をすぐに取り消し、以後は二度と食卓に塩を含め一切の調味料を置かずに、調理過程で味を完全に整えた料理だけを出すようにと変更したのである。
もちろん料理人は大歓迎である。今まではまさか宮様専属の料理人になってこんな料理とも呼べそうにないものばかりを作らされることになるとは思っていなかったからだ。
そして赤坂宮の倒れた理由も概ね明らかになった。赤坂宮の異常とも思えた血圧の値や肝臓腎臓の不調は、間違いなく塩分の取り過ぎが原因だと弥生は確信したのである。
同時に相当味覚障害が進行していることも分かったので、その治療のため亜鉛を多く含む海藻や貝などを必ず食材に付け加えるように料理人に指示した。
当然赤坂宮からは文句が出た。
何を食べても味が無いのだから当然である。
が、弥生は全く取り合わない。
赤坂宮は弥生からまた倒れますよと笑顔で脅され、黙々と味の全くしない食事に向き合うことになり、弥生を連れてきたことを早くも後悔し始めるのだった。
もっとも弥生はいつも献身的に仕えてくれていた。そう、昼だけでなく夜の生活でも。
もしかしたら食事のことは若い弥生本人にとっても結構重要なことだったのかもしれないと赤坂宮は後になって気がつくことになった。
というのも、食事が変わったからなのか、以前とは比べものにならないくらい性欲が増したのである。最初は常に弥生をしとねに侍らすつもりなど毛頭無かったのだが、気がつけばほぼ毎夜のように弥生を隣に寝かせていたのだった。
若い女は体力的にきつい、という話は聞いていたが、まさか自分がこういうことになるとはと、赤坂宮は苦笑するしかなかったのである。
こうして弥生の指図通りの食事は続き、気がつけば赤坂宮にも料理の味がはっきりと分かるようになっていた。