公安特務課
千代田区霞ヶ関ーー警視庁庁舎。
公安特殊課の一員である一ノ瀬護は、ディスクに向かっていた。2つの大きなディスプレイと利便性を追求した埋め込み型のタッチパネル。いずれも最新機器のもので情報と事件に対する感度の高さが伺える。パネルに表示されたキーボードを慣れた手つきで叩き、モニター画面に画像をスワイプしてはタイピングを行う。
「何仕事してる雰囲気出してんの?」
声をかけたのは、蒲村姫奈だった。
「……その仕事とやらをしているんですが」
ため息とともに一ノ瀬は手を止め蒲村を振り返る。
「画像とかピュンピュン飛ばしているだけじゃない」
蒲村が不思議そうな顔で言う。どうやら彼女は一ノ瀬が行うPC操作に対して全くついていけていないようだった。
「蒲村さん……これなんだかわかります?」
そう言って一ノ瀬は据え置きの2つのディスプレイを指して言った。
「バカにすんなよ? ディスプレイだろ」
「正解です」
そう言って一ノ瀬は、
「じゃあこのように俺が複数個のディスプレイを使っていますが、それを俗に何と言うかわかりますか?」
次の問題を問いかける。正解はマルチディスプレイと言い、特にIT企業などではそれがデフォルトであり、一般会社でも使うところは使っている。
「あ? んなもんいっぱいディスプレイ使っているに決まってんだろ?」
蒲村の口からは見事に形容詞しか飛び出さなかった。
「マルチディスプレイと言います」
即座に答えを言う一ノ瀬。
「では、このマルチディスプレイですが、俺の使っているWindowsがOSの場合どうやって設定するばいいでしょうか」
一ノ瀬が次なる質問を問いかける。
「………」
もはや蒲村の口から言葉が出ることはなかった。ただでさえ機械音痴な彼女がその問いの答えを知るはずはない。
「そして、このディスプレイはそれぞれデフォルト画面を切り替えることもできます。今はこのパネルになっていますが、他のディスプレイをデフォにするには一体どうすれば……」
「うるさい!」
一ノ瀬の言葉を遮るように蒲村は叫んだ。
「うるさいうるさいうるさいうるさい! はいはい私が悪うござんしたよ。謝ればいいんでしょ謝れば」
そう言いつつ「ったくちょっとからかってやっただけなのにすぐ揚げ足取ろうとしてくんだから……」とぶつくさ文句を言う彼女の姿から謝罪の意を汲み取ることが一ノ瀬にはできなかった。
「ちょっかい出すからそうなるんすよ。ちなみに今の操作なんて初歩の初歩ですよ」
一ノ瀬は再びディスプレイに前倣えでキーボードを叩き始める。
「俺は蒲村さんと違って別にそんな出世のことなんてこれっぽっちも考えておりませんよ」
と彼は言い、「ね、蒲村警部補?」とわざとらしく言った。
「あんたねぇ……」
俯きながら肩が小刻みに震え出す蒲村。
「ご丁寧に役職までおつけいただいて。これはこれはさすがは一ノ瀬警部殿ですな」
笑顔だが心が笑っていない表情を浮かべ蒲村は一ノ瀬に言い放った。
一ノ瀬と蒲村。年齢もキャリアも蒲村の方が2〜3個上だが、階級に関しては一ノ瀬の方が一階級上。
それは一ノ瀬が、キャリア組、つまりは国家公務員一種からの入庁ということも大きく関係している。
「ほいほいほいほい。今日もお勤めご苦労さんっと」
一ノ瀬と蒲村が口喧嘩をしている時に、歌い口調で入室してきたのは前島辰徳であった。
「おれおれおれ? どうったの二人して。まさか俺に隠れて付き合っているんじゃないんだろうな?」
そう軽々しく言う前島に、
「あ? 寝言言ってっとぶち殺すぞてめー」
蒲村は前島に噛みつくように言った。
「あっ、はい、すいません」
前島は一瞬にして身を縮め謝罪をする。
階級として前島も一ノ瀬と同じ警部。しかし、40代近くの彼は豊富な経験もあり、この特殊課の課長を任され課のトップである。そんなステータスを持つ彼に容赦することなく暴言によって蒲村は一蹴したのだった。
「本当、タチの悪い冗談ですね」
一ノ瀬がキーボードを打ちながらぼやく。
「てめーはてめーで癪な言い方すんじゃねーよ」
今度は一ノ瀬に噛みつく蒲村だった。
「先日起きた事件のミーティングするからみんな集まってくれ」